50話 脱衣所の攻防戦で抉られる【隠れ家編】
可愛らしい外観の小さな家の中。ぼんやりとロウソクが灯った脱衣所。そこに、二人の男女が並んで立っていた。
ワンスはフォーリアの後ろに立ち、背中が大きく開いたドレスを眺める。そして、彼女の首の付け根にそっと手を添えて、それをスーッと這わせて腰まで下げる。白く綺麗な背中の上を、ワンスの染まった手が滑り落ちる様は……何とも言えない背徳感が漂っていた。
「ひゃ! くすぐったいです」
「んー? そう?」
「何してるんです?」
「上書き保存かな」
「はい?」
「あ、そうだった。顔見せて」
ワンスは後ろに立ったまま、覗き込むようにしてフォーリアの顔を見る。彼女の顎に手を添えて唇をじっと見つめた。
「あ、あの……?」
「こっちは上書きはしなくて大丈夫だな」
「はい?」
「またゴシゴシ擦ると面倒だからな、品質管理だ。じゃあ脱がすから前向いてろ」
「は、はい! 目を瞑ってくださいね?」
念を押しするように言ってから、彼女はギュッと目を閉じていた。何故、彼女が目を瞑るのか。相変わらずの謎すぎる行動に、それを見ていたワンスは『とんだ馬鹿がいる……』という驚きで、うっかりと目を見開いてしまった。
そのままホルターネックの留め具を丁寧に一つずつ外していくと、滑り落ちるように首元が緩まる。背中が大きく開いているドレスの為、勿論コルセットもしていない。フォーリアは「きゃ」と小さな声を上げて、ずり落ちる胸元を手で押さえていた。
「あ、髪を解くの忘れてたな」
フォーリアの柔らかい髪に手を掛けて、髪飾りや髪止めのピンを器用に取り除いていく。ワンスが髪を触るたびに、彼女は「ふふ」と小さく笑う。
「なに笑ってんだよ」
「なんかくすぐったくて、ふふ。ワンス様って手先も器用ですね」
「大体のことは器用に出来る」
そうしてピンを外していくと、髪は完全に解かれて背中を隠すようにパサリと広がった。ワンスは、指を通すように数回撫でて、彼女の美しい金色の髪を整える。
「ありがとうございます」
「次は腰の紐を緩めるからな」
長い髪が邪魔だったから、彼女のこめかみから耳の裏側まで、指を通して髪を一つにまとめ、それを片方に寄せて胸側にそっと垂らした。
ワンスの手が彼女の耳に触れたとき、フォーリアは小さく「ん」と言いながらビクッとしていた。彼女の髪をオレンジ色に照らしていたロウソクが、少し揺らめく。
もう一度、ワンスは白く柔らかい背中を撫でる。スルリと音がしそうな程に抵抗のない肌だ。
「ひゃん! くすぐったいですー!」
「我慢しろ」
「目、瞑ってます?」
「ほら、紐解くぞ。引っ張るからな?」
腰に結ばれていたリボンをスルリと解く。編み込まれた紐をグイッと引っ張っては少しずつ解いていき、フォーリアの腰回りを解放させる。
ここまでくれば後は一人で脱げるはずだ。それがフォーリアにもわかったのだろう。お馬鹿な彼女は、ふーっと息を吐いて「ありがとうございます!」と、姿勢良くお辞儀をした。
バサッ。
その瞬間。何の支えも縛りも無くなった重いドレスが、やたら大きな音を立てて床に落ちた。全て、するんと、一気に落ちた。二人の耳を劈くような大きな音だった。
勿論のことだが、その衝撃でロウソクの火は大きく大きく、ゆらゆらと揺れる。これまでで一番のビックウェーブがロクソクの火を襲った。
ところで、ドレスは下半身の方がだいぶ重い。今回は有事に備えて、動きやすさを重視。パニエや胸当ても全てドレス側に縫い付けてあった。フォーリアのうっかりさんが手を放したものだから、スルリと落ちちゃった……いや、そんなことはどうでもいい。本当どうしてこうなった。
「~~~っ!?」
フォーリアは固まった。石のように立ったまま固まったし、思考も止まっていた。一瞬、薄く目を開いて自分の姿を見下ろすと、あられもなさすぎて……。現実が恐ろしくなって、またギュッと目を瞑ってみた。
この世で、この小さな家の脱衣所の時間だけがピタリと止まったようだった。
下着は履いているものの、それ以外は完全なるノーガードだ。ワンスが目を閉じてくれているから良かったものの、フォーリアはこの後どうしていいか分からなかった。恥ずかしさで身体中が熱く赤くなるのだけが分かった。顔を通り越して、うなじから背中までフォーリアの全てが朱色に染まる。
元々閉じていた目をぎゅっと瞑り直して、どうしようどうしようとオロオロするまま、一分ほど経っただろうか。かろうじて動く口から抑揚のない声で、「ヌゲマシタ」と謎の報告をしてみた。後ろからは、なにも返事がなかった。
ロウソクの熱がじりじりと音を立てる。静かな家で、二人きり。さらに、一分ほど経っただろうか。
「そう。じゃあごゆっくり」
そう言って、ワンスは脱衣所から出て行った。脱衣所の扉がバタンと閉まった瞬間、フォーリアは魔法が解けたみたいに突然動けるようになる。
でも、でも、でも!! 一人になって思い返すと恥ずかしさが込み上げてきて、何とも言えない感情が溢れ出す。恥のビックウェーブが押し寄せたのだ。両手で顔を覆ってその場でへたり込んで、声にならない声で『わーーーん!』と叫んだ。人生最大のうっかりフォーリアであった。
ロクソクだって、消すのは大変だったりするんだけどね。




