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47話 出すのも隠すのも、その中身が一番大事【夜会編】




「……生きてて、良かった」


 フォーリアのドレス姿を見たニルドは、天を仰いで感謝を述べた。

 一方、ワンスはフォーリアの周りをクルリと一周して、細部まで入念にチェックをしてから満足そうに頷く。


「うん、さすが俺。完璧だな!」


 そう、とうとうオーランド侯爵主催の夜会当日。フォーリアは初の夜会ドレスに身を包み、これから任務があるというのにも関わらず嬉しそうに笑っていた。


「わ~、なんだか自分ではないみたいです~。ありがとうございます!」

「ワンスの指示通り、お化粧は薄目で()()()()()()()にしたけどいい感じ~♪ フォーリア、すっごく可愛い!」

「ミスリーありがとうね! 一人じゃ出来なかったよ~」

「え? 化粧の指示までワンスが? 気持ち悪いやつだな……」

「うるせぇよ、ニルヴァン。これも全部作戦なんだって。まぁ、そのうち分かるよ」


 意地悪そうな笑みと視線を向けられ、ニルドは薄ら寒い心地がした。

 



 フォーリアの初の夜会ドレス。テーマは怪しげな雰囲気で男を虜にする悪い女、であった。デザイン、素材選び、全てドレス工房オーナーであるワンスの手が入れられた一品だ。


 髪色が明るいフォーリアに合わせて上半身は薄い紫色にし、裾にいくに連れて濃い紫色になっていくグラデーションのドレス。

 胸元は大胆に開けつつも、首元から胸元(谷間)までをシルバーのレースで隠すことで、見えそうで見えないが近付くとよーく見える。男心をくすぐる絶妙な透け具合だ。

 胸元を隠す代わりに背中はざっくりと開いていて、ダンスを踊った男性のみが白く滑らかな肌を楽しめるという特典付き。


 女子二人は和気あいあいとドレスのここが素敵ね!なんて可愛い話をしている一方で、男子三人は違った。出すだの出さないだの、可愛くもない話をしていた。


「胸を出すか隠すか迷ったけど『出して隠す』にしてみた。美味しいとこ取りだ。逆に背中は惜しげもなく出す。我ながら最適解だったな、いい仕事した~!」

「へぇ、出して正解です。そして隠して大正解。至高の領域ですね、へえ」

「ワンス、お前は天才だ。出して隠して出してくれてありがとう」


 出したり隠したり大忙し。男共の夢を乗せたフォーリア号が完成し、満場一致で出航の狼煙が上げられた。ニルドに至っては力強い握手で感謝の意を示す。握力が強すぎたようで、ワンスは痛そうにしていた。


「というか、なんでワンスも正装を着ているんだ?」 

「ワンス様、素敵です! 格好良いです!」


 なんと、夜会には出ないと言っていたワンスも正装を着ていた。こうやって着飾ってみると、三六〇度どこから見ても伯爵家令息にしか見えないなと、ニルドは内心で驚く。

 騎士団の制服を着れば騎士に見え、ラフな格好で街を歩けば平民に、紳士クラブに行けば賭け好き酒好きの下級貴族に、そして正装を着ると上級貴族に様変わり。フォーリアがワンスを魔法使いと呼ぶのも納得した。


「本当はハンドレッドに見つかると面倒だから欠席予定だったんだけどさ、お前らに度胸がなさすぎるから、庭先から監視することにした。会場には入らないつもりだから、何かトラブルがあったら庭に出てこいよ?」

「ワンス様~!!」


 フォーリアも心細かったのだろう。『庭先からお前らの動向を監視する』と物騒なことを言われているのに、手放しで喜んだ。それを見たワンスは、また不安そうに頭を抱えていた。


「さて、ハンドレッドもオーランド侯爵に近付くために偽造招待状で夜会に来るはずだ」

「わ~、緊張しますね」

「復習だ。今日のフォーリアの設定は?」


 普段ぼんやりとしている目をキッとつり上げ、フォーリアは挙手をする。


「はい! ニルドの親戚で、たまたま領地から王都に出てきたので初の夜会を楽しんでいます。名前はフォーラ・ニルヴァンです」

「フォーリア……お前、よく覚えたな! ちょっと感動した。成長したな」

「毎日呪文のように唱えて死ぬ気で覚えました! ありがとうございます」


 まるで幼児と父親のようなやり取りだ。


「ニルヴァン。フォーリアは、これ以上の情報を覚えられない。脳みそが破裂する。あとはアドリブで頼んだぞ」

「お、おう……。分かった、任せろ」


 ニルドはワンスと目を合わせて、深く頷いた。脳みそが破裂したら大変だからだ。


「ニルヴァンとフォーリアは、練習した通りにオーランド侯爵に長めに挨拶をしてほしい」

「了解」

「了解です!」


「もし、挨拶が長めにできなかった場合は、フォーリアがオーランド侯爵令息を落とすか、ニルヴァンがオーランド侯爵令嬢を落とすか、どっちかでカバーしてくれ。落とすって言っても、そうだな……ダンスを二回連続で踊るくらいでいいだろ」


「え!?」


 ニルドは困惑した。横を見るとフォーリアも驚いている様子。寝耳に水だったのだろう。


「俺たちに侯爵家の人間を落とせと?」

「お前らの容姿なら楽勝楽勝! 自信持っていってこい」

「……俺、胃が痛くなってきた」

「私も、胃が……」

「ったく、度胸のねぇやつらだな。最悪は俺が何とかするから、失敗したらすぐ帰ってこい。大丈夫だから」

「何とかって何をするんですか?」


 フォーリアが恐る恐ると言った様子で聞くと、ワンスは不敵な笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。逆に怖い!





 そうして訪れたオーランド侯爵家。夜会の会場に入った瞬間に、出席者全員がニルドとフォーリアを食い入るように見てくる。


 まずはニルド・ニルヴァン。絵本に出てくる王子様的容姿に、第一騎士団という立場。元々、社交界でも有名人だった。どの会場であっても、ニルドが入場するときは女性方からのどよめきが聞こえるのが常だ。


 そして、今夜はそんな社交界の王子様ニルドの隣に、見たこともない美しいお姫様が寄り添っているではないか。フォーラ・ニルヴァン。入場した瞬間に、今夜の主役だと皆が認めるほどの美貌であった。突然現れた謎の美女に、会場中の男共がどよめく。


 注目を集める美しき二人に、きっとハンドレッドも食い付くことだろう。



◇◇◇



 どよめき声は会場の外まで聞こえていた。


 先入りしてオーランド侯爵の庭にいたワンスは、四阿(あずまや)で一心不乱に仕事をしながらも、その声を聞く。『お、二人とも会場入りしたか』と、すぐに分かるほどだった。こんなところでも仕事をするなんて、ワーカホリックの鏡!


 ワンスは仕事道具を片付けて窓の外に張り付いた。監視の仕事をしないとならないのだ。

 会場の様子を見て、フォーリアの出来映えに満足して小さく短い拍手を送る。キラキラと輝くシャンデリアは、彼女によく似合う。


 月明かりだけが灯る、濃紺色の空の下。彼女がいる眩しい会場を、夜の闇からじっと見た。



◇◇◇



 そんな視線は露知らず、金ピカコンビは観衆の大注目の中を歩いた。


「フォーラ、大丈夫か?」

「ニルド……。もう緊張で心臓が破裂しそうですわ。なんでこんなに皆見てくるのかしら? 怖いですわ!」

「大丈夫だ。落ち着いて。フォーラがとても綺麗で可愛いから、見とれているだけだよ」


 フォーリアにニコリと微笑むと、少し安心したのだろう。ニコリと返してくれた。


 ―― あー!! 可愛い!! 死ぬほど可愛い! やばい。めっちゃ好き。そして、上からの眺めがいい! (たぎ)る! ワンスは神!


 安定のニルドであった。思い出してほしい。こんなことを考えながらも、ミスリーと一夜を共にしているという事実を。大変よろしいクズっぷり。


 そんなニルドも仕事はちゃんとこなす。会場を一瞥(いちべつ)したが、まだハンドレッドは見当たらなかった。偽造招待状で会場入りするのであれば、ダンスが始まって会場が盛り上がったところで現れるはず。ワンスからは、そう聞かされていた。


「フォーラ、俺たちはやつが現れたらオーランド侯爵に挨拶にいくからな」

「了解ですわ」


 そこで、オーランド侯爵の来場者への挨拶と謝辞があり、ファーストダンスが始まった。


「フォーラ、私と踊って頂けますか?」

ええ、喜んで(練習の成果をいざ!)


 フォーリアの体育会系よろしく血走った目に、甘美な色など一つも浮かんでいなかった。ニルドは現実という名のフォーリアからそっと目を背ける。()幻想(背中)だけを見ていようと決めた。



 二人がダンスホールに立つと、不思議と周りに空間が出来る。誰だって、こんな二人の横で踊りたくはないのだろう。


 ファーストダンスに相応しい、華やかで軽快な曲が流れ、二人は息をピタリと合わせて踊った。さすが八年の付き合いだ。フォーリアがミスをしてもニルドがカバーをするし、フォーリアが美しく見えるようにニルドのリードは冴えまくっていた。要するに、ニルドは頑張った。


 ―― 背中が! 背中の感触やばい。めっちゃスベスベ……このまま下までずっとスベスベなのかな……下までどこまで……あー想像してしまう!


 色んな意味で頑張っていた。このダンス特典。ワンスの思惑通り。


 ニルドがチラリとフォーリアの顔を見ると、ニコッと笑って返してくれる。


 ―― あー、キスしたくなる距離じゃん……後で暗がりに連れ込んで……。いやでもなぁ、()()()()()()()()から、崩れたらすぐに()()()よなぁ。我慢だ……


 はい。というわけ(作戦)だ。



◇◇◇



 さて、そんな様子を窓の外で見ていたワンスは、やっぱり仕事人間だった。会場に現れたハンドレッドを見つけると、想定通り、彼は訝しげにフォーリアを見ていた。


「お~♪ あの表情! さすがに、あのときの女だって気付かれたか」


 ワンスとハンドレッドのファーストコンタクトのとき、ハンドレッドが鞄を盗難される直前に現れた美女。あれは勿論フォーリアなわけで、こんな夜会に同じ女が現れ、ニルド・ニルヴァンと仲睦まじく踊っている。『これは何やら怪しい』とハンドレッドが思っても仕方がないことだ。


 ワンスはハンドレッドの心の内を読んでいた。きっと彼はこう思っているに違いない。


「あれはあのときの女? なぜニルヴァンと踊っている? どういう繋がりだ? あのとき夜道を歩いて……まさかそこでニルヴァンと繋がりを持ったのか。貴族でもなさそうだったのに、普通の女がこんなところまで入り込むか? ……国庫輸送の配置換えをワングに打診してきた件もあるし、ニルヴァンは何かしら本当に悪事を働いているのか? 何を狙っている? ニルヴァンと繋がりのあるワングとファイザも罠か? いや、しかしワングが出してきた国庫輸送の資料、あれは本物の情報だと判断できる逸材だった。ニルヴァンは何をしようとしている? ……って感じかなぁ」


 ワンスは窓の影からアテレコをして楽しんだ。シャンデリアに照らされた淡い黄色の瞳は、金色のように輝いて見えた。







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