69話 怖い怖いファイブル爆弾【打ち上げ編】
一方その頃、キッチンではミスリーとフォーリアが恋の話を咲かせていた。どうりで料理が運ばれるのが遅いわけだ。お腹を空かした食いしん坊は待ちぼうけ。
「なんかミスリーと話すのも久しぶりな感じするね~」
「ホント! 会いたくても会えなかったもん。しばらく見ないうちに、大人になっちゃって~」
「え? 背伸びたかしら? 十八歳でも伸びるのかなぁ」
ミスリーはニヤニヤニヤニヤと笑いながら「なぁにとぼけてるの~?」とフォーリアに近付いて囁いた。
「初タ・イ・ケ・ン、どうだった?」
瞬間、火山噴火レベルで真っ赤になるフォーリア。混ぜ混ぜしながらサラダにかけようとしていた手作りドレッシングを落として、全てサラダにぶちまけてしまった。味が濃くなった……。
「ななななに言ってんの!!」
「誤魔化しても無駄よ~、見ればわかる」
本当はファイブルのおかげで知っただけのミスリーであるが、そんなことはお首にも出さずに観察眼がスルドいミスリーを演じるあたり、さすがである。
「え、え、うそぉ……待って、恥ずかしい」
フォーリアが両手で顔を覆う姿を見て、生娘でもないのにここまで恥じらいがある様子にミスリーは内心で驚いていた。そして、もしやに自分に足りないものはコレなのでは……と思った。
しかし、もう随分と前にそんな恥じらいは無くなってしまったなぁと思い、いや待てよ、生娘のときからそんな恥じらいは皆無だったな……と思い直す。
「でもさぁ、伯爵令嬢なのに大丈夫なの?」
「う、うん……えっと、ワンス様以外とは結婚しないから、大丈夫デス」
顔から火が出そうな程に赤いまま、フォーリアはワンスへの愛を語っていた。ミスリーは、先日のワンスの様子と目の前のフォーリアの様子がリンクせず「うーん」と考える。
フォーリアの方は、まるでワンスに心から愛され大切にされていて、生涯を捧げられているかのような幸せな雰囲気をまとっている。将来を誓い合い、想いを通わせた相手かのようだ。
一方、ワンスの方は、そんな雰囲気は皆無。フォーリアとの温度差が半端ない。寒暖差が激しくて風邪を引くレベルだ。可哀想すぎる。
「あのさ、ワンスってフォーリアと結婚する気あるのかな~?」
「いつも断られるけど、いつかは結婚してくれるって信じてる!」
「……いつも求婚してるの?」
「うん、今のところ995回も断られてるけど、もっともっと頑張るんだ~」
「え! そんなに!? メンタルがマッチョすぎー!」
たった一回の告白以降、ニルドに真面目な告白も結婚しても言えていないミスリーは、フォーリアを心底尊敬した。そして、ワンスの『フォーリア以外となら結婚もアリ』という発言を思い出して、割と腹が立ってしまう。
このままフォーリアにぶちまけてやろうか……とも思ったが、これを今やってしまうと今日の祝勝パーティーはお葬式献杯会になってしまいそうだなと思って留まる。あざといミスリーは、タイミングも読む女なのだ。
「そう言えばフォーリアのお父さんって領地にいるんだって?」
「そうなの、帰ってこないつもりみたい。困ったお父様よねぇ」
「ハンドレッドが捕まったから、もうフォースタ邸には帰れるのよね? 一人で暮らすの?」
「え?」
そこでフォーリアはピタリと止まった。きっと何も考えていなかったのだろう。ぼーっとミスリーを見てくる。ミスリーもフォーリアを見ていたが、目は合わなかった。
「考えてなかったぁ、どうしよう……」
「あ、やっと動き出した? 三十秒も固まってたわよ~」
「一人で暮らすのはお父様も許してくれないだろうし、でも領地に行ったら……」
「ワンスには、ほとんど会えなくなるわね」
「そんな……!!」
今度は顔を青くして、手に持っていた粉砂糖の容器をデザートのブラウニーの上にぶちまけた。ブラウニーに少しかける予定の粉砂糖は、山のようにこんもりと盛られた。
「ワンス様にお願いして、このままワンディング家に置いて貰えないかしら……。料理担当みたいな感じで! ダメかなぁ。きっとご迷惑よね。ねぇ、ミスリーはどう思う?」
ミスリーは考えた。このままワンスの近くにいるならば、フォーリアはいつまでも結婚できないだろう。すると、ニルドもフォーリアを諦めきれない。よって、ミスリーもニルドと結婚ができない。芋ずる式に三人が婚期を逃すことになる。将来は三人仲良く縁側で茶を飲む老人仲間になりかねない。そいつは困った事態だ。
三人の婚期を遅らせないためにも、ここは一つ、ミスリーの大芝居によって解決させてみせようではないか! 悪いミスリーは心に決めた。
「うーん、じゃあ後で私からワンスにそれとなく聞いてみるわ。フォーリアからは聞きにくいでしょ? 任せて!」
「本当? ありがとう、ミスリー! 大好き!」
「私に任せておけば大丈夫よ、ふふふ」
穏やかに笑うミスリーの顔は、とんでもなく悪い顔であった。こういう悪いところがニルドに選ばれ切れないところなのではないか、と思って欲しいものだ。
そのとき、廊下から「腹減った~」というワンスの声が聞こえてくる。
「あ! いけない、お料理!」
健気なことに、お腹を減らしたワンスの一声でフォーリアは嘘みたいに機敏に動きだす。パッパッと料理を仕上げていった。
お腹が減りすぎて待っていられなくなったワンスも途中でお手伝いに加わり、つい最近まで侍従をやっていた手際の良さを見せつけると、ミスリーは『おー』と感嘆の声をあげる。
仲良く声を掛け合いながら、お皿を並べたり料理を盛り付けたりする二人の姿を見て、ミスリーは『結婚しちゃえばいいのに』なんて思ったりもした。
ミスリーが料理を持ってダイニングに行くと、そこには青い顔をして悩んでいるニルドがいた。まだ悩んでいたのか! とんだクズ男だ。その横にはファイブルが笑いを堪えて座っている。
「ちょっとニルド? 顔が青いわよ、どうかしたの?」
「あぁ、ミスリーか……何でもないんだ。どちらかを選ぶと、何故もう片方は選べないのか考え事をしていただけなんだ」
「哲学の話? ……さ・て・は! ファイブル、何か言ったのね? ニルドを悩ませるなんて許さないわよ~?」
「違いますよ、へえ」
「白状なさい、ファイブル!」
「ニルド様のことになると見境ないですね、へえ」
そこで、サラダやカトラリーを運んできたワンスが、「やめろミスリー」と止めに入る。よく働く男だ。
「ニルヴァンの顔が青くなってるおかげで、お前は命拾いしたんだぞ? 青顔のニルヴァンに感謝しろよなぁ」
「青顔のニルヴァン? なにその二つ名みたいなの。訳わかんないわよ」
「いいからサッサと食べようぜー。もう腹減りすぎて限界なんだけど。ニルヴァンには温かい紅茶でも出しとけば? 寒いんだろ、なぁ?」
「あ、あぁ、少し寒いかな……」
何で悩んでるか暴露されたくなかったニルドは、ワンスの適当な話にとりあえず乗っかった。
「そうだったのね! ニルド、今お茶を淹れるから待っててね」
無罪にも関わらず疑いをかけられたファイブルは、楽しそうに三人のやり取りを見ていた。相変わらずの楽しやがり野郎である。
そんなこんなで始まったパーティーであったが。
「しょっぱ! このサラダ、ドレッシングかけすぎじゃね? フォーリアにしては珍しいな」
美食家のワンスが無遠慮にそう言うと、フォーリアの顔がぼっと赤くなった。まるで火山噴火のようだった。先ほどのミスリーの『初体験どうだった?』という発言を思い出してしまったのだろう。
そんなフォーリアを見たニルドが、これまたうるさかった。顔色はすっかり戻っていたから、二倍うるさい。
「フォーリア……なんでサラダでそんな顔に!? おい、ワンス! サラダに何をした!? サラダに何かしたならば、俺が許さん!」
「お前はサラダの何なんだよ、守り神かよ。しょっぱいから野菜追加していいかー?」
「せっかくフォーリアが作ったサラダに野菜を足すなど……惨いことを」
「ちょっとワンス! しょっぱくても野菜は足しちゃダメよ!」
「ミスリー。盲目すぎるぞ?」
ワンスは野菜を自分で足してパクパクもぐもぐと食を進めていく。誰よりも早くデザートに行き着いたかと思うと。
「デザートは~♪ って、なんだこの山盛りの粉砂糖は。粉砂糖のブラウニー敷きって感じになってるぞ」
ワンスがまたもや無遠慮にそう言うと、フォーリアの顔が今度は青くなる。ワンスと遠距離片思いになる可能性を思い出したのだろう。まるで青顔のニルヴァンのようだった。すると、またもやニルドがうるさくなるではないか。
「フォーリア、なんで粉砂糖でそんな顔に!? 山盛りの粉砂糖に何か深い意味が……? おい、ワンス! 粉砂糖の山を崩したら許さない!」
「粉砂糖に何の意味があるっていうんだよ、遠回しすぎるだろ。崩すぞー」
「あぁ! お前! 惨いことを……」
「ちょっとワンス! ニルドが山を崩すなと言ったら、この世に崩していい山は一つもなくなるのよ!」
「ミスリー。全肯定がすぎるぞ」
という感じで、終始うるさい祝勝パーティーであった。ファイブルはずっと笑いをかみ殺していた。一番楽しんでいたのは、きっと彼だろう。
料理を食べ終わって片付けをしている途中、ワンスの目を盗み、ファイブルはフォーリアを手招きで応接室に連れ出した。この珍しい組み合わせ、割と良い相性な気もしなくもない。
「ファイブルさん、どうかしましたか?」
「うーん、本来はさ、俺が口出すことじゃないとは思うんだけどさぁ」
「?? はい?」
「ワンスには悪いが、俺は常に面白い方を取る! というわけで、フォーリア」
「は、はい!」
「ワンスの私室に入るんだ」
フォーリアはきょとんとしていた。
「えっと、ワンス様の私室に……?」
「そうだ。そして、勇者よろしく色んなものを開けたりしながら、とにかく見て回るんだ」
「何だかよくわかりませんが、できません……。ワンディング家に初めて招かれたとき、ワンス様の私室に入るなと言われました……それはそれは恐ろしい……思い出すだけで身震いします、ブルブル」
「フォーリア相手にそこまで出しちゃってんの!? こりゃ相当こじらせてんなぁ」
頭を抱えるファイブルに、フォーリアは一歩近付いて小声で話し掛ける。
「あの、ワンス様の私室って何があるんですか?」
「実は……俺も知らな~い♪」
「え!」
「入ったことないもん。でもさぁ、ワンスがフォーリアとの結婚を頑なに断る理由が、そこに隠されていると思う」
「理由が……私室に!? なんだかドキドキしてきました」
「ワクワクが止まらないだろう! それが好奇心というものだ、フォーリア君」
「はい! ファイブルさん!」
なぜか拳を掲げて向き合っている二人。やはり何となく相性が良い。
「でも、どうやって入ったらいいんでしょうか? ワンス様が部屋にいないときは鍵が掛かってますし、ワンス様が部屋にいるときは……あ、鍵が掛かってます」
「相変わらず鍵が大好きだな! 鍵が開くのはどういうタイミングか分かる?」
「えっと、私が見たことがあるのはワンス様が出入りするときだけです」
「後ろからソロリと付いて行って、開けた瞬間に入っちゃえば?」
フォーリアは想像した。そろりと近付く自分を。そして、それに気付くワンスを。即バレである。
「ダメです。誰かがドアの近くにいるときは開けないんです。用事があってノックしても、ドア越しに話をしますし……」
「どんだけ用心深いんだよ、あいつ。そしたら、ドア越しに話をするわけにはいかない用事を作って開けさせるしかないな~」
「うーん、例えばどんな用事でしょう?」
「手紙とか物を渡すとか?」
「扉の前に小さなテーブルがあって、そこに置いておけと言われます」
「用心深すぎて引くわ……」
ファイブルは腕を組んで思案している様子。何となくそれを真似て、フォーリアも腕を組んで思案してる風を装う。何も考えてなかったが。
しばらくすると、ファイブルの眼鏡がキラリと光った。どうやら面白いことを思いついたのだろう、ニヤリと笑って眼鏡をかけ直す。
「フォーリア、面白いこと思いついた! あのさ、廊下に……」
「おーい、フォーリア? どこいったー?」
そこでフォーリアが呼ばれてしまい、悪事を企てる二人はビクッと肩を揺らして目を合わせる。ワンスの声が近い。二人で話しているところを見られたら厄介だ。
「作戦は俺に任せといて。ワンスと結婚したいなら、あいつには黙ってなよ? 『私室に入ったら見て回れ』これだけ覚えといて!」
「は、はい!」
「先に戻ってな~」
フォーリアがペコリとお辞儀をして応接室を出た後、またもやファイブルはニヤリと笑った。銀縁眼鏡に月明かりが反射して、まとう雰囲気はまるでラスボスのような風体であった。
この親友ファイブルの思い付いたイタズラによって、ワンスとフォーリアの関係は大きくぶち壊される事になるのだった。