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62話 「正しくあることって常に重要なこと?」



「あ、いたいた! ニルヴァン!」


 国庫輸送まで、あと五日。街の警備に配置されているニルドも、朝から晩まで仕事仕事仕事! 大忙しだった。朝の巡回が終わって、次は騎士団本部内で仕事だ……と、第一騎士団の渡り廊下をスタスタ歩いている途中、後ろから聞き覚えのある声で呼び止められる。


 後ろを振り向いて、ニルドは目玉が飛び出た。


「ワンス!? ななななんでお前!?」

「声でけぇよ、朝から元気だなぁ」


 ニルドは飛び出た青い目玉を高速瞬きで押し戻し、騎士の制服を着込んで普通に本部内をうろつくワンスの腕を力いっぱい引っ張る。周りを警戒しながら、草木が茂る密談スポットに連れ出した。逆に怪しい。


「お前なにしてんだ!」

「え? なにが?」

「こんなとこに、そんな格好で……!! あー、なんか眩暈(めまい)がする……」

「おいおい、大丈夫かよ。働きすぎだぞー」

「全っ然! 大丈夫ではない!!」

「いやー、だってさぁ、ニルヴァンへの徹底マークが熱烈すぎて、全くお前に近付けないんだよ。さすがにここ(騎士団)までは奴らも入って来ないだろ? 名案じゃね?」


 ワンスが得意気に言うと、ニルドはまた眩暈がした。なんという無謀なやつだ。これは度胸があるのではなく、無謀なだけだ!


 しかし、もう侵入しているのだから仕方ない。確かにマークが厳しすぎて、これを逃したらワンスと直接話すことなど出来ないだろう。ニルドは気合いで眩暈を止めた。


「はぁ、お前の無謀さは命取りだな。で、フォーリアはどうしてる?」

「大丈夫、無事だ」

「今もフォースタ邸にいるのか?」

「あー……ワンディングが持ってる家にいる」


 この絶妙な言い回し。まるでワンディング伯爵家が持っている別邸に(かくま)っていると(とら)えさせるような言い方だ。現に、ニルドはそう解釈した。

 ワンスとしては『一時的とは言え、一緒に住んでますよ』と言って、面倒なことになるのを避けたかったのだろう。だって、面倒なんだもの。


「と言うのも、フォースタ邸に奴が来た」

「!?」


 ニルドは顔面蒼白。まさにフォーリアの反応と同じであった。


「大丈夫。フォーリアもフォースタ伯爵もハンドレッドには会ってない。夜会の日、フォースタ家に帰そうと思ったんだけど、万が一を想定して止めたんだ。あの日以来、二人ともフォースタ邸を不在にしてる」


 ワンスの真面目な説明を聞いて、ニルドはふーっと息を吐く。普段は胡散臭い男だと思っているからこそ、真面目さが際立つ。


「ニルヴァン。今日ここに来たのは、これを渡すためだ」


 差し出された封筒を受け取る。かなりの枚数の紙が入っているようで、やたらと重い。


「これは?」

「ハンドレッドの狙いは、五日後の国庫輸送詐取だ。計画書を全部見たから複製しておいた」

「……って、おいおいおい。国庫輸送!? 初耳だぞ?」


 そうなのだ。ハンドレッドが国庫輸送を狙っているというのは、ミスリーとファイブルしか知らない。ニルドは聞かされていなかった。


「あぁ、一昨日に偶然知ったんだ。由々しき事態だと思ってな。どうにか奴の計画書を見ることに成功したから、これはニルヴァンに知らせなければと危ない橋を渡って、今日、ここに(さん)じた次第だ」


 ワンスがやたらキリッとした顔で伝えてくれたので、息を飲んで「そうだったのか……」と感銘を受ける。ワンスの正義感()が心に響いた。


「ところで、どうやってハンドレッドの計画書を見たんだ?」

「あははー」


 その悪そうなニッコリ顔を見て、ニルドの感動は一転。ワンスの腕を右手で取り上げてクルリと回し、後ろ手に拘束する。手早い! さすが騎士!


「何をした? まさかとは思うが……犯罪じゃないだろうな!?」

「ニルヴァン、聞け。ハンドレッドはお前とフォーリアのことを国庫輸送を狙う犯罪者(ライバル)だと思い込んでいる」

「……は? 犯罪者? 俺とフォーリアが?」

「ああ、何故だか全くワカラナイけどな。勝手にカンチガイでもしたんだろ」

「だから執拗にマークされていたのか。だとすると……」

「そう。ニルヴァンとフォーリアを排除しようとするはずだ。ハンドレッドのことだ、国庫輸送の詐取が成功しても失敗しても、お前ら二人の排除は行うと思う。だから、お前にハンドレッドの計画の全てを渡したんだ」


 左腕に抱えていた封筒の重みが増す。ワンスの言いたいことが分かったのだ。


「ニルヴァン。確実に、ハンドレッドを捕まえろ」


 そういうことだ。フォーリアを守るためには、ハンドレッドを捕縛して収容所送りにする他ない。ワンスはそう決めていた。


 ハンドレッドを捕縛するということは、被害者加害者連動詐欺の件が騎士団に露呈する可能性もあったが、もはやそれを気にする余裕はなかった。フォーリアの父親の友達であるスタンリーさん、ごめん!って感じである。

 とは言え、国庫輸送詐取という大犯罪が隠れ(みの)になり、連動詐欺の方は有耶無耶(うやむや)になるとワンスは予測しているわけだが。そして、それ以外に手は考えている。


 一方、ニルドは複雑だった。ハンドレッドの捕縛に対しては超前向きではあるが、苦々しく顔を歪める。


「しかし……この資料の出所は……」


 資料の信憑性を気にしているわけではない。犯罪まがいのことをして手に入れた情報で、勝ち星をあげることへの忌避だ。ニルドは、それを感じていた。


 それが手に取るように分かったのだろう。ワンスは、わざとらしくため息をつく。その吐息で正義を蹴散らすような、大きなため息。


「……なあ、正しくあることって常に重要なこと? フォーリアの安全より真っ当さが重要? どちらかしか選べないなら、お前はどっちを取る?」

「フォーリアの安全と、どちらか……?」


 後ろ手を取っている為、ワンスの顔は見えなかった。けれど、いつになく真剣な声に、ニルドは少し緊張して喉が鳴る。それが分かったのだろう、ワンスはまるで対抗するように喉の奥で「くっ…」と笑った。


「あー違うか、ニルヴァンは選ばなくても両方手に入るんだった。騎士として真っ当にハンドレッドを捕縛すれば、それで良い。その資料と同じ物をエース・エスタインの名前で、第一騎士団に流してある。正当な情報だよ。それはニルヴァン用に複製したやつ」

「お前……! なんだよ、てっきり空き巣にでも入ったのかと……」


 安堵して手の力を抜くと、ワンスは手を擦りながら悪戯に笑う。「引っ掛かってやんの~」と茶化してきた。


「ハンドレッド相手に空き巣なんて、命がいくつあっても足りないって」

「こんなときに冗談言ってるな」

「まあいいじゃん。さーて、確実に捕まえて貰うために、当日の流れを説明する。正義の騎士として、フォーリアを守ってくれよ?」

「ああ、分かっている」



 元々、ワンスはハンドレッドの国庫輸送詐取についてはノータッチであった。こちらの狙いはハンドレッドの資産。彼が国庫を盗ろうが盗るまいが、別にどっちでもいいし興味もなかったからだ。


 しかし、ハンドレッドが彼女に牙を向けたとなれば話は別だ。騎士団には確実に捕まえてもらう。一種のブランドと化しているエース・エスタインの名前すら利用し、どんな手を使ってでも、確実に捕らえてもらう必要があった。


 エースの名前をこういう風に使うことは初めてだ。それだけ、ワンスは本気だということだ。



「……と、まあこんな感じで当日は動いてほしい。この配役は、ニルヴァンにしか出来ないからな。頼むぞ」

「了解した」

「あとは騎士団長の指示もあると思うから臨機応変によろしくな~」

「ああ。騎士団の名にかけて、確実に捕らえてみせる」


 ニルドが自信満々に言うと、ワンスは満足そうに頷いて「じゃあな~」と密談スポットの茂みから出ようとした。なんか嫌な予感がしたので「ワンス、待て」と言いながら足止めをする。


「もう帰るんだよな?」

「帰る帰る~」

「さては、おまえ……食堂に寄るつもりだろう」

「あははー、まっさかー」

「門の手前まで送る」

「げ」


 つまみ出すように門の少し手前まで連行した。ワンスは大変不満顔だったが。


「って、もうこんな時間か。楽しくてついつい長居しちゃったな」

「もう二度と来るなよ!?」

「分かった分かった。この後、ファイブルとミスリーと打ち合わせがあるから行ってくる」

「そうなのか、二人に宜しくな」



 門をくぐって帰ろうとして、ワンスはそこで足を止める。少しだけ顔を上げて、騎士団本部の門の裏側を見上げた。

 この裏側を見ることが出来るのは、本来は正しく生きてきた騎士だけだ。自分は嘘をついて騙してこれを見ているんだなぁ、なんてことをぼんやりと考えていると、門の端が少しだけ錆びていることに気付いた。その赤茶色の部分をじっと見ながら、呟く。


「ニルヴァンと違って、俺はどっちかしか選べないからさ。迷わず選ぶよ」

「ワンス?」


 ニヤリと笑って「人生は選択の連続だな」と、ウインク一つ。門をくぐって騎士団本部を後にした。





 


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マシュマロ

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