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83話 親友と呼べる人間に会った日の話【2】



【八年前・王都】



「「うわっ!」」


 思わず、お互いに声を出して仰け反る。その声が大きすぎたらしく、不運なことに「誰だ!?」と部屋の奥から野太い声が聞こえる。偽札作りの仲間が在宅中なのだろう、コツコツと足音がこちらに近付いてくるではないか。


「げ、やっべ」


 部屋の中にいた男の子は、小さく舌打ちをしていた。それを見て、彼は敵ではなさそうだと瞬時に判断する。あちらも同じように判断したのだろう、二人はガッチリと目を合わせて頷き合った。敵らしき人物の足音はすぐそこだ。今から逃げたとしても間に合わない。逃げたら確実に捕まる。ならば、全力で誤魔化すしかない!


 ワンスは鞄からボールを取り出す。男の子はそれを見て窓を全開にする。息がぴったりだ! すぐさま部屋の中にボールを転がして「ボールあったか~?」と大きめの声で叫んだ。


 すると、犯人の靴の音が止まる。思惑通り、こちらの様子をうかがっているようだ。男の子はニヤッと笑ってから「あったあった!」と無邪気な声を出す。


「ボールあったぜー!」

「おいおい、勝手に入っちゃマズいって!」

「ちょっとだけだから大丈夫だよ、どうせ空き家だろ」

「早くいこーぜ!」

「あ、待てよ! トーマス!」


 そう言いながら男の子は窓を越えて、スタッと空き地に着地。


「公園いって遊ぼーぜ!」

「おー!」


 そんな子供らしい会話をしながら、二人はその場を離れて物陰に隠れる。数秒後、犯人らしき男が窓から外の様子をうかがって、窓を閉めていた。セーフだ。


「「ふーー」」


 二人は同時に安堵の息を吐き、同時に睨み合う。三十秒ほど座り込んで睨み合った後、頭上を鳥が通過していった。


「「お前」」


 鳥が合図だったのかな、というくらいに同時に声を出した。さっきから何をするにも同時である。とうとうセリフまで重なってしまい、何だか気まずい。


 その空気を察してか、男の子が「くっ……ふふ」と笑い始めたではないか。


「あはは! いやー、さっきのスリルあったな~! 助かったよ、ありがとな」


 ニカッと笑う姿に、ワンスは毒気を抜かれた。


「あぁ、うん。どういたしまして。驚かして悪かったな」

「お互い様だよ。ボールはたまたま持ってたのか?」


 男の子はボールを返してくれた。

 

「空き地と子供の組み合わせなら、ボールも必要だろ。だから持ってきた」

「ふーん? なぁ、腹減ってない? 奢ってやるから一緒に何か食べようぜ」


 突然、オヤツタイムのお誘いをしてくる眼鏡の男の子。その銀縁眼鏡の奥の瞳は、とても楽しそうだった。男の子はサッと立ち上がって、まだしゃがみこんでいるワンスに手を差し伸べてくる。


「ファイブルだ。よろしくな~」


 その手を取ると、彼は手を握ってグイッと引っ張り上げてくれた。フワッと身体が軽くなって、そのまま立ち上がる。


「……ありがと、エース・エスタインだ。何食べる?」


 ファイブルは「あはは! せーので食べたいものを言ってみる?」と笑ってウインクをした。どういう意味の笑いなのか分かってしまい、同じように笑って返す。


「「せーの、ドーナツ!!」」


 こうして親友の二人は出会った。八年前から息がぴったりだ。



 ファイブルと共にドーナツ屋に行くと、お店は驚くほどに大盛況。偽札で生計を立てるよりドーナツ屋に専念した方がいいのではと思ってしまう。


 二人がドーナツ屋の列に加わると、前方に金色の髪の女の子が並んでいた。その後ろ姿をぼんやりと眺めていると、ファイブルは不思議そうにしながら「何かあった?」と聞いてきた。頭をブンブンと振って、何でもないとだけ答えた。


 ドーナツを購入した二人は、子供らしく公園で()()ことにする。


「ほらみろよ。おつり、三枚とも偽札だ」

「……ほんとだ。もぐもぐ」

「へぇ、ファイブルも見てすぐわかんの?」

「ごっくん。まあね、家が商売やってるから、偽札を見破るように躾られてるんだよ。エースも、よく一瞬でわかったな」

「まあね。人より目がいいんだ」

「ふーん?」


 奢って貰ったドーナツをもぐもぐ食べていると、ファイブルはじっと見てくる。どうやら観察対象になってしまったらしい。眼鏡に太陽の光が反射して、キラリンと光った。


「なぁ、なんであんなとこにいたんだ?」

「ファイブルこそ不法侵入じゃん。泥棒でもしてた?」

「まっさか~! あの空き家、俺んちの持ち物なんだよ」


 思わぬ答えに少し驚く。悪い子であるワンスには『持ち家』という観点はなかったからだ。


「まじ?」

「まじまじ。俺の秘密の隠れ家にしてたのに、いつの間にか変な奴らが住み着いてさぁ。迷惑迷惑~」

「なるほどな」  

「だから、お前とは逆なの! 俺は空き家からのドーナツ屋のルート。お前はドーナツ屋からの空き家ルートだろ? なぁ、なんか情報持ってんの?」


 テキトーにはぐらかそうと思っていたが、どうやらファイブルは察しが良さそうだ。早々に諦めて、黙って手のひらを差し出す。ファイブルはクリームサンドのドーナツをそっと手のひらに乗せてくれた。毎度あり。


「あのドーナツ屋の店舗には、山のように偽札が置いてあった。全部十ルド札。ただ、店のどこにも原版はなかった」

「原版ってなに?」

「紙幣は金属板を掘って、それにインクを付けて紙に印刷する。その掘った金属板が原版。偽札を作るということは、本物の紙幣そっくりの原版を自分たちで用意したり紙やインクも本物に近いものを準備する必要がある。そう言った道具類は店舗のどこにもなかった。たぶんあの家で作ってる。微かにインクの香りがした」


 早口で答えると、ファイブルは目をキラキラさせて「へー! なるほど!」と返してきた。


 ―― こいつ、さっきから俺と同じ匂いがする……


 こっそり親近感を持つ。同じ十二歳という年齢なのに、ここまで話が合う……というか、話が分かる人間に初めて会ったのだ。

 敢えて早口で説明したのも、あまり内容を理解されると面倒で、『こいつの話、よくわかんないな』と印象付けたかったからだ。内容を理解された上で、さらに好奇心を刺激されたとでも言うような表情を向けられたのも初めてだった。


 ―― 王都には面白いやつがいるんだなぁ、フォーリアなんかネジ五本くらい外れ……


 そこで思考を止めて、またもやブンブンと頭を振る。またフォーリアのことを考えてしまった。もう半年も経つのに、何かあるとすぐに頭がそっちに持っていかれる。

 金色、エメラルドグリーン、赤いリボン、黄色のドレス、ピンクの靴、そういうものを見るだけで、頭も心も彼女に占有されてしまうのだ。


 この悪い魔法を解きたくて仕方がない。でも、突然始まってしまった恋だ。終わらせ方なんて知るわけもなかった。


「?? どうかした?」


 ブンブンと頭を振っていると、ファイブルは不思議そうな顔をした。


「頭に侵食してくる馬鹿な病を払ってただけ」

「……?」

「で、あの空き家はお前んちの持ち物なんだよな? お前の目的は追い出すことか?」

「平たく言えば、そうだね~」

「複雑に言えば?」


 ファイブルは困ったように青空を見上げ、両手を組んで神様お願いポーズをした。


「お引っ越しをして欲しい」


 ワンスはちょっと笑った。


「その意図は?」

「俺だってさー、エースの話を聞くまでは、騎士団にでも通報して捕まえてもらおうと思ってたよ? でも秘密基地が偽札作りに使われてると知った今、それは出来ない」

「なぜ?」

「あれはうちの持ち家なの! 俺んちの評判に関わるからだよ! こっちは完全被害者だったとしても、偽札作りに加担してました~なんて噂になったらヤバいんだよ。だから、やつらには穏便に引っ越して貰いたい」

「ふーん? ファイブルの家は銀行屋かなんか?」

「あー、まあそんなとこ!」


 ワンスは考えた。ヒーローごっこを辞めた今となっては、ファイブルを助ける気持ちは欠片もない。しかし、利害は一致している。


「じゃあそっちの引越計画を手伝うから、俺の手伝いもしてよ」


 ニコッと笑って言うと、ファイブルは嫌そうな顔をする。


「えー、やだなぁ」

「なんで?」

「エースが()()()()()ドーナツ屋の店舗の中を確認したのかを考えると、とてもとても手放しに協力なんて出来ないってもんですよ」

「でも、俺がいれば最短だよ? 俺は一人でもやるし、別行動でもいいけど~」

「くっ……!」


 ファイブルは苦悩するように頭を抱え、「あ~、まようぅ~」と言いながらその場をクルクル回っていた。回りながらも、質問を投げてくる。


「エースの目的は?」

「よくぞ聞いてくれた! 原版が欲しくてさぁ~! 実物を見てみたいんだよ。どれくらいの精度なのか、自分でも作れるのか、ぜひとも確かめたい!」

「偽札作りをするってこと?」

「違う違う! コレクションみたいな感じ? オモチャを欲しがる子供と同じく、原版が欲しいってだけ。あんまり金に興味ないし、面白そうだなって思っただけ~」

「犯罪へのハードルが激しく低い! だが思っていたよりも理由が面白い! よし、乗った!」


 結局、ファイブルは面白そうな方を取ってしまう性分なのであった。



 お引越し計画の実行は速やかに行われた。その日の真夜中、ワンスとファイブルは偽札アジトに侵入。ファイブルからしたら、自分の秘密基地に入っただけだが。


「金庫ある? 金庫」

「あ、見知らぬ金庫がある! 俺の隠れ家に勝手に置きやがって!!」

「見せてみ~♪」


 悪い子のワンスは鞄から色々な道具を取り出す。この半年で、様々な金庫を開けるという高尚な趣味を持つようになっていたのだ。ファイブルは並べられた道具を見てギョッとしていた。


「……エースって何者?」

「んー? ただの子供だよ。イタズラ好きな子供?」

「ははは、こえーわ。開けられそう?」

「うん、簡単な作りだから大丈夫そう。でも四十分くらいはかかるかな」

「複雑な金庫は無理なんだ?」

「そりゃ、まだ子供だからね~。高みを目指してもっと頑張るぞー」

「お前……大人にならない方がいいと思うぞ……?」


 空き巣上等。ハンドレッドの巨大金庫から巨額の資産を騙し取るような大人になっちゃう予定のワンスは、楽しそうに金庫に向き合う。雑談をしながらもカチャカチャと作業を進めること四十五分。


「開いた~! あ、原版だ、うっわ! テンションあがる!」

「俺は全然テンションあがらん! そこが面白い!」

「じゃあ原版は俺が貰うからな。あとは部屋の中をテキトーに荒らして、偽札をばらまこう」

「おー!」


 二人は子供らしく大はしゃぎで部屋を荒らし、時にはアーティスティックに偽札をばらまいた。ファイブルはクルクルと回りながら美しく偽札をばら撒く技を披露してくれた。めっちゃ笑った。


「仕上げに~、これ! 貼っておこうぜ!」


 取り出されたのは、ファイブルがしたためた熱烈なファンレター。


「ドーナツだけに輪? いいじゃん~!」


 完全に悪ノリがノリノリである。この先、八年経っても悪ノリコンビのままでいると思うと、この出会いはある種の運命なのだろう。


「なぁなぁ、手紙の最後に差出人の名前もつけとこうぜ」

「謎の人物からの手紙! たぎるぅ! ……それなら差出人の名前はこれにしよーっと!」



========

ドーナツ屋さんへ


いつも美味しいドーナツをありがとう。

ドーナツが大好きで、お手紙を書きました。



即刻、王都から出ていけ。

金輪際、戻ってくるな。


さもなくば、原版および偽札の証拠と共に騎士団に通報する。

輪をかけて罪が重くなるだろう。


君たちの円満な選択を願う。



Two wheels(両輪)

======


 ファイブルは「よう、両輪(相棒)」と笑ってワンスに握手を求めてきた。ぶはっと噴き出して、図々しいやつだなぁと握手に応じる。夜も真夜中、偽札だらけの秘密基地で、二人は友達という契約を結んだ。


 この日、ワンスは初めて親友と呼べる人間を得た。失うものもあれば得るものもある。人生とはそういうものだ。


 え? ドーナツ屋がどうなったかって?

 翌日には閉店したよ。人気店だったのにね、残念でならない。







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マシュマロ

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[一言] ドーナツ屋の計算、紙に書いてやっと理解できました笑 元ネタはあるんでしょうか? 糸のいと様の考案? よどみなくスラスラと言いくるめちゃう度胸と、翌日にも買いに行ける面の皮の厚さが、すでにでき…
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