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48話 だって、嫉妬という感情を持つに値しないから【夜会編】



 ―― あれはあのときの女? なぜニルヴァンと踊っている? どういう繋がりだ? あのとき夜道を歩いて……まさかそこでニルヴァンと繋がりを持ったのか。貴族でもなさそうだったのに、普通の女がこんなところまで入り込むか? ……国庫輸送の配置換えをワングに打診してきた件もあるし、ニルヴァンは何かしら本当に悪事を働いているのか? 何を狙っている? ニルヴァンと繋がりのあるワングとファイザも罠か? いや、しかしワングが出してきた国庫輸送の資料、あれは本物の情報だと判断できる逸材だった。ニルヴァンは何をしようとしている?



 一言一句違わぬ精度で心の内を読まれていることなど露知らず。レッド・ハンドレッドは食い入るようにフォーリアを見た。


 ファーストダンスが終わると、ニルドと美女はオーランド侯爵に近付いていく。挨拶をするのだろう。この日一番の注目株だ。オーランド侯爵も、にこやかに迎えていた。


 ハンドレッドは、その様子も観察する。当初の予定では上手いことオーランド侯爵に近しい人物に取り入って、国庫輸送のルートがそのまま承認されたのか情報を得たかったが、もうそれどころではない。それよりも、あの謎の美女だ。


 ―― 挨拶がやたら長いな


 騎士団を管轄しているオーランド侯爵とニルド・ニルヴァンは、言わば社長と平社員のような間柄だ。そこまで長く話すことがあるだろうか。

 そして、あの謎の美女。やたらオーランド侯爵と距離が近い。いや、オーランド侯爵から距離を詰めている。異常なほどに距離が近い!! めちゃくちゃ親密そうだ!


 ―― まさかオーランド侯爵も手中に……?


 もう一つ、重要な情報をハンドレッドは握っていた。王都で一番珈琲が美味しいカフェで見た、ダッグ・ダグラスと美女の連れ添う光景だ。

 補足をすれば、カフェでフォーリアが目撃されていることを、ワンスは把握していない。


 ―― ダグラス侯爵家、オーランド侯爵家、国庫輸送の配置をワングと交代したニルド・ニルヴァン……すべてあの女が絡んでいる……まさか!!


 レッド・ハンドレッドは、一つの結論に至った。


 ―― あの女、国庫輸送を狙う女詐欺師(ライバル)ということか!



 そう考えれば全て辻褄が合う。まさにハンドレッドが行っていることと、全く同じことをしているのだ。


 ハンドレッドはワングとファイザ。女詐欺師はニルド。彼ら騎士を駒にして、国庫輸送の情報を抜き取る。そして、ダグラス侯爵家とオーランド侯爵家からも情報を抜き取る。


 しかし、ハンドレッドが持っていないオーランド侯爵との繋がりを、美女は持っている様子だった。ワングとファイザより、ニルドの方が駒としては強い。この決定的な差異。プライドが許さなかった。


 その瞬間、ハンドレッドの瞳が赤黒く光った。これは憎悪の色だ。


 ―― あの女、国庫輸送を盗るつもりか


 彼は誇り高き詐欺師だ。自分の獲物を害されることを極端に嫌う。このとき、謎の美女……いや、女詐欺師を敵として認識した。


 ―― 詐欺師 VS 詐欺師、というわけか


 負ける気はしない。新星の詐欺師だなんて言われてはいるが、それでも血の滲むような思いをしてここまで上り詰めてきたのだ。ハンドレッドが持っていない『美貌』だけでのし上がろうとする女詐欺師が、鼻について仕方がなかった。


 ―― 絶対に、渡さない


 レッド・ハンドレッドは、より一層貪欲になった。絶対、絶対、国庫輸送を詐取してみせると。


 男は競う生き物だ。好敵手が現れ、自分の物だと認識しているものに手を出された瞬間、初めて本気になる。最高のスパイス、嫉妬と呼ばれるものだ。


 謎の女詐欺師という好敵手の出現により、彼は強く嫉妬した。心の中にグツグツとマグマが噴き出して、黒い塊になってこびり付く。


 まるで深く恋をするように、一途に国庫輸送を欲したのだ。



◇◇◇



 一方、庭先で見ていたワンスは、柄にもなく背筋を凍らせていた。ハンドレッドの目が赤黒く光ったとき、思わずゾッとしてしまったのだ。


 ―― 欲深い目だな


 ハンドレッドの深淵を覗いたのだろう。彼はまぎれもなく、同じ犯罪者なのだと。こんな離れた場所で、窓ごしで分かるほどに、彼は犯罪者(同じ)であった。


 そして瞬時に決めた。この夜会を最後に、しばらく……いや、最終段階まで、フォーリアをハンドレッドの前に出さない、と。これ以上、奴の前に彼女をさらけ出すのは危険だと、奴の欲深い赤目から感じ取った。 



 ようやくオーランド侯爵との挨拶を終えたニルドとフォーリアは、一階バルコニーに向かっているようだった。ワンスは取りあえず任務完了だな……と少し安心をしたが、そんな安心は一瞬で吹き飛ぶ。


 なんと、ハンドレッドが二人を追うようにバルコニーに向かう素振りを見せたのだ。その顔は、今にも噛みつきそうな狼のようだった。ここで直接対決に持ち込もうと、女詐欺師であるフォーリアに犯罪者の刃を向けたのだ。


 ―― うっわ、やば!


 もちろん、フォーリアを女詐欺師だと思わせるのは作戦のうちだった。しかし、ワンスは読み違えていた。ハンドレッドの危険性を、奴の凶暴性を。


 瞬間、ワンスは走った。



◇◇◇



 そして、もう一方。


 オーランド侯爵とのやたら長い挨拶を終えた二人は、少し涼もうと、飲み物片手にバルコニーから外に出る。レッド・ハンドレッドの苛烈さなど知らずに、任務を終えたことで安堵する。二人でお互いを(ねぎら)おうとしていた。


「任務完了のご褒美、乾杯」

「乾杯、おつかれさま~」

「向こうから色々と話し掛けてくれて助かったな」 「本当ね、良かったぁ」


 ―― フォーリアの胸、めちゃくちゃ見てたけどな……


 オーランド侯爵がやたらめったらフォーリアとの距離を詰めていたのは、離れていると全く見えないのに、近付くとよく見えるというワンス考案の秀逸なレースに包まれた肢体を凝視していたからだった。

 ちなみにオーランド侯爵はノーブルマッチの会員(好色オヤジ)である。ワンスは、それを知っているので、胸を出したり隠したりしたのだ。作戦成功。


「これで侯爵家の人とダンスしなくても大丈夫よね?」

「あぁ、ワンスも文句ないだろう」

 

 そんなニルドも負けず劣らず、(よこしま)なことを考えていた。男の夢を乗せたフォーリア号は、男の邪ホイホイであった。


 こんな暗がり、バルコニーには誰もいない。そしてワンスもミスリーもいない。こんな機会はもう二度と訪れないだろう。最後に八年間の片思いの弔いの為に、少しくらい、キスくらいしてもいいんじゃないかなって。濃いリップが取れたって、八年間のシミみたいな恋心を取るためには仕方ないよねって。そんなことをニルドは考えていた。


 先日、フォーリアに告白する気はないなんてミスリーに豪語していた癖に、告白はせずともキスはするということか! 大変よろしいクズだ。大いに励め。


「フォーリア」

「なに?」


 ニルドはフォーリアの頬に右手を添える。左手は彼女の背中に添えて、生肌の感触を楽しむように滑らせ、腰まで下げる。そしてグッと身体を近付けた。


 最後だと思ったら、今まで出来なかった本来のニルド・ニルヴァンのスキル(女たらし)が冴え渡る。

 彼をそうさせたのは、間違いなく嫉妬心だ。長年想ってきた相手を、ぽっと出の男に盗られるだろう未来を想うだけで度胸が生まれる。嫉妬という、最強にして最悪のスパイスだ。


 フォーリアは、きょとんとした顔をしている。驚くほど隙だらけだった。


 ―― 八年間、頑張った俺にご褒美。乾杯……


 心の中でちょっとミスリーが過ったが、これは弔いだ。仕方ないと思ったところで。


 ガサガサガサ!


「おい! ニルヴァン! ……あ……悪りぃ」


 急いで走ってきたワンスに邪魔をされてしまった……。さすがのワンスも若干気まずそうだったが、それどころではない。


「って、そうじゃない! それは後にしろ。ハンドレッドがこっちに来る! まじでやばい」

「は!?」

「早くグラス寄越せ」


 バルコニーは地面よりも少し高い位置にあった。ワンスはバルコニーに足をかけて上がり、欄干(らんかん)に置いてあった二人のグラスを草の茂みにポイッと捨てる。オーランド侯爵家の皆様すみません。


「ニルヴァン、フォーリアを持ち上げろ。俺が受け取る。柵を越えて逃げるぞ!」

「了解」

「え? え?」


 さすがの騎士。ニルドは緊急事態だと判断し、キスを邪魔されたことは捨て置いて、無駄な動き一つなくフォーリアを持ち上げてワンスに渡す。


「フォーリア、このまま走るぞ。捕まってろ」

「は、はい!」

「ニルヴァン、こっちだ」


 ニルドはサッと柵を越えて、音もなく地面に着地する。さすがのワンスとニルド。この短時間で、三人は跡形もなくバルコニーから消えてみせた。


 そして、オーランド邸の角を曲がって陰に隠れた瞬間に、バルコニーの出入り口からハンドレッドが顔を出す。その瞳は鋭く、怒りという熱が込められていた。赤黒い目でバルコニーを見回して、少し首を傾げて会場に戻っていった。


「うわ、あっぶねぇ……」

「接触してくるとは思わなかったな」

「お前らはこのままニルヴァン家の馬車で急いでニルヴァン邸に帰れ。俺は馬で駆けて先に行く。ニルヴァン邸の裏に、他の馬車を用意しておくから、馬車を乗り換えてフォースタ邸に連れて帰る」

「了解」

「こっちから外に出られる。見つかる前に行くぞ」


 魔法使いの介入によって、突然消えた王子様とお姫様の二人。会場でダンスの順番待ちをしていた人間は、さぞかし残念だったことだろう。


 こうして、三人は闇夜にまぎれて慌ただしく去ったのだった。

 


 





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マシュマロ

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