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80話 人生でたった一つの恋を見つけた日の話だけは内緒していい?【4】


【八年前・王都】



「よし、じゃあ次は手の拘束だな」


 ワンスはフォーリアと距離を取りながら、靴に隠しておいた小さなナイフを取り出した。フォーリアにナイフを渡して縄を切って貰うか迷ったが、極力彼女に近寄りたくない。結局、後ろ手にされたまま、どうにか自分で切った。


 切った縄とナイフはポケットにしまって、グルリと部屋を観察する。扉は一つ、窓はない。


「うーん、犯人が戻ってくる前に抜け出したいとこだよなぁ」

「そう言えば、犯人さんはどこに行ったのかしら」

「あー、取引の準備じゃね? 別の馬車を用意してるんだろ」


 フォーリアの方を見ずに、ドアを観察しながら答える。


「そうなの?」

「俺たちを隣国にでも売り飛ばすんじゃないかな。金髪の子供は高く売れるんだよ。そうすると、さっきの馬車じゃ馬力が弱いだろ? もっと長距離を走れる馬車が必要。食料とか衣類とかも積み込む必要があるし」

「へー!」

「それに移動は人目につかない夜がベスト。かと言って、うかうかしてると騎士団に捕まる。王都を出るのは……あと一時間後くらいかなぁ」

「あと一時間? 大変!」

「大丈夫。あれだけ大通りで騒いだからな。今頃、騎士団も血眼で俺らを探してるはずだよ」

「わー! エースって凄く頭が良いのね! かっこいい!!」

「……頭が良いのって格好良いのかな?」

「うん! すごくかっこいい!」


 かっこいい……かっこいい……かっこいい、すごく、かっこいい……。


 ワンスの頭の中に、フォーリアの『かっこいい』が108回程リフレインした。自由になった手で、ニヤニヤしてしまう口元をしっかり隠す。反応が素直で大変可愛らしい。


 ―― なんだこれ、めっちゃ嬉しい……。うん、もっと勉強がんばろう


 意外なことに、素直で単純な少年期であった。どうしてああなってしまったのか。悔やまれる……! このまま育てば良かったのに! 時の流れは残酷だ。

 フォーリアの発言により、ワンスはこれまで以上にジャンルを問わずに知識を溜め込みまくるようになる。そうして行き着いた先が、ジャンルを問わずに仕事をしまくるワーカホリック男というわけだ。なんてこった。


「それにしても、一人くらいは見張りがいるかなとも思ったけど……」


 ドアにピタリと耳をつけるが、全く音はしない。今度は床に寝そべって、床とドアの僅かな隙間から廊下の様子を見る。人影はない。次にドアノブを回してみたが、さすがに鍵がかかっていた。でも、屋内の部屋鍵だ。とっても簡単な構造であった。


「すみませーん。だれかいませんかー?」


 一応、声を出してみるが物音も気配もない。二階には誰もいないと判断したワンスは、胸ポケットからカードを一枚取り出す。そのカードをドアとドア枠の間に滑りこませ、グイッと曲げるとあら不思議! ドアが簡単に開いた。


「わぁ!」

「しーー! 黙って」


 フォーリアの感嘆の声を遮って、廊下の様子を探る。やはり誰もいない。


「フォーリアはそこにいて」

「うん」


 忍び足で廊下に出ると、すぐに階段があった。階下をのぞき込むと玄関が見える。床板が鳴らないように慎重に一階に降りてみるが、やはり誰もいない様子だ。一度、監禁されていた部屋に戻り、フォーリアを極力見ないように彼女に向き合った。


「誰もいないみたいだから脱出するよ。あー……縛ってあるリボンを取るから、手出して」

「はい、お願いします」


 スッと差し出される彼女の手。白い肌に赤いリボンが映えて、異常に鮮やかだった。



 ―― 嘘みたいに綺麗な手



 赤いリボンを切ってしまった方が早いのだが、彼女にナイフを向けたくなくて、固い結び目を少しずつ解いていく。何故だか、彼女の手に触れてはいけない気がして、ものすごく慎重になってしまう。


 結び目が解けて赤いリボンがしゅるりと床に落ちる。彼女の手首には赤く痕がついていて、ワンスは猛烈な腹立たしさを感じた。こんなにキツく縛らなくてもいいじゃないか、と。何かの証拠になるかもしれないと思い、赤いリボンは拾って縄やナイフと一緒にポケットにしまっておいた。


「よし、脱出しよう」

「うん! ねぇ、エース。ここを出たら私、あなたに言いたいことがあるの」

「おいおい、勝手に死亡フラグ立てんなよな」

「え? ふらぐ?」

「サッサと出よ。フォーリア。俺が良いって言うまで声を出すなよ?」

「(こくん)」


 フォーリアは従順に大きく頷いていた。直視しないように頑張っているのに、ワンスの胸はまたもやドキドキと鳴る。


「もし見つかったら俺が囮になるから、お前は走って逃げて人を呼ぶんだぞ」

「(ブンブン)」


 今度は従順ではなく、彼女は不満そうに首を横に振る。睨んでいるつもりなのだろうか『そんなこと出来ない!』と上目遣いで訴えてきた。


 ワンスは吸い込まれるようにフォーリアの目を見てしまい、また息が止まるほどに心臓が跳ねる。心臓へのダメージが半端ない!


 ―― ぐっ……上目遣いで殺される! 殺傷能力たけぇな!


 必殺・上目遣いの起源がここにあった。お気づきだろうか。フォーリアに必殺・上目遣いをされたときだけは、ワンスは一度としてフォーリアの申し出を断っていないのだ。あのと(cf.2話)きも、このと(cf.11話)きも、あんなことも(cf.16話や17話)あったし、あのと(cf.41話)きだって。断わらないのではなく、断れない。まさに必ず殺すと書いて、必殺。フォーリア本人に自覚されると大変面倒なので、これは八年後も内緒にしている。


「……分かった、臨機応変にいこう」

「???」

「はぁ、ホント残念なやつだなぁ」


 一番残念なやつは俺だな、なんて自虐的なことを考えながら、そろりと監禁部屋を出て階段を下がる。とても静かだ、人の気配はない。後ろを付いてくるフォーリアに目配せで『誰もいない』と伝えるが、『???』と返ってきたのでアイコンタクトすら伝わらない人種がいることを知る。


 そのまま玄関ではなく、反対方向の部屋に向かう。フォーリアは不思議そうな顔をしたが、黙ってついてきてくれた。


 部屋に入ると大きめの腰高窓がある。ここからなら簡単に抜け出せそうだ。フォーリアに『待て』と合図をしてから、窓際に近付いてソロリと外を見る。見張りはいない。


 窓の外は荒れた裏庭だった。裏庭の柵はボロボロで、子供ならくぐれるようなサイズの穴がいくつも空いている。犯人たちも、もっとしっかりした空き家を用意しておけば良かったのに……。

 音を立てないように窓を開けて、フォーリアを手招きする。彼女は『こくん』と頷いて、そろりそろりとワンスに近付いてくる。


「ここから出るぞ。俺が先に出るから合図をしたらお前も出て来いよ」


 ワンスが小声で言うと、フォーリアはまた深く頷いた。真剣な表情が可愛くて、この頷きなら何回でも見ていられるな……なんて思うワンスであった。デレデレである。


 ひょいっと窓を越えて、辺りの様子を(うかが)うが、裏庭はノーマークなのだろう。やはり人の気配はなさそうだ。


 窓から部屋の中を覗き込み、「フォーリア」と小声で呼ぶと、またもや深く頷いてから彼女は窓を越えようとした。……が、ドレスが邪魔でなかなか足が上がらない。彼女はオロオロしながら何回もトライするが、窓を乗り越えられない! 段々と青ざめる鈍くさい美少女。

 

 すると、表の玄関の方からガラガラパッカパッカと馬車の音が聞こえてきた。馬車はこの空き家の前でピタリと止まる。どうやら犯人たちが戻ってきたようだ。


 さすがのフォーリアも、それが分かったのだろう。顔は真っ青、しかめっ面になってきた。眉をグッと寄せて目は力いっぱい開いて、口が真一文字になっている。変な顔で必死に泣くのを我慢しているのだ。可愛い顔が台無し。


 ワンスは思わず噴き出しそうになってしまい、口元を腕で押さえて笑いをかみ殺した。


 ―― 変な顔! うける! なにこれ超可愛い!


 本当に不思議なもので、全然可愛くない顔なのに、世界一可愛いと思えてしまう。この顔をずっと見ていたいなと思った。誰もが見惚れるような笑顔も愛らしいけれど、フォーリアのこんな変な顔を自分だけが見ていられたらなぁと思った。


 でも、犯人たちが戻ってきた今、そんな悠長なことはしていられない。


「ったく、鈍くせぇな」


 そう言うと、また窓を乗り越えて一度部屋の中に戻る。心底、彼女に触りたくはなかったが、ここでもたもたしているのはかなり危険だ。


「持ち上げるぞ」


 気持ちを割り切って、フォーリアの腰に手をやってグッと持ち上げた。そして、窓枠に足をかけやすいようにスカートの裾を軽くめくってやると、彼女はふわりストンと窓を越えた。ワンスも後を追うようにヒラリと窓を越えて、二人はやっとこさ屋外に出ることができた。


 そして、裏庭の柵の穴を潜り抜けて、脱出成功! まだ言葉を発しないフォーリアがニコッと笑いかけてきた瞬間、二階の方から「おい! いねぇぞ! どこ行った!?」と怒鳴り声が聞こえてくる。


「バレた! フォーリア、走ろう」


 ワンスは咄嗟にフォーリアの手をギュッと握って走り出す。空き家から見えない路地に入り、彼女にスピードを合わせながらも走り抜けた。


 ―― 誘拐されてからまだ二時間くらいか。騎士がうろついてるはずだ。特に巡回ルートには絶対いるはず!


 以前調べた騎士団の巡回ルートを思い返す。頭の中にある王都の地図を大きく広げ、走りながらも現在地がどこなのか地図と見比べた。騎士の巡回ルートに線を引き、現在地に印をつける。次いで、二つの印を見比べて、最短ルートを導き出す。十二歳、賢すぎて引く。


「えーっと……最短ルートは、こっちだ!」

「え! きゃ!」


 急に曲がったから、彼女は驚いたのだろう。思わずと言った様子で声を出していた。『しまった!』という顔をしながら彼女が慌てて口を塞ぐのを見て、ワンスは走りながらもクスッと笑った。


「はは! まだ黙ってたの? もう話していい」 

「はぁはぁはぁ……話せなーい!」

「お前、足遅すぎじゃね? ほら、もっと頑張れ」

「む……りぃ……!」

「無理でも走れ。ほーら、速度あげるぞ~♪」

「はぁ、はぁ、むりぃ……!」


 ワンスは楽しかった。心の中に宝箱があったなら、きっとこの瞬間を詰め込んで、鍵をかけて大切にするのだろう。一歩踏み出すたびに心が跳ね上がる。足は軽く、視界は明るくなる。避けなくたって水たまりに入らないし、小石があっても躓かない。こんなにワクワクキラキラとした気持ちになったのは、生まれて初めてだった。誘拐犯から逃げているという局面なのに、クスクスと笑いがこぼれてしまう。きっと走っていなくても、胸はドキドキしていたはずだ。


 握った華奢な手を放したくて、早く騎士を見つけたかった。それなのに出来るだけ長く繋いでいたくて、ずっと走っていたかった。



 路地裏を抜けて騎士団の巡回ルートに辿り着くと、すぐに騎士は見つかった。少しだけ離れがたく思いながらも、汗だく息切れヘロヘロのフォーリアを見て、彼女を助けた自分が誇らしかった。そして、心の底から安堵する。


 そこで、フォーリアの手をスルリと放した。


「フォーリア。あの騎士に『誘拐されたフォーリアです』って言って保護してもらって」

「エースは行かないの?」

「うん、俺はやることがあるから」

「分かった、またね」

「……じゃあな」


 ワンスが駆け出そうとすると「待って!」とフォーリアに呼び止められる。


「なに?」

「ねぇ、また会える?」

「あー……同じ王都にいるんだから、またどこかで偶然会うかもな」


 二人おそろいのように見える金色の髪が、同じ風になびく。その毛先が視界にチラチラと入り込むから、フォーリアを真っ直ぐに見れなかった。また会いたいのは、自分の方だ。でも、姿を偽っている自分が堂々と彼女の前に立てる訳もない。


「じゃあ、私、噴水広場にいる! 毎週金曜日、絶対にいるようにする!」

「はぁ? だから何?」

「だから、エースも来てね!」

「噴水広場……? え、俺も?」

「偶然じゃなくて、絶対会おうね! 毎週金曜日の十二時、忘れないで。忘れても、絶対に思い出して! ずっと待ってるから!」

「……うん、わかった」


 ワンスが頷くと、フォーリアは満面の笑みを向けてくれた。その笑顔が綺麗でキラキラしていて、宝物とか太陽とか、そういう言葉が詰め込まれた女の子なんだと思った。また息が止まるくらいに心臓を掴まれる。


「助けてくれてありがとう。エースは私のヒーローだよ! じゃあね!」


 騎士を追いかけて走り出したフォーリアの背中を見て、ワンスは泣きそうになった。嬉しくて泣きたくなった。


「……ヒーローだってさ」


 父親みたいに、誰かのヒーローになりたかった。ただ賢いだけで、親も金も立場も……何も持っていない。自分の手には何もないけれど、それでも憧れた。そういう存在に少しは近付けたのだ。すごく嬉しかった。


 ワンスは、また駆け出した。目の奥のつんとする感覚を押し殺し、足を動かす。まだやることが残っている。やつらを野放しにはしておけない。


 金髪のカツラを取り、本来の濃紺の髪の姿に戻る。少し離れたところにいた別の騎士に声をかけようと近付いた。もう彼は十二歳だ。この二年間で、テンの宝石盗難でっちあげ事件のときみたいに善意だけを信じていられるような人間ではなくなっていた。

 貴族の息子という風を装って、高貴な雰囲気を身にまとう。それだけで、騎士たちはすんなりとワンスの話を聞いてくれた。


 ほらね、簡単でしょう? 嘘をついていた方が、誰もが自分を信じてくれる。


 そうして、先ほどまで閉じ込められていた空き家に案内した。


「ここにピンクのドレスを着た金髪の女の子が運ばれていくのを見ました。犯人は二人。顔を半分隠した男です」

「先ほどの誘拐事件と一致しているな……了解しました。ありがとう、君はここで待っていて」

「はい、わかりました」


 騎士が空き家に入っていき、叫び声や大きな物音が鳴り出す。その不快な音が鳴りやむのを待って、ワンスはそのまま跡形もなく消えて、孤児院に帰った。



 翌々日、犯人が捕まったという新聞記事を見て、またもやニヤリと笑う。


「フォーリアに痛い思いをさせたお返しだ!」


 新聞にストレート一発、入れてやった。








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