53話 はい、大夢中ってことです
「ファイブル、ミスリー、悪い! 待たせた」
「い~え。お先にたべてまーす♪」
「ごちになりまーす♪」
嫌な組み合わせの二人だなと思ってしまい、ワンスは少し帰りたくなった。
帰りたくなったのは、少し疲れているというのもある。とにかく忙しいからだ。
隠れ家を出てワンディング家に戻り、僕である侍従に買い出しの指示を与えた。色々と支度をした後に、早めのランチを食べながら作戦会議を行うということで、ワンス経営の個室レストランに集合をして、現在に至る。
なお、ニルドは現在ハンドレッドにマークされている可能性が高いというのと、騎士として勤務中であるため不在だった。もう少し付け足すと、ニルドには聞かれたくない話もしたい。
ワンスは、昨日の夜会の出来事と、ハンドレッドの様子を二人に伝えた。
「まさかハンドレッドがあそこまでガチ切れするとはなぁ。あの様子だと、フォーリアの事を国庫輸送を狙う女詐欺師って思わせる作戦は上手く行ったんだろうけど」
「上手くいきすぎたってことねぇ。なんでかしら?」
「えー? 上手くいきすぎた理由ねぇ? ……理由。待てよ」
すると、そこでファイブルが押し黙った。一点を見つめてしばらくした後に「ダッグ・ダグラス」と呟く。
「ダグラス? なんだよ?」
「ほら、少し前にハンドレッドが言ってた話があったろ。『自分より頭の悪いやつが美女を連れてカフェにいたら足をかけたくなる』……って」
「あぁ、ファイザとそんな話をしてたんだっけ……って、おいおい! まさかの?」
「え? なに? どういうこと??」
「ダッグ・ダグラスとフォーリアがカフェにいたのを、ハンドレッドが見ていたんだろうってことだよ」
「ぇえ? すっごい偶然。そんなことある?」
「「「怖っ」」」
三人は、フォーリアの引きの強さにゾッとした。
そもそも、フォースタ家は引きが強い。まず、連動詐欺でダッグ・ダグラスとレッド・ハンドレッドを引き当てている。そして、フォーリアはワンス・ワンディングも引き当てているわけだから、その引きの強さ。どう考えても不幸の星の下に生まれているのでは。
「……いや、でもこれはある意味で幸運だ。あのハンドレッドの様子からすると、女詐欺師がまさかブラフでド素人だとは夢にも思わないだろう。今のところ、ダッグ・ダグラス、ニルド・ニルヴァン、オーランド侯爵、この三人を押さえているわけだから、フォーリアの手札の方が強い。それでガチ切れしたのか、納得納得」
そうなると、フォーリアの正体はまだバレていないだろうと予想される。
「ブラフハンドだけどな、うける!」
「どんどんレイズしちゃお♪」
「もうハンドレッドは国庫輸送に大夢中ってことだな」
参謀タイプの三人は、ランチに似つかわしくない真っ黒な笑みを浮かべて、頷き合った。
「ところで、ワンスがハンドレッドに渡した国庫輸送の資料って本物なのよね?」
「んー、ところどころ偽情報を入れてあるけど、大体は本物。じゃないと信頼してくれないだろ」
「じゃあ、本当に国庫輸送が盗られるかもしれないってこと?」
「まー、それならそれでいんじゃね? そこはニルヴァンの腕の見せ所だろうな。あ、ニルヴァンには資料流出の件は内緒だからな? 自責で首を吊りかねないからな……」
「分かってる。とてもじゃないけど言えないわ」
ミスリーは苦笑いで了承してくれた。彼女はニルドの究極の味方だから、時と場合によっては色々と内緒にすることもあるのだろう。愛が深い。
「仮に国庫輸送を取っても、自分の資産を取られてたら顔面蒼白だろうな。あぁ~見たい見たすぎるぅ!」
ファイブルは待ち切れないといった様子で、足をバタバタさせながらピザを頬張る。
「国庫輸送まで後どれくらいだっけ?」
「あと二週間」
そう。あと二週間で勝負が決まる。下地作りも大詰めを迎えていた。
「ミスリー。ノーブルマッチの方はどうだ?」
下地といえば、こちらのミスリー。最も敵に近いところにいるのが彼女だ。危険でもあり、有益でもある。
「ぇえ~? ハンドレッド自体はわりと好きよ。でも、うーん、まあまあって感じね」
「歯切れが悪いな。なにか問題があったか?」
「問題っていうかぁ、もうちょっとガツガツきてほしいのよね。足りないっていうか……」
「……なんの話だ?」
「え? ハンドレッドの『ピーー』の上手さでしょ?」
ワンスとファイブルは同時に「ぶふぉ」と噴き出した。
「ちげぇよ、馬鹿! そんな情報いらねぇよ!」
「想像しちゃったよ、俺……」
ファイブルは「おえ……」と気持ち悪そうにしていた。美味しそうに食べていたピザが、なんだか突然不味くなった感じ。
「え? じゃあ何が知りたいのよ。あ、『ピーー』とか? 好きな『ピーー』とか?」
「……もういいわ。ミスリーに任せる……」
「なによ、歯切れが悪いわねぇ」
「お前は歯切れが良すぎだ。まぁ順調ならそれでいい。十分に気をつけろよ?」
「はいはーい」
ミスリーの軽い返事に、ワンスは呆れたように頭を抱えた。そこでファイブルが「鍵屋の話をしよう!」と元気いっぱいに提案してくれたので、その案に全力で乗っかる。
「鍵屋の方はどうなった?」
ハンドレッドの棲家である『青い屋根の家に時折訪れる鍵屋』の調査依頼を、ファイブルにお願いしておいたのだ。
「調べがついたよ。ハンドレッドのお抱え鍵屋だった」
ファイブルが広げた資料を見ると、そこには人の良さそうな鍵屋の絵姿が。パラパラと資料をめくって確認する。
「鍵屋は、ハンドレッドが詐欺師とは知らないまま専属鍵屋をやっているみたい。副業で花屋に勤めてたぞ」
「花屋さん? なにそれ可愛い~」
「元々、実家が南の領地の花屋なんだって」
「それなら近寄り易いな。フォーリアと花でも買いに行くか。ありがと、ファイブル」
「どういたしまして~、まぁご祝儀と言うには安い情報だったかな?」
ご祝儀という言葉に、ワンスは珍しくピクリと肩が動いてしまった。表情は一切動かさなかったが、肩だけが僅かに動いた。彼らしくないミスだ。
勿論、それを見逃すファイブルではない。銀縁眼鏡をキラリと光らせ、とにかく楽しそうににんまり顔。「ひゅーひゅー!」とか中学生男子みたいなノリで攻めてくる。
「ご祝儀? ……え!? そういうこと? ホント!? きゃー、テンションあがってきたー! よっしゃー! ニルドざんねんでしたぁ、ざまぁ! ワンスよくやった、いえーい!!」
ミスリーは意味が分かったのだろう、一気にテンションMAX!! ニルドにざまぁを決めてやった! この様子だと、夜会のバルコニーでフォーリアにキスをしようとしていたこともバレているのでは……くわばらくわばら。愛が重い。
一方、ワンスは両手で顔を覆って、青い顔を隠しながら怖々とする。
「……俺はファイブルが怖い。お前だけは敵に回さないと、改めて心に刻んでおく」
「おめでと、ワンス♪」
「おめでと、フォーリア♪」
「お前らまじで黙れ」
そんなこんなで、正午すぎにはワンディング家へ戻った。玄関先で買い出し品を受け取り、その足で馬車乗り継ぎツアーを経て、隠れ家に戻ってきた。
扉を開ける前に、ワンスは少し思案する。
―― 怒ってるか泣いてるかどっちだろ~
はい、相変わらずの最低ぶりだ。フォーリアで遊ぶのが楽しくて仕方ないのだろうが、最低だ。
「フォーリア? 食材買ってきたぞ」
彼女の反応を楽しみにしていたが、声をかけても出てこない。
「フォーリア?」
家を見回すと、そこかしこが綺麗に掃除されている。手持ち無沙汰で掃除をしていたのだろう。
そのままベッドルームに行ってみると、フォーリアはベッドの上でスヤスヤと寝ていた。衣類は持ってきた荷物の中に入っているため、ワンスのシャツ一枚という姿。エロいというより、もはや神々しいというレベルで絵になる光景だった。
カーテンの隙間から入り込んだ光がフォーリアの白い肌とシャツに当たり、煩わしいほどに眩しく感じた。落とされた影とのコントラストが強くて、絵画や彫刻のような作り物に見えてしまう。
理不尽なことに、ワンスは少しだけ苛立った。その神々しい光景に異物として混ざり込む。太陽とフォーリアの間に割って入り、彼女に影を落とした。そのまま、そっとベッドに座って金色の髪を優しく撫でる。
彼女の目尻に涙の跡はなかったから、答えは『怒って一心不乱に掃除をして、疲れて寝てしまった』なのだろう。昨日は夜遅くまで、そして朝早くからアレだったから、寝てしまうのも無理はない。
横目で時計を見ると、時間ギリギリだ。この後のことを考えると、そろそろ家を出なければならない。スヤスヤと健やかな寝息を立てる彼女に、一つだけキスを落としてから家を出た。
仕事人間ワンスは、もう一度ワンディング家に戻って、今日やらなければならない仕事をフルスピードで片付ける。夕方には、ファイブルことファイザと落ち合い、紳士クラブに向かった。
あぁ、全くもって忙しい! しかし、最も重要であるハンドレッドの動向を探るために必要な忙しさだ。しかも、この日はハンドレッドからの呼び出しというシチュエーション。
ワンスは、久々にレッド・ハンドレッドの駒であるワングの顔になって、彼と対峙した。




