1話 ミスリーからの手紙
ニルドとミスリーがメインの番外編です
【本編完結から2ヶ月後】
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ワンスへ
やっほー!元気してる~?
無事に男爵令嬢に復帰したよ!ありがとー!
例の報酬の件だけど、お金と貴族籍復帰で十分満足してるんだけど、どうしても一つ協力して欲しいことがあるの!報酬追加お願いします。利害は一致してると思うから、力を貸して~!!
ファイブルにも声をかけたから、明日のお昼に中央通りの緑の屋根のレストランの向かいにあるカフェ集合で!
義姉のミスリーより♪
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「誰が義姉だよ…」
ワンスは手紙を読んで、げんなりという顔をした。そしてデスクの横にあるゴミ箱にそのまま捨てた。呼び出しに応じないというわけではない。一度読んだから、捨てたのだ。
「あら、お手紙ですか?」
ちょうど紅茶を持ってきたフォーリアが書斎部屋にひょっこりと顔を出した。お茶請けに手作りらしきクッキーが添えられていて、甘い香りが紅茶の湯気に乗ってゴキゲンに漂ってきた。
ワンスは手紙を読む前にやっていた仕事をパッと止めて、すぐに隣のリビング兼寝室に移動をした。
フォーリアがワンスの私室で生活をするようになり、さすがにデスクの真横にベッドが置いてあると不都合があったため、ベッドをリビングスペースに移動したのだ。
不都合というのは、もちろん夜中まで仕事をすることの多いワーカーホリック男のせいである。もう少し掘り下げると、横でフォーリアが無防備にスヤスヤ寝ている姿を見せられては仕事にならない…と言った不都合であるが。
「そう、ミスリーからの手紙。…クッキーうまっ」
ワンスはソファに座り早速クッキーを一つ食べて、その美味さにまた驚いた。最近はフォーリアがおやつも作ってくれるようになり、ワンスの胃袋はガッチリとフォーリアホールドである。
フォーリアはワンスの隣に座って、紅茶を一口飲もうとして手を止めた。
「ミスリーから?もしやに浮気ですか?ふふ」
「ちげぇよ。明日の昼、ハンドレッドの件の報酬を相談したいんだってさ」
ワンスが何でもない風に言うと、フォーリアは思い出すように少し上の方を見て頷いた。
「そういえば、ミスリーは報酬はいらないって言ってましたもんね。何か欲しいものでも出来たのかしら~」
「…相変わらずぼんやりしてんな」
「???」
ワンスは軽くチュッと唇にキスをしてフォーリアを愛おしそうに見つめ、もう一つ目元にキスを落とした。…とてもデレている。
一方、フォーリアは相変わらずのちょろさで顔を赤らめながら、紅茶を一口飲んでその熱を逃がした。
「…あ、そうでした。私もさっき明日のお昼に予定が入ったの忘れてました!お休み頂いて大丈夫ですか?」
「従業員じゃないんだから自由にしてくれていいけど。予定なんて珍しいな」
フォーリアは基本的に外出をしない。そもそもに交友関係も狭いし、趣味は料理だ。外に出る用事は食材の買い物くらいしかない。相変わらずの慎ましさだ。
「ニルドから手紙が来て、用事があるから明日のお昼に時間を頂戴と言われたんです」
「ニルヴァンが?用事ってなに?」
ワンスの問いに、フォーリアは首を傾げて「わかりません」と返事をした。そして、エプロンのポケットから手紙を出してそのままワンスに渡した。どえらい従順である。ニルドが可哀想だ。
ワンスは当たり前のようにそれを受け取り、躊躇することもなく手紙を読むと、確かに日時と場所だけが指定されていて用件は書いていなかった。
「緑の屋根のレストラン…ね」
ニルド指定のレストランは、まさかのというべきか、案の定というべきか、ミスリーの呼び出し先であるカフェと目と鼻の先。これはミスリーの陰謀を感じるが、どうしたものか。どうせレストランを予約したのはニルドの下僕商人ファイブルことへえブルであることを考えると…どうしたものか。
ワンスとしては、フォーリアがニルドと食事をしようが別にどうでもいい。それで彼女の何かが減るわけではないからだ。
そして、嫉妬とか独占欲とかの前に、ワンスとフォーリアの間にある確固たる愛情関係が崩れることはないとお互いが思っている。最悪にして最大の詐欺師であるという秘密を打ち明けた今、深まったリレーション…いやいや、真実の愛ってやつを壊すことなど難しい。
簡単に言えば、紙の上では未婚であるが、気持ちの上では既婚である。
問題はミスリーの手紙の方だ。乗るべきか、断るべきか。
隣でサクサクっとクッキーを食べているフォーリアをチラリと見て、ワンスは勘案をした。ここで自分が断れば、ファイブルとミスリーという最悪コンビが最低な企てをし始めるのではないか。それで害を被るのは誰か。どうせフォーリアだ。フォーリアが害を被るとどうなるか。その余波はワンスに直撃する。
―― 行っておくか
激しく面倒であったが、ワンスは思い出してしまったのだ。2ヶ月前の悲劇、えげつないミスリー爆弾と怖い怖いファイブル爆弾のことを。
ちなみに、この2ヶ月間は忙しすぎてミスリーは勿論のこと、ファイブルにも会ってはいなかった。しかし、フォーリアの様子から『ワンスの私室を見て回れ!探検ツアー』を彼女に推奨したのがファイブルであることを、ワンスはもちろん気付いていた。
フォーリアとこうなった今となっては、親友に感謝すべきなのかもしれないが、だがしかし。2ヶ月前のあの夜。あの金庫室に立つフォーリアを見た瞬間の恐怖…いやいや、恐怖を超えたある種の高揚感を味わったこと。一言くらいは文句を言いたくもなるものだ。
「あ、そう言えば。贖罪はどんな感じですか?結婚してください!」
サクサクと良い音を立てて消えていったクッキーの後に現れた、いつもの求婚タイム。ワンスはそれに答えるようにフォーリアの髪を一房掬って、クルリといじるように愛でた。…デレている。
「はいはい、分かってる。サクサク進行中だよ。この2ヶ月で第一段階の進捗が8割、第二段階が5割ってとこかな」
ワンスが考えた贖罪は、まず第一段階として被害者への返金である。対象者を絞らない闇雲な寄付ではなく、一対一対応をすべきだと考えたからだ。
ワンスがこれまで行ってきた詐欺のほとんどは、『自分が詐欺師であること』を秘匿したまま完遂されてきた。被害者は誰が加害者か分からないまま、あるいは自分が被害者であるという自覚もないままに金を取られていたというわけだ。
そんなことある?と思うかもしれないが、それがワンス・ワンディングという詐欺師のやり方なのだ。
とは言え、罪は罪。超記憶能力を保有するワンスは、12歳から20歳までに行った詐欺のうち、返金可能な被害者に対して全額返金をしているのだ。もちろん匿名かつ自然な形で。
次に、第二段階。奪ったものが金ではない被害者に対しては、彼らの現状を調査し、なるべく元の生活に戻れるように自然な形で尽力する。
方法としては、例えば新たに美術関係の事業を興して、社会的に抹殺した画商たちを自然な形で雇い入れる…などである。もはや正義の詐欺だ。
収容所にぶち込みまくった人々に関しては、ワンスも頭を悩ませた。フォーリアにふんわりと相談した結果『本当に悪いことをして捕まったなら仕方ないです、そのままで良いと思います~』と背中がヒンヤリするような有り難い回答を賜ったため、ノー贖罪とすることにした。
そして、第三段階。現存する全ての被害者に償いを渡した後に、社会的な償いを行う。これは考え中である。
フォーリアの言うとおり、騎士団や王城文官の中にはスパイ等を行っている人間もいるし、確かにワンスの能力を活かすことは出来るだろう。しかし、活かしきれるかというと、それはどうだろうか。そして、やっぱり国に仕えるということが…どうにも気が進まない。考え中だ。
ワンスの進捗の良さに満足したように、フォーリアはニコニコしながら頷いた。
「早いですね~!そうだ!私もお手伝いし」
「ありがと、気持ちだけ受け取っておく」
被せ気味に断りを入れるワンスであった。
番外編、始まりました。
よろしくお願いします。