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82話 親友と呼べる人間に会った日の話【1】



【現代・ワンスの私室】



「思いっきり『がーーーん』って顔してるな」


 フォーリアは噴水広場の真実を知って、言葉を失っていた。失った言葉の代わりに、顔に『がーーーん』と書いてあった。


「わわわわたし……金髪って思い込んで……」

「先に言っておくけど、謝るなよ? お前のせいじゃない。あの時、なりふり構わなければフォーリアに近付けないことも無かったんだ。十二歳の俺が、それを選択しなかっただけ」

「で、でも、それで詐欺師に……」


 フォーリアの言葉を遮って、それは違うと否定した。


「確かに、きっかけはそうだったかもしれない。でも、八年経って思うけどさ、結局俺はそういうことが好きな人間なんだよ。悪い事とか、そういうの。やめようと思えば、いつでもやめられた。でも続けてた。それが全てだよ」


 ―― だから、お前とは一緒にいられない


 その言葉は上手く声に出せなくて、グッと飲み込んだ。


 フォーリアは何度か頷いたり首を振ったりしながら葛藤しているようだったが、やがてワンスの目を見て深く頷いてくれた。


「わ、わかりました。土下座して謝りたい気持ちでいっぱいですが、この罪は生涯背負って生きていくことにします……」

「ばーか、罪じゃねぇって。本当に気にする必要はない。お前は悪くない」


 そこで、彼女はまん丸な瞳をクリクリと動かして、ワンスをじっと見てきた。なんか嫌な予感がする。


「あの、聞きたいんですけど、悪いことって具体的にはどういう事ですか? イマイチ想像ができなくて……」


 ギクッとした。何なら肩も揺らしてしまったくらいにギクリだ。フォーリアに聞かれたくないこと第一位の質問が、ついに来てしまった……!


「あー……えーっと、まあ色々……?」

「さっき言ってたピッキングとかいう便利なやつですか?」

「それも使い方によっては悪いことの一つではあるな、うん。そんな感じかな」

「そのほかは?」

「え、他に? 他は、そりゃまあ色々と……」


 ワンスは心底言いたくなかった。これだけは、誤魔化せるなら全力で誤魔化したい。しかし、ワンスの心の内とも言える彼の私室で、フォーリアと真剣に向き合っている今、誤魔化して良いものかも分からない。話すべきなのだろうか……しかし、そんなことをしたら……ワンスの精神が崩壊しかねない! いつになく歯切れも悪くなるというものだ。


「もー! ワンス様ったら、どーせ私に言っても分からないだろうって馬鹿にしてますね?」

「いやー、そういうわけじゃなくて……俺のメンタルがどうなるかなっていう……覚悟が足りないというか」

「かくご?」

「あー、じゃあ軽めのやつから話すことにしよう。そうしよう、それで一旦様子を見よう」

「軽め?」

「ちょっと待って。今、探すから。……あ、ちょうどいい軽さのやつがあった。そうだ、十二歳のときにファイブルと初めて会ったときの話にしよう、それがいい。たぶん軽いし、おそらく」

「ファイブルさん? え! ワンス様とファイブルさんって元々知り合いだったんですか?」

「え、そこから? 相変わらずの鈍さだな……」



◇◇◇◇◇



【八年前・王都】



 闇落ちした十二歳のワンスは、それはもう悪かった。


 元々、十二歳の時点で犯罪の垣根は越えていたが、ヒーローごっこを止めたら、それはもっと低くなった。


 郵便を出すのに一度も切手代を払ったことはないし、馬車に乗るのに金を払ったこともなかった。時には買い物ついでに店員から小遣いを騙し取ることも。

 

 例えば。店の前に停まっている馬車があれば、一度入店して、しばらくしてから店を出る。そのまま馬車の御者に『友人の馬車で帰るから先に帰宅しろと、あなたの主人から伝言を預かった』と伝える。さらに『母親の買い物が長いから先に帰りたい』と上等な服を着た貴族の子供を装えば、大抵は無料で送ってくれた。

 買い物のときには、釣り銭や両替のやり取りの間、少しおしゃべりをするだけで金を騙し取れる。なぜ金額が合わないことに店員が気付かないのか、不思議で仕方なかった。


 賢いが故に、何をやっても誰にもバレない。そうすると不思議なもので、もっと悪い事が出来るようになる。持ち前の頭の良さは勿論のこと、特殊な記憶能力をピカピカに磨いてどんどん悪いことに励んだ。


 そして、子供であるが故に、ワンスがやることのほとんどは容赦なく悪いことであった。

 善い人間を見ると『幸せそうでいいな~♪』と思って、まるで予防接種を受けさせるように毒を教え込む。嘘をついて騙して、お小遣いをゲットした。

 悪い人間を見ても、やっぱり『幸せそうでいいな~♪』と思って、まるで罰を与えるように大きく騙した。まだ子供であった為、金にはそこまで興味がなかったのも良くなかった。そんな人間が何を取るかと言えば、人生だ。金よりも酷く、惨い。無邪気に証拠を掴んでだり作ったりして、騎士団に通報しまくり『収容所送り』を楽しんでいた。



 そんなある日、ワンスは孤児院の近くに新しく出来たお菓子屋で買い物をしていた。ドーナツが美味しいと評判のお店で、美味しいものが大好きなワンスはうきうきと列に並ぶ。100ルド札を一枚だけ持って、ルンルン気分のお買い物だ。


「キャラメル味、いちご味、ナッツ味のドーナツを三つずつ下さい」

「いらっしゃい! ナッツは()()()()()ナッツとルビーナッツのどっちにするかい?」

「……ルビーナッツで。三つとも、絶対に赤いやつで」


 なんと一人で食べるつもりなのにドーナツ九個! 完全に食べすぎである。育ち盛りとは言え、十二歳のときにはもうよく食べる子供であった。


「はい、合わせて20ルドだよ」

「じゃあ100ルド札で」

「はいよ、80ルドのおつりだよ」

「ありがとう! ……あ、お釣りは50ルド札に替えてもらっていいですか? はい、10ルド札を5枚渡すね。ここのお店、すごく美味しいって評判だよね。おじさんすごいね!」

「ははは! そうかそうか、たくさん食べてくれな! じゃあ、おつりの50ルド札な」

「どうもありがとう!」

「……あれ? 10ルド札4枚しか渡されてないぞ?」

「え?」


 申し訳なさそうな顔をして、少しお馬鹿なフリをする。


「あ、ごめんなさい。僕、間違えちゃった? えっと……分かんなくなっちゃった。計算苦手なんだ。それ返してもらっていい? 始めの100ルドに戻るね」


 ドーナツ屋のおじさんは「仕方ねぇなぁ」と言って10ルド札を4枚返してくれた。


「じゃあ100ルド渡すね。友達にもオススメしておくよ~! 一番オススメのドーナツはどれなの?」

「一番はエメラルドナッツのドーナツだよ!」

「僕はルビーの方が好きだけどね! 代金は20ルドだよね。そしたら、80ルドのおつりください。50ルド札でね!」

「50ルド札1枚と、10ルド札3枚のおつりだ。毎度あり~」

「ありがとう~! ドーナツ美味しそう!」

 

 お分かりだろうか。今の会話だけで、ワンスは10ルドも儲けた。しかもドーナツ代は支払っていない。財布の中は50ルド札1枚、10ルド札6枚。買い物をしたのに110ルドに増えている! ドーナツ屋さん、気付いて! しかし、今はそこは問題ではない。


 にこやかにお釣りを受け取りお店を出て、すぐに路地裏に入った。先ほどお釣りで貰った10ルド札が気になったのだ。お札を財布から取り出し、それをじっと見る。


「なんだこれ」


 驚くことに、六枚ともすべて偽札だった。良く出来てはいたが、鍛え上げられた記憶力お化けのワンスの目は誤魔化せない。噴水広場での悲劇から半年間、ワンスは悪い事を効率良く行う為に脳を鍛えることにはまっていた。


 ―― 偽札! 初めてみた~!


 その瞳はもうキラッキラに輝いていた。そう、彼は結局のところ悪い事が好きだった。良い事をするのは誰でも……馬鹿でも出来る。だって誰も咎めないから。でも、悪い事をバレずに行うためには知識や技術が必要だった。知識を蓄え技術を磨く。ワンスはそれが楽しかったのだ。


 孤児院に帰る予定をすぐに変更し、ドーナツを公園でパクパクと食べた。正直、味は普通で少しガッカリ。その足で図書館に向かい、紙幣の歴史、成り立ち、作り方を調べる。


 ―― 印刷するためには元になる原版が必要で、それは金属板を削って作ってるのかぁ


 ということは、この偽札は金属板を本物の紙幣に似せて、ほぼ寸分の狂いもなく削って作られているはず。


 ―― そんなことできるの? この技術欲しい!


 お分かりだろう。ここらへんの偽札の作り方を知ったことで、この世の中には寸分の狂いもなく文字や絵を複製できる人間がいることを知ってしまったのだ。


 既にやっている人間がいるなら自分にも出来るはず! これ以降、ワンスは毎就寝前に記憶の中の書類をランダムに書き起こすという修行を自分に課すことになる。それで得た技術こそが、スーパー複製マシーンワンスだ。

 またこのとき、紙幣に使われる紙やインクの種類も細かく指定されていることを知って、その事も調べたり学んだりする。結果、二十歳の時点で鞄の中には色んな紙やインクやペンが入っているというわけだ。糧になってしまっているから怖い。



 さて、話は偽札に戻る。ワンスは偽札の原版が見たくなった。見たいというか、めちゃくちゃ欲しい。別に偽札を刷ろうというわけではなく、ただコレクション的な感覚で欲しかっただけだ。


 と、なると。まずは偽札の流通ルートを知る必要がある。翌日、ワンスはまたドーナツ屋に訪れた。


「チョコレートと味、バナナ味と、キャラメル味をください」

「チョコレートは()()()()()とシルバーのどっちがいいかい?」

「……シルバーで。絶対にシルバーがいいです」


 こうして得た9枚の10ルド札、なんと全てが偽札であった! ドーナツ屋さん、完全に黒である。まだ子供だからこそ、どうせ分かるまいとおつりを全て偽札で渡してくれたのだろう。有り難いこと、この上ない。


 孤児院の部屋に帰り、ワンスは計画を立てた。ドーナツ屋の店舗に侵入、さらに偽札作りのアジトを見つけたら原版ゲット! という大雑把な計画だった。

 というわけで、早速真夜中にドーナツ屋さんに忍び込んだワンスは、たくさんの偽札を店舗内で発見。店の奥まで調べたが、さすがに店舗で偽札作りはしていないようで、ちょっとガッカリ。探検中、本物の紙幣を見つけたので、盗られた15枚の10ルド札はちゃっかり取り返しておいた。……いや、釣り銭のやり取りでちょろまかしてなかったっけ? まあ細かいことはいいだろう。


 その翌日、閉店後に帰宅する店員を尾行。近くの路地裏にある建物に入っていくのを確認する。サクサク進む計画に、悪いワンスはもうワクワクが止まらなかった。


 ―― アジトかな~?


 外側から建物を確認し、窓やドアの状況を見て『いけそう!』と判断。建物の裏側には小さな空き地があって、侵入しやすく逃走しやすそうだ。どうやら偽札作りの犯人も、いざというときは窓から逃げるつもりなのだろう。馬車一台が停車できるくらいの空き地だ。


 さらに翌日、ドーナツ屋が開店しているのを確認してからアジトに向かった。裏側に回って窓から中を覗き込もうとすると、その窓が少しだけ開いているのに気付いた。微かにインクの香りがする。


 ―― 在宅中かなぁ


 そう思いながら部屋の中を覗いたら、超至近距離に子供がいた。窓越しに目が合った。







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マシュマロ

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