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58話 愛おしいからじっと見る

注意、空き巣行為あり。



 ワンティング家にフォーリアを招いた初日。彼女は早速夕食を作ってくれて、ワンスは美味しい料理をたらふく食べて満腹満足。そして、風呂やら何やら寝支度を整えた彼女が隣の部屋に入ったことを確認した後、出掛ける支度をして、そっとワンティング家を出た。


 月が灯る、真っ暗な夜。この日は、時を同じくして、ミスリーとハンドレッドがマッチをしていた夜だ。ちょうどベッドの上でオーランド侯爵の話をしている頃だろう(cf.54話)。


 そもそも、なぜハンドレッドとのマッチをミスリーに依頼したのか。理由は色々あるが、一番の理由はハンドレッドの時間を拘束するためだ。ミスリーがハンドレッドを構っている間、確実に時間が埋まっていることになる。



 その時間、ワンスが何をしていたか。


 ワンディング家を出て、馬車を乗り継ぎヒイス・ヒイルの隠れ家に到着。ヒイスは、とっても悪いことをするときに使う名前だ。


 ヒイスの隠れ家には武器や拘束具、偽造身分証、偽造紙幣なんかも置いてある。どんなときに使うんだよ……と思ってはいけない。彼は犯罪者なのだから色んなことに使うのだ。


 ヒイス用の目立たない服に着替えて、茶髪のカツラの上から更に帽子をかぶった。そして、よく手入れされたピッキング道具やナイフなどの武器を持って家を出ると、足取り軽くオトモダチの家に向かう。ハンドレッドの『青い屋根の家』で、ちょっとイタズラをするのだ。


 尚、イタズラは今回の『青い屋根の家』が初めてではない。ハンドレッドを尾行→棲家(すみか)を特定→ノーブルマッチでハンドレッドの予定を確実に埋める→ワンスが棲家を調査する。このサイクルは、すでに四回目だ。


 過去三回は、資産がほとんど置いていない棲家ばかりだった。ワンス的にはハズレだ。今回の青い屋根の家は、鍵屋が頻繁に訪れているという事前情報をゲットしていたので、ここが本命だろうと確信していた。

 本命であるが故に、事は慎重に運ばれる。国庫輸送まであと十三日。金を動かしようのない直前期に、この青い屋根の家を確認したかった。



 青い屋根の家は普通の一軒家だった。まずは、グルリと家の周りを歩く。一つだけ取っ手付きの窓があったため、試しにグッと(ひね)ってみるが、しっかりと施錠されている。向かいの家から玄関は見えるだろうが、隣接した家からは高い塀に阻まれて何も見えないだろう。


 次に、ワンスは玄関から近い塀に身を隠して、玄関扉をじっと見た。侵入したことが分かるような細工がされていないか確認した後、ピッキング道具をサッと取り出す。そして、玄関にスッと近付き二十秒ほどで解錠させた。プロの泥棒並の速さだ!


 ―― ハンドレッドにはなるべく早く来てほしいよなぁ。キズくらい付けといてやるか。親切、丁寧~♪


 浅い傷を一つだけ、鍵付近に残しておいた。


 慎重に扉を開けるが、やはり細工などはされていない。侵入した痕跡が残らないように、まずは見て覚えてから足を踏み入れる。万が一、何か痕跡を残してしまっても、記憶通りに戻せば問題ないからだ。さすがに中に侵入したことがバレると面倒だ。ここは慎重にいこう。


 そうして覚えながら移動していくが、詐欺師らしいものは見当たらない。国庫輸送の計画がわかるようなものを置いてあるかと思いきや、それは他の棲家に置いてあるのだろう。過去三回の調査でも見つからなかったため、きっと五つ目の棲家にあるはずだ。



 さて、ワンスがここに来た目的は、金庫室を見るためだ。まあそれでも書斎スペースなどを適当に漁りながら、オトモダチの家をゆっくり堪能。しばらく探しても、目当ての金庫室が見当たらない。どこかに隠し扉があるのだろうか。自分ならどうするか考えてみる。 


 ―― 大抵は寝室だよなぁ


 一番長く居る場所。寝ている間も見張りたい。それが詐欺師の心理だからね。そう思って寝室に向かうと、案の定クローゼットの奥に隠し扉を見つけた。隠し扉には鍵はなし。開けてみると、地下室に通じる薄暗い階段。ワンスは見て覚えながらも、足取り軽く階段を降りた。


 階段を降りながら途中で角を曲がると、扉がドーンと現れる。鉄製の重厚な扉だ。金庫室なのだろう、『ここに金が入ってますよ!』という感じが伝わってきて、テンションはグイッと上がる。ワクワクと鍵穴を覗いてみるが、さすがにピッキング不可能な特殊仕様であった。


 ―― これがハンドレッドが持つ金色の鍵の『扉』ってわけね


 扉をじっと見て、愛おしそうに一撫でした。心底、金が大好きな男である。


 名残惜しいが、これ以上は進めない。階段を昇り、全てを元通りにする。クローゼットの服の掛け方からハンガーとハンガーの間隔まで、寸分の狂いもなく全て元通りに。完璧だ。


 もう帰るのかと思いきや、寝室のベッドの下を覗く。いやいや、別にハンドレッドのそういう本を探しているわけではない。断じて違う。

 

 ワンスは少し嫌そうな顔をしながらも、まぁ許容範囲だなと思ってベッド下に潜り込む。そこまで(ほこり)っぽくはなく掃除はされていたが、やはり何となく嫌だった。致し方ない。掃除しておいてくれて有り難う、なんてハンドレッドに感謝をしてみたり。


 ―― もうそろそろ帰ってくるかな~


 ワクワクしながら、ハンドレッドの帰りをベッドの下で待つ。自分が女であったならフカフカのベッドの上で待てたのにな……なんて下らないことを考えることしばらく。ガチャガチャダダダダと慌てた様子で、家の中に誰かが入ってくる音が聞こえる。


 ―― きたきたきた! おかえり~!


 ハンドレッドは玄関扉の傷に気付いたのだろう。慌てた様子でクローゼットの隠し扉に入っていった。それを確認したワンスは、音を立てないようにベッド下から這い出て、後ろを付いていく。


 階段を降りながら角を曲がると、金庫室の扉はすでに開いていた。バレないようにそっと覗くと、トランクケースがズラッと綺麗に並んでいる。その光景に大歓喜! うっとり惚れ惚れしてしまった。


 そして、奥にはメンテナンスが必要な厳重な巨大金庫。手順があるのだろう、ハンドレッドは焦りながらも手順通りに開けているようだった。


 ―― よし、やっぱりこの青い屋根の家がメインバンクってことだな。了解了解~


 ここが引き際だと見極め、その場を離れる。これ以上の滞在と接近はバレる可能性があるし、リスクを取る場面ではない。ハンドレッドが金庫に夢中になっている隙に、ワンスは悠々と青い屋根の家を出た。



 夜の街を歩きながら、ひとつ大きく伸びをする。そして、そんなに付いてはいない(ほこり)をパパッと払って帽子を脱いで月を見上げた。


「あー、欲しい!」


 闇夜に吠えるように、小さくそう呟く。その瞳は、玩具屋のショーウィンドウを眺める子供のようだ。淡い黄色の瞳が月の光に照らされて、金色とも言える輝きを放っていた。


 

 


 ヒイスの隠れ家に一度寄って着替えてからワンディング家に戻ると、もう深夜と言える時間だった。


 埃っぽい身体を風呂でキレイサッパリ流してから、キッチンに置いてあったフルーツを適当にパクパクと食べる。ちなみに、出掛ける前にフォーリアが作った夕食をたくさん食べているわけで、本当によく食べる男だ。ある程度お腹が膨れた後に、寝る支度を整え、私室に置いてあるマスターキーを取り出した。


 この家は、玄関と勝手口の一枚目の扉を除いて、全ての扉がピッキング不可能な特殊仕様の扉だ。その全ての扉のマスターキーを持っているのは、ワンスのみ。あとは、各個人の私室の鍵や役割分担に合わせた鍵を、使用人に適宜配布している。


 ワンスは、そのマスターキーをクルリクルリと指先で回しながら、隣にあるフォーリアの部屋の前に立つ。    

 マスターキーを鍵穴に差し込み、躊躇(ためら)うこともなくカチャリと開ける。他人の家にピッキングで侵入した後だ。隣の部屋にマスターキーで入ることなど、戸惑う余地なし。


 フォーリアは、ベッドでスヤスヤと寝ていた。さすがに疲れたワンスは、ふぁ~と大きく欠伸をして、ベッドに入った。

 何回かキスをして、ちょっとそこかしこ触ってから、彼女をじっと見て一撫でした。まるで宝物を守るように、ギュッと彼女を抱き寄せて眠りにつく。



 国庫輸送まで、あと十三日。







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