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52話 やばい、癖になるほど美味しい【隠れ家編】



 ワンスが風呂から上がると、フォーリアがサンドイッチを作ってくれていた。料理は一切しないワンスの隠れ家だ。かろうじて包丁が一本あるくらい。それなのにどうやって作ったんだ、と疑問に思うようなサンドイッチが並べられていた。


「あ、ワンス様~。お腹減りました? 食べましょ」


 男物のシャツから白く綺麗な脚をスルッと出したまま、ニコニコと微笑む()()()()()()フォーリアと、可愛いサンドイッチ。……あ、逆だ、間違えた。可愛いフォーリアと、美味しそうなサンドイッチ。そして、風呂上がりのサッパリほかほかのワンス。


 何だか……何だか、ねぇ? ワンスは、珍しいことに少し居たたまれなかった。


「ありがと。よくこんなの作れるな」

「たった一つの取り柄ですからね。いただきま~す」

「じゃあ、遠慮なく。いただきます」


 ぱくぱく。もぐもぐ。ごっくん。


「うまっ! いやいやいや、おかしいだろ。めっちゃくちゃ美味いな! この材料でどうやったんだよ、なんだこれ」

「あ、良かったです~」

「うーん、お前を料理人にして店でも開くかな……儲かりそう」

「また仕事のこと考えてますね、ふふふ」

「やばい、癖になるほど美味しい」


 そんな風に二人であーだこーだ話ながら美味しい料理を食べていると、先程までハンドレッドと対峙していたことも、なんだか現実味がなくなってくる。しかし、あれはまぎれもない現実。二人は食べ終わった皿を片付けて、リビングのソファで紅茶を飲みながら話をした。


「しばらくの間、フォーリアはハンドレッドの前に出さないことにした」

「……と、いいますと?」

「フォーリアはしばらく待機ってこと」

「え!! クビですか!」

「クビじゃなくて、待機な」

「待機。なんだか分かりませんが、クビではないなら良いです! ワンス様の言うことを聞きます」

「そうしてくれ。ハンドレッドの目が、まじでやばかったからな。あれは久々に焦った」

「ひえ、そんなにですか。ゾワリとしました……」


 フォーリアは鳥肌が立ったのだろう。両腕をさするようにして怖々としていた。


「安全を確保したらフォースタ邸に戻すから」

「はい!」

「戻すは戻すが……。計画が終わるまで残り十五日。悪いけど、買い物もしないでずっと家にいて欲しい」

「それは大丈夫ですけど。食事はどうしましょう?」

「そこらへんは俺が何とかするから安心して」

「はい、よろしくお願いします」


 ニコッと微笑んで了承するフォーリアに、少しだけ呆れる。なんでも言うことを聞き過ぎだ。


「まあ、そんなとこかな。今日は疲れただろ、もう寝ろ」

「はい、……いえいえ、待ってください。この家、ベッドが一つでした」

「あぁ、フォーリアが使え。俺は仕事するし、寝たとしてもソファでいい」

「え!? 家主の方を放り出してスヤスヤぬくぬくなんて出来ません! ワンス様がベッドを使ってください」

「出た。この不毛なやり取り、お約束だよな」


 ワンスは『ふむ』と思案するようにしてから、フォーリアを足の先から頭のてっぺんまでスイーッと眺めた。そして『あ、いいこと思いついた!』みたいな顔でニヤリと笑う。とてもとても意地悪な……いや、もはや極悪な笑顔だった。


「いや、風邪を引いたら大変だ。フォーリアがベッドを使ってくれ」

「ダメです! ワンス様が使ってください!」

「いやいや、フォーリアが使ってくれ」

「ワンス様が使って!」

「フォーリアが使えって」


 フォーリアは思い通りにいかない歯痒さを感じてしまったのだろう、有りがちなその言葉を言ってしまった。


「もー!! そんなに言うなら二人で使いましょう! 一緒に寝ましょう!」

「ナンダッテ!? よし、そうしよう」


 フォーリアの『二人でベッドイン』発言を聞くや否や、ワンスは彼女の手を引いて、まさに引きずるようにベッドに連れて行った。ドサッと押し倒せば、わずかか数十秒で男女がベッドイン。彼女を組み敷いて、やたらいい笑顔でニコリと笑った。


「あの、ワンス様……?」

「お前さぁ、俺からは絶対手出されないって思ってんだろ?」

「え!! ぎくり!」


 図星だった。フォーリアは、彼が全く(なび)かないことから、こんな状況で二人きりだったとしても、まさか艶やかな何かが起こるなんてことはないと、なんとなーくふんわりと根拠もなく思っていた。


 だからこそ、先日のキスもフォーリアから積極的に攻めたし、ドレスを脱がすことを了承したのも、こんなシャツ一枚でウロウロするのも、全てそういうわけだ。フォーリアの考えなしの無防備というより、これまでのワンスが築き上げた『仕事人間・鉄壁草食男子』に対する全幅の信頼であった。


「やっぱりな。騙されてやんの、ばーか」


 こうやって小馬鹿にするくせに、もっと深みに引きずり込むかのように、彼はキスをしてきた。


「ん……」


 二回目の濃いキスに、フォーリアの頭はすぐに沸点まで達する。ワンスの舌に攻められる度に、二人の熱が混ざり合って、高く、熱くなっていく。


「鼻で息するんだよ」


 苦しそうなフォーリアを見かねて、ワンスがクスリと笑いながら教えてくれる。でも、彼女は赤い顔をしながら「ふ……?」と声をこぼすので精一杯。意識の半分以上は天に召されていた。

 そんなのお構いなしに、ワンスは首筋から鎖骨にかけて、いくつもキスを落としてくる。


「いつもならスルーするところだけど、今日は無理」

「え……?」

「脱衣所から始まって八年前だの一目惚れだの、完全にお前が悪い。めちゃくちゃムラムラする、やばい」

「むら……? え?」


 気が付くと、フォーリアのシャツはボタンが全て外されていた。着替えはないからシャツ一枚しか着ていないのに。フォーリアは、それに気付いて「はっ!」と、一瞬で意識が戻る。


「脱がしやすくていいな」

「あ、あの! 待って、」

「脱衣所で押し倒されなかっただけ有り難いと思え。ほら……フォーリア、口あけて」

「え? ん……」


 そして、またキスが降ってくる。抵抗しようにも、抵抗の仕方も分からなかった。ワンスが好きで、好きな人からの熱いキスを拒むなんて、そんな複雑なことがフォーリアにできるはずもなかった。好きだからキスをする。簡単なことだった。


 濃紺の髪にどうしようもないほど溺れて、淡い黄色の瞳が深い底まで刺さった。彼の声でつま先まで痺れて、きゅっと結んだものは彼の唇でスルリと解かれる。


 そうして、ワンスのキスを受け止めれば、魔法にかけられたみたいに『好き』って言葉しか頭に浮かばなくなる。好きで好きで仕方がない。こんなに好きな人に出会えた。奇跡みたいな幸せに包まれて、ふわふわとひどく温かい。


 彼女が温かく感じたのは、きっと彼の熱のせいだ。だって、寝室の壁掛けランプのロクソクには、いつの間にか火が灯されていた。いつからだろうか。きっと、もうずっと前からロウソクには火がついていたはずだ。熱く、消えない、じりじりと焦がれるような火が。ずっとずっと前から。


 ワンスはフォーリアの耳に軽くキスをして、彼女の身体がビクッとなるのを何度か楽しんだ後に、耳元でそっと囁いた。


「やらせて?」 


 ……最高に最低な囁きであった。なんてこった。


「え、やら……? え?」

「俺のこと好き?」

「好き」

「してもいい?」

「あ……」

「処女もらうね?」

「……ん」


 返事とも取れない彼女の微妙な呟きを、ワンスは肯定と受け取った。最低である。どこまでいってもワンスはワンスだった。


 でも、その最低な男は、ものすごく甘い笑顔でフォーリアを見つめる。優しい指先で髪を撫で、大切そうに、壊れないように、宝物を扱うように、そっとキスをした。


「じゃあ、遠慮なく。いただきます」


 ぱくぱく。もぐもぐ。ごっくん。







「ん……?」


 カーテンの隙間から差し込む朝の光と、何やら髪をつんつんといじられているような感覚に、フォーリアはパチリと目を開けた。


「あ、おはよ」


 フォーリアの金色の髪をいじって遊んでいた彼は、朝の挨拶と共に笑いかけてくれた。

 目を開けた瞬間に夢のような現実を見せられて、フォーリアは『夢かしら?』と思った。現実であることを確かめるように彼を見つめると、答えるようにチュッと軽くキスを返してくれる。思わずほわんと溶けそうな、現実だった。


「ワンス様……あの、……あら?」


 しかし、そこであられもない自分の姿を確認してしまい、フォーリアは悲鳴を上げた。


「わー! きゃー! えー!」

「うるせぇな、落ち着けよ」

「……わたしっ!!」

「ん?」

「結婚前なのにっ!!」

「はぁ? そんなこと気にしてんの? 別にいいんじゃね?」


 キングオブサイテー。最低の王がここにいる。ワンスは心底どうでも良さそうに、何なら少し嫌そうな顔をして言い放った。


「ダメです! 婚前交渉をすると他の人とは結婚できなくなると、母から教わりました!」

「なにそれ? 俺以外のやつと結婚するってこと?」

「え? ワンス様以外と? ないです、ありえないです」

「じゃあ、何も問題ないじゃん」

「あ、本当だ。よかった~」


 ホッとしていると、彼はまたキスをしてくる。こんなに甘いキスが何回も貰えるなんて、もうドキドキが止まらなくて身体中に熱が集まってしまう。その熱を閉じ込めるように彼が覆いかぶさってきて、またキスが降ってくる。

 二人の視線が絡まって、空気がとろりと甘く溶けた。まるで口の中に放り込んだチョコレートみたいに、甘く甘く、溶けた。


「ワンス様……」


 フォーリアはワンスの瞳に、初めて確かな熱を感じ取った。大切そうに見つめてくれる視線には、愛とか恋とか、そういう類いの何かが刻まれているような、気がしないでもない気もした。気のせいではないはずだと思いたい。そう願いたい。


「あー、やばい」


 ワンスは一言そう呟いて、また唇を重ね、角度を変えてまたもう一回。そして見つめ合って、もう一回キスをする。


「ワンス様……」

「癖になりそう。もう一回してい?」

「は、はい~。いくらでも!」


 フォーリアはキスの事だと思っていた。

 キスのことじゃなかった。






 そんなこんなで、『いくらでも』と答えてしまったせいで、そんなこんなに!?なことになった。やっと起きた二人は、軽くお風呂に入ったり着替えをしたり、身なりをキチンとしてから朝食を取り、紅茶を飲んで一息ついた。


「俺はこれからハンドレッドの動きを確認してくる。昼に一度、食料とか衣類とか届けに帰ってくるけど、またすぐ出る。夜には帰ってくるけど、遅いからメシは……メシはー、あーどうしよ」

「ふふふ、簡単に作って置いておきますね」

「はい、オネガイシマス」

「はい、分かりました」

「フォーリアはここから出るなよ。庭もダメだからな。窓の外も見るな。むしろ窓にも近付くな」

「はい!」


 あれ? 幼児のお留守番かな?


「万が一、誰か訪ねてきたら隠れてやり過ごして」

「隠れる? バスタブとかでいいですか?」

「こっちきて」


 そう言うと、彼は本棚に手をかけて何やらグイッと引いた。難しくて重そうな本が並んでいたが、それは本棚っぽく飾られた扉であった。突然現れた秘密の小部屋の中を覗けば、一人掛けのソファとランタンが置いてある。


「狭いけど、いざというときはここに隠れること」

「わぁ! 秘密基地みたいです~」

「のん気なやつ……じゃあ出掛けてくる」


 ジャケットを羽織って準備を整える彼を見て、フォーリアはハッとしながら一歩近付いた。


「あの、ワンス様」

「なに?」

「あ、あの、帰ってきたら結婚の相談をしましょうね? きゃー! はずかしい!」


 テンションMAXでうるさいくらいにはしゃいでいるフォーリアを、ワンスは極上の冷ややかな目で見ていた。その瞳には、先ほどの恋とか愛とか、そういう類いのものは一切刻まれていない。あれ、おかしいな……さっきのは幻覚? 目をこすりこすり……。


 そして、彼は衝撃的なことを言い出した。


「俺、結婚するなんて言ってねぇけど」

「え!? 嘘!」

「本当本当、一言もいってない」


 本当だ。確かに一言も言ってはいない。結婚どころか、好きという告白めいた事すら言っていない。最低だ! 卑怯者め!


「でも! さっき、俺以外と結婚するのかって聞かれました!」

「うん、聞いただけ」

「聞いただけ……はぁ、なるほど? え? えー!?」


 なんてこった! 騙された! これにはフォーリアも口を開けて驚いた! 処女を失った今、ワンス以外と結婚はできないし、ワンスとも結婚ができないし、行き遅れ貧乏令嬢まっしぐらではないか。


 しかし、フォーリアはめげない女であった。ワンス耐性がついていると言ってもいいだろう。処女だろうがなかろうが、ワンスの言うとおり彼以外と結婚することなど考えられない。押して押して押しまくるしかない!


 フォーリアは勢いよくワンスに詰め寄って、腕を絡めてみせた。絶対に逃がすものかと、絡める力を強くする。


「ワンス様、結婚してください!」

「ぇえ~? どうしよっかなぁ」


 一方、ワンスはニヤニヤとしながら、それはそれは楽しそうに彼女を見て笑っていた。大変最低でよろしい。フォーリアは、もう半ば涙目になりながらも懇願する。


「結婚してください!」

「こ・と・わ・る」


 そう強く断りながら、甘い笑顔でフォーリアの髪を撫で、愛おしそうにチュッとキスをしてくる。そんなキス一つで必死に絡めていた腕は緩まってしまい、彼は「いってきまーす」と出て行ってしまった。


「そ、そんなぁ~!」


 さすが詐欺師。怖い男である。

 もしかして……これって有名な『結婚詐欺』なのでは。





 

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マシュマロ

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― 新着の感想 ―
[一言] どこまでいってもワンスはワンスで、なんだか安心するという謎の現象が起きています…笑 普段はそんな素振りを一切出さないのに、必要ではないのにキスしたり、妙な独占欲を見せたり…チラチラ色恋めいた…
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