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88話 一期四相 last episode



 壁の高いところにある小さな窓から光が差し込んで、フォーリアは少し眩しくて身動ぎした。薄く目を開けると、そこは自分の部屋ではなかった。


「起きた?」


 ワンスはフォーリアを抱きしめながらニコッと笑ってくれた。その笑顔を見て、フォーリアは『あ、この人幸せそう』と思った。心がほわんと温かくなる。


「おはようございます」

「おはよ。今日さ、朝から出掛けてくるから」


 甘い言葉もなく今日の予定からいきなり話が始まるところ、まさにワンスである。


「はい、お仕事ですか?」

「いや、隠れ家をなくそうと思って」

「??? あの可愛いお家のことですか?」

「あー、あの家(思い出)は取っておくか。他にも隠れ家がたくさんあるんだよ。悪いことに使う道具とかは、殆どワンディングには置いてない。全部隠れ家にあるから」

「え! 詐欺師やめちゃうんですか!?」 


 フォーリアは顔面蒼白!


「いやいやいや、反応が逆じゃね? 喜ぶとこだろ」

「だだだだだって! 私のせいで……!!」

「『せい』じゃなくて『ため』ね。一晩考えたんだけどさ、不思議なもんで詐欺師業に興味なくなったというか……どうでもいいっつーか……金庫室の金も全部寄付しよーかなって思ってる」

「あらまあ、じゃあ一文無しですか? ふふ、ワンス様が一文無しとか、ちょっと親近感です。ようこそ慎ましい暮らしへ!」

「ちげぇよ、誰が一文無しだ。エースの名前で稼いだ真っ当な金は普通に銀行に預けてある。納税だってしてる。金庫室のは詐欺で稼いだ後ろ暗い金ってこと」

「じゃあ一文有りなんですね……残念です……」

「……さっきから反応が逆なんだよなぁ、相変わらず読めないやつ」


 そういうと、ワンスは起き上がってパパッと服を着た。相変わらず何事も早い男だ。


 フォーリアも慌てて服を着ようとしたが、服は無いんだった……忘れてた。思えば、ワンスのガウンを着ていたとは言え、おばあちゃんが用意した過激な夜着を着たまま、ワンスの人生二十年分の話を聞いていたのか。とんだ不真面目でけしからん娘だな。


 フォーリアはシーツで身体を隠しながら落ちていたガウンを手繰り寄せ、サッと羽織る。


「あの……ワンス様、部屋の鍵を開けて頂けませんか?」

「あ、そうだったな」


 ワンスはそれだけ言うと、マスターキーを取り出してクルクルと指先で回しながら部屋を出て行ってしまった。そして部屋を出たり入ったりすること三回ほど。書斎スペース兼寝室にひょこっと顔を出して「荷物全部持ってきたぞー」と。


「??? 全部とは?」

「あっちの部屋はもう使わねぇだろ。ここで生活すればいいじゃん」

「え!! ワンス様の私室で!?」

「なんか問題あるか?」


 フォーリアは考えた。問題とは何だろう。嬉しいけれど、それでいいのか。同じ家というだけでも驚かれるだろうに、まさかの同じ部屋。未婚なのにいいのだろうか……? 未婚……? あれ? 結婚をしていない!


「そういえば、一番重要なこと忘れてました!!」

「んー? なに?」

「奇跡的な巡り合わせですね。この日のために999回やってきたと言ってもいいです。さぁ、1000回目の大舞台です! 行きますよ~! おー!」

「おー?」


「ワンス様、結婚してください!!」


 フォーリアは今度こそ!!と期待に満ちた顔をした。キラキラとエメラルドグリーンの瞳を輝かせてニッコリと笑って求婚する姿は、無駄に自信に満ち溢れていた。


「あ、ごめん。それは断る」

「えーーー! がーーーん!!!」


 やっぱり自信は無駄だった。

 

「なんでですか! 私たちの前に立ちはだかるものは何もないはずです!」

「考えてもみろよ。お前に犯罪者の嫁なんてやらせらんねぇだろ」

「え……きゅんとしました。やっぱりワンス様の『断る』は『愛してる』という意味だったんですね! 好きです!」

ばーか(すき)。お前も言ってたじゃん。『自分のものにならないのなら、誰のものにもならなければいい』って。あれは名言だよなぁ。うん、発想が豊かだ」

「……と言いますと?」

「フォーリアは誰とも結婚できない(他の男には渡さない)ってこと」

「えーーー!? 嫌です嫌です! 結婚してください!」

こ・と・わ・る(愛してる)


 ワンスは楽しそうにクスクスと笑って、ベッドに腰掛けフォーリアの頭を撫でる。穏やかな微笑みだ。


 フォーリアは焦った。どうしよう、このままじゃ未婚の男女が一部屋で暮らして、将来は縁側で茶を飲む友達みたいになっちゃう!! ワンスの穏やかな微笑みが逆にそれを彷彿とさせる。同じ墓にも入れないじゃないか! 発想が重いが、その通りだ。


「じゃあそういうことで」 

「ま、待ってください、えーっと、じゃあこういうのは!?」


 フォーリアは窮地に陥っていた。窮地に立たされたフォーリアはいつもより少し賢くなるのだ!


「なに?」

「ショクザイをしましょう!」

「……贖罪のこと?」

「そうです、罪を償うのです! そしたら結婚しても良くなるのではないでしょうか!」

「ぇえ? 償いきれるとは到底思えないけどな……。フォーリアがやれっていうならやってもいいけど、具体的に何すればいいんだ?」


 ワンスは、人生で一度も考えたことのない贖罪というものを考えてみた。悪いことをしたときの社会的な償い……孤児院のときは掃除当番をサボったハチが街のゴミ拾いをやらされてたな……なんて、ふわーんとした思い出だけがあった。これは調べて学ぶ必要がありそうだと思ったところで、フォーリアが「あ! いいのがあります!」と声をあげる。


「……まぁ一応聞くか」

「今、失礼なこと考えましたね? まぁ聞いてください。前にニルドから聞いた事があるんですけどね」

「うん?」


 ワンスはちょっと嫌な予感がした。


「騎士団とか文官で、潜入?スパイ?みたいなことをやる人たちもいるんですって! そういう職業って、詐欺師にちょっと似てると思いません? それを仕事にして人助けをするっていうのはどうですか? ワンス様の能力が活かせます! 名案~」


 フォーリアがニコッとすれば、ワンスは心底嫌そうな顔をして何やら痒そうに両腕をさすりはじめる。


「うげ、絶対やだ。ニルヴァンと同僚とか無理無理。国に仕えるとか鳥肌立つ」

「ぇえ? 悪いことを大手を振って出来るんですよ?」

もう悪いことに(フォーリア以外に)興味ねぇもん」


 ワンスが素気なく断ると、フォーリアはしゅんとしてしまった。ワンスは内心『あ、しゅんとしてる』と胸が痛んだが、彼女の頭を撫でるだけに留めた。こういうところがズルいのだ。


「ワンス様と結婚したいです」

「諦めろ。結婚しなくてもずっと一緒にいる。誓うよ」

「でも、だって……」

「なに?」

「ワンス様の子供、欲しいです。それは結婚しないとダメですよね?」

「……(グラリ)……」

「あれ? なんか今グラリって音しました? 外から? 地震かしら……」


 ワンスは頭を抱えて「あーー」と何かを逃がすように声を出し、そして更に何かを絞り出すように「か……」と言って続けた。


「……考えとく」

「え! 結婚をですか? 贖罪をですか?」

「どっちも。考えとくから、とりあえず今はそれで許して」

「ほんとですか! やったぁ、一歩前進です~!」


 フォーリアはバンザーイと飛び上がって喜んだ。初めて『断る』以外の言葉を貰ったのだ。押して押して押しまくるフォーリアの勝ちはもうすぐそこ。


「あぶねぇ……殺し文句で殺されるところだった……」

「???」

「コホン。まぁそういうわけで。俺は家を消去してくるから。一日かかるから朝食も夕食もいらない……あー、やっぱり夕食は作って置いといて。あ、部屋の鍵はデスクに置いてあるから」


 『家を消去する』なんて初めて聞いたワードではあるが、ワンスは確かにそう言って超高速で支度をして出掛けようとする。


「あ! 待ってください! 私も行きたいです、隠れ家見てみたいです」


 フォーリアは飛び起きて、慌てて着替えようとリビングスペースに小走りに移動した。


「はぁ? 連れてくわけねぇじゃん」

「いいじゃないですか。見てみたいです! 過去最高の悪いことの話は見逃したんですから、これくらい良いでしょ?」


 ワンスは少し考えた。ヒイス・ヒイルの隠れ家にあるものを。偽造紙幣はまぁいいか。偽造身分証は……うん、セーフかな。拷問用に使う薬品類も調味料だと言えばセーフか……? いやまてよ、拘束具と拷問具と武器系がヤバい。誤魔化しようがない上に、そういう趣味の人だと勘違いされる可能性が高い! いくらドMのフォーリアとは言え、ドン引きされるレベルだ。そしたら軽く死ねる……!!


 ワンスは想像した。冷たい目でピクリとも笑わずに『最低。気持ち悪い。二度と触らないで』と言い放つフォーリアを。軽く死んだ。


「怖っ……無理無理。たぶん嫌われるレベルだと思う。まじで無理だわ」

「もー、嫌いになりませんってば」

「万が一ということもある。リスクを取る場面じゃない、諦めろ。行ってきまーす」


 フォーリアが着替える前にサッサと出掛けるべきだと判断し、急いで鞄を持って部屋を出ようとした直前。ソファにチラリと視線を向ければ、しょぼんと座る彼女の姿が。


 ワンスは面倒そうにため息をつ(可愛い笑顔が見たくて)いて、フォーリアの隣に座った。


「いい子にお留守番してくれる代わりに、いいことを教えてやるよ」

「なんですか……?」


 不服そうなフォーリアに軽くキスをして、ワンスは甘く微笑む。フォーリアは相変わらずのちょろさで頬を染めていた。ちょろい。


「八年前に会ってから、お前についた嘘の数。いくつあると思う?」

「え? えーっと、一四○○個くらいですか……?」

「はずれ。一つだけだ」


 フォーリアが「え!?」と大きな声を出して驚いたのを見て、ワンスは意地悪そうに笑った。


「え、え! どれですか? 本当に一つ?」

「本当に、一つだけ。後は全部本心だよ」

「ぇえ、どれだろう? 待って、嘘は一つ? ほとんどが本心ってこと? アレは本当のこと? え、じゃあアレも……? ぇえ…? あ! そういう意味!? きゃー!!」


 フォーリアは顔を真っ赤にしてテンション爆上がり。その様子に、ワンスは満足そうに小さく笑って「じゃあ行ってくる」とフォーリアの頭を撫でた。


「ちょっと待ってください、どこかに会話の記録とかないですか? ワンス様と私の会話の記録!」

「そんなのあるわけねぇじゃん」


 

 いやいや、ここに記録がありますよ。相手は詐欺師ですからね、頑張って書面に残しておいた甲斐がありました。

 

 さて、どれが嘘かな?


 答えはもちろん。



【「俺は詐欺師だ。お前のことなんか好きになるわけねぇじゃん」】・完

 







 


 完結です!ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございます。


 評価、ブックマーク、いいねなど頂いたこと、感謝しております。こんな稚拙な小説に、貴方様のその貴重な時間を使ってポチッと一手間頂いたこと、涙が出るほど嬉しいです。本当に、励みになります。ありがとうございます。



 次の小説もしたため中ですので、ご縁がありましたら、またお目通し頂けることを願っております。



以下、蛇足。

ーーーーーー

あとがき


 本タイトル。ワンスがフォーリアについた、たった一つの嘘でした。


 よって、本小説内のワンス→フォーリアの会話部分は、タイトルの文言以外は全て本心です。あれも!これも!全部本心。彼は『フォーリアには嘘をつかない』という制約の下で、詐欺を完遂させました。お馬鹿さんが相手で良かったです。



 タイトルが嘘だったので、逆に小タイトルの方は彼の本心にしてあります。ワンスの内面を表す言葉を選んでいます。もはや一言ポエムです。もしお時間がある方は見返して頂けると嬉しいです。


 6話のタイトルは詐欺師・ワンスらしいなと思いますし、21話のタイトルはお前自身のご褒美タイムだったのか! ……など、ワンスの内面を想像する遊びをして頂けたら。


 1~2章のワンスは、ストレートに「好きだ」とか言うこともなく、フォーリアのことをどう思っているのかイマイチ掴めない男でした。分かりやすかったのは、ダッグ・ダグラス編での上書き保存の場面で「フォーリア、愛してるよ」と言ったその一言くらいでしょうか。他人の立場を拝借して伝えるしか出来ない男。そんな彼の歪な愛をじりじりと書いていくのが楽しかったです。


 神様も世間様も騙しきって、二人仲良く一緒にいて欲しいですね。二人に幸あれ!



 このあと番外編を追加する可能性もありますが、一旦はここで完結です。番外編は後日談やミスリーとニルドの話を書くかもしれませんが、今のところノープランです。

(6月15日追記→番外編完結しました)


 もし、お時間がございましたら、↓の☆でポイントを入れて頂けると嬉しいです。どうぞよろしくお願いします。




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マシュマロ

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[良い点] 本編最終話まで読みました。余りに素敵な作品で我慢しきれず感想を書いております。 最初から最後まで笑わせて頂きました!笑えるのに切なくて、めちゃくちゃゲスでヘタレのワンスが最高の男に見えてく…
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