7話 また会えて嬉しい
「あの、お会いできて嬉しいです……」
―― すっごい格好良い。素敵! 好き!
その日、フォーリア・フォースタは、デロデロのメロメロに溶けていた。
「先日は、慌ただしく失礼してしまって申し訳なかったね。大丈夫だった?」
「はい……大丈夫です……」
頬を染めてうるうるとした瞳で、フォーリアはワンス・ワンディングをじっと見つめた。
ミスリーに背中を押されて、三日三晩考えぬいた手紙をしたためて、緊張でブルブル震えながら封を閉じ、それでも『本当に手紙を送っていいかしら嫌われたらどうしよう、でも会いたい!』と、さらに三日三晩悩んで送った手紙が今、このカフェで花開いている。
カフェで会いましょうと、ワンスから返事が来たときから、もう胸がドキドキして、ときめきが止まらなかった。よって、フォーリアは、8,000ルドのことなんかすっかり忘れている状態だ。これだから貧乏なフォースタ家は、ずっと貧乏なままなのだ。
しかも、カフェで再会した瞬間、フォーリアはもうワンス以外が見えなくなった。会えない間に悩み考えまくった結果、恋が深く、手に負えない状態になってしまったのだ。
―― 好き……
会ってから以降、心の中でずーっと好き好き言い続けている。
「……ちょろいな」
「え? ごめんなさい、何か仰いました?」
「ははは、先日ご馳走になったお礼に、今日は僕がご馳走するよ」
―― ええ! ワンス様がご馳走してくれるの!? ご馳走されたらこっちのものとか何とか、ミスリーが言ってた気がする! もしかして、ワンス様も私のことを……!?
もちろんミスリーは、そんなこと言っていない。残念なことに、フォーリアは恋愛に全く慣れていなかった。八年前の初恋をどえらく引きずっていた彼女は、誰かを好きになることもなく、恋もデートもキスもせず、いつの間にか十八歳になっていた。
その一因として、ニルドの害虫駆除スキルによって、男性と濃く出会う機会がなかったというのもある。それが、この結果だ。
人間は少しずつ毒に慣れておくべきなのだ。制限されていた人間が一気に快楽を投与されると、中毒になってしまう。そんな愚かな生き物が、フォーリアである。
「飲み物は紅茶でいいかな?」
彼が首を傾げるものだから、つられて、首をこてんと傾げてしまう。ワンス以外が全く見えていない。
―― えー、すっごい好き……
「好きです……」
フォーリアはちょっと頭が足りてなくて、若干向こう見ずで、ほんのすこーしだけ考えなしだった。思ったことは、口からスルリポロリと出てしまうタイプ。思わず、告白してしまうほどに。
「……紅茶が好きなんだね。ケーキにする? それともパフェがいいかな?」
聞かなかったことにしたのだろう、ワンスはニコリと笑っていた。
「え! ケーキ!? はい、ケーキでお願いします!」
無視されたことよりも、久しぶりにケーキを食べられると分かって、その喜びが勝ってしまう。貧乏なのだから仕方がない。
「イチゴとチョコレートは、どっちが好き?」
「好き……はい、好きです……結婚して……」
「ははは、じゃあイチゴにしようか」
そうして二十八回ほどの告白と二十六回の求婚をして、全てを聞かなかったことにされた。それでも、好きな人と一緒に美味しいケーキを食べるという夢のシチュエーションに溺れていたフォーリアは、幸せの絶頂にいた。
「そういえば、ここのカフェは時々友達と来るんだ。フォーリア嬢は初めて?」
「あ、前に一度友達と来たことがあります」
「へぇ、友達ってどんな人だい?」
―― ワンス様が私のことを知りたがっているー!?
「はい! 親友の女の子です! レストランで働いていて、すっごくしっかりしていて、綺麗な子で、私の自慢なんです!!」
「回答の勢いがすごいね。……なるほどね。自慢の友達なんて羨ましいな。出会いは?」
―― また質問してくれたぁ! 確かミスリーが『質問されたらこっちのもの』って言っていた気がする! きゃー! もしかして私に恋しちゃってるー?
もちろん、ミスリーはそんなこと言っていない。
「その子の母親が、私の乳母だったんです。だから、姉妹のような親友のような……」
「レストラン、乳母。なるほど……。仲良しの友達がいていいね。あ、僕も仲の良い友達がいてさ、騎士団に勤めてるんだ」
「騎士団ですか! 私も友人がいます」
「そうなんだね。僕も騎士団には何人か知り合いがいるよ。フォーリア嬢の友人は、何という名前? 僕の知り合いかなぁ」
「ニルド・ニルヴァンです」
色々とダダ漏れである。ワンスも『嘘だろ……ちょろすぎる』と驚いていることだろう。
「あぁ、ニルヴァン伯爵家の? 直接は知らないなぁ。仲良しなんだね」
「はい、そうなんです。優しいお兄様みたいな感じで、色々面倒を見てくれるんですよね~」
「あー……兄みたいなね、なるほど。何となく把握した」
「ふふふ」
「ははは」
しばらく談笑しながら二人で紅茶を飲んでいると、突然、ワンスがおしゃべりを止めた。
「ワンス様? どうかしました?」
「ごめんね、フォーリア嬢。今、向かいの道に知り合いを見つけてね、ちょうど用事があったんだ。少し話をしてきてもいいかな?」
ワンスは申し訳なさそうにしていた。その眉が下がった顔も素敵で、フォーリアは思わずぽーっとしてしまう。
「……はい、好きです、結婚してください……」
「ははは。じゃあ行ってくる。待っていてね」
「はい、好き……いつまでも待ってます」
ぽーっとしながら見送るが、なかなか帰ってこないワンス。手持ち無沙汰のフォーリアは、ぼんやりと彼のことを考えはじめる。
なんでこんなに好きなのかしら。一目見たときから、彼の瞳に吸い込まれるように恋をしてしまった。声も仕草も指先までも、彼の何もかもがフォーリアに恋をさせる。
それは、不思議な感覚だった。初恋の男の子以来、こんな風に誰かに強く恋心を抱くことはなかった。初恋の男の子は全く見つからなかったが、それでも思い出すと胸がトキメク感覚はあったはずなのに。しかし、それがまるで上書き保存されたかのように、ワンスへの気持ちにストンとすり替わったのだ。
―― でも、うちは貧乏だし、きっとワンス様は私を選んではくれないわよね……
意外なことに、夢見がちなフォーリアだって少しくらいは現実を見ることができる。もう十八歳だ。父親は『結婚なんてしなくたっていいさ』と優しくしてくれるが、彼女は一人娘。婿養子を探さなければならない。
―― 嫡男と言っていたし、どのみち結婚は無理……よね
はぁ、と深くため息をつく。貴族として生まれたからには、結婚は利益優先だ。でも、フォースタ家の利益とは何だろうか。青く高い空を見上げて考えてみるが、よくわからない。
―― このまま没落して、平民になって、お父様と二人で仲良く暮らすのもいいのかも
家を途絶えさせるのは、過去のフォースタ家を支えてくれた人々に申し訳がない。
しかし、財産もない。どうしようもない。無いものだらけだ。フォーリアには学もないし、人脈もないし、武器は何もない。正確に言うと美貌が武器なのだが、武器として上手く使えていない。もう少し賢ければ、大きく利用できたのに。
それこそ、白馬に乗った王子様みたいに、誰かが助けてくれなければ、フォースタ家は没落まっしぐらだ。
すると、そんなフォーリアに近付く人物が。
「フォーリア様ではないですか~!」
「え? は、はい」
―― 誰だっけ? なんかどっかで見たような
「先日はお時間頂き、ありがとうございました。宝石のご購入手続きが途中でございましたよね? 今、お時間ございますか?」
「え、はぁ、はい?」
「お会いできて嬉しいです」
白馬に乗った王子様なわけもない。気が付くと、フォーリアの向かいの席に、カタログ詐欺の詐欺師がドカッと座っていた。




