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46話 どストレートな男心だったわけで



 その日、レッド・ハンドレッドは、かなりご機嫌だった。これから二つもゴキゲンな予定があるからだ。一つは国庫輸送の資料をゲットする予定、もう一つはノーブルマッチの予定だ。


 その前に、一仕事。密談するのに相応しい人気(ひとけ)のない暗い路地裏で、仲間の男と会う。


「ご機嫌ですね、レッド」

「あぁ、今日は良いことがあるんだ」


 気の置けない仲間なのか金で雇われた関係なのか。どちらにせよ、仲間の男はハンドレッドに付き従っている様子だ。


「例の件、手配はどうなっている?」

「滞りなく。騎士団の制服や馬車等、すべて揃えてあります」

「人員は?」

「滞りなく」


 男の答えに満足して、ハンドレッドは軽く笑って頷いた。


「ですが、肝心の輸送ルートやチェックポイントの情報がそろそろ欲しいところですね」


 国庫輸送では、定められたルートだけでなく、そのルートを正しく通っているかをチェックする地点が決められている。チェックポイントでは馬の交換や馬車の交換、人員の交代などを行う。


 ハンドレッドは、そのチェックポイントの一つで、馬車ごと全てをすり替えるという大胆な計画を立てていた。


 これが上手くいけば、国を揺るがす大ニュースになるだろう。国中の詐欺師や犯罪者からの賞賛、国民や国の中枢にいる阿呆共の驚愕と阿鼻叫喚。それをつまみに飲むワインの美味さを想像すると、こんな薄暗い路地裏にいる今でさえ、酔いしれそうになる。


「上手くいけば、今日のうちに情報が手に入る」

「伝手ができたのですか?」


 男の問いに、ハンドレッドは煙草の煙をふーっと吐いてから「さあね」と答えた。


 当たり前のことだが、ハンドレッドはワングとファイザの二人をまだ信用してはいなかった。ニルド・ニルヴァンとの関係から騎士であることは疑ってはいない。しかし、国庫輸送の資料を持ってきたとして、それが本物かどうか。


「まぁ、最悪は騎士団本部に潜入するしかないな」

「いくら何でもそれは……」


 男は苦笑いで(なだ)めてきたが、彼は度胸の詐欺師。騎士団本部に潜り込むことも想定はしているのだ。


「明日、連絡する」


 ハンドレッドは路地裏を出て、日が陰る夕暮れ時の大通りを歩いた。夕焼けの光を浴びると、赤黒い瞳は真っ赤に染まって見える。富も賞賛も全てを欲する、深い目だった。




 夜はノーブルマッチの予定が入っているため、夕方にワングとファイザを呼び出しておいた。路地裏の会合を終え、その足で約束の店に向かう。早めの夕食だ。


「やあ、ワング。……ファイザは?」

「ファイザは来ない。こんなことに巻き込めないよ……」


 ワングは落ち着きのない表情で、そわそわとしていた。今まで、悪いことも大きな嘘も、一つとして経験がないのだろう。顔を真っ青にして、『悪いことをしていますー!』という雰囲気が全身から出ている。


 これは不味いなと、ハンドレッドは内心で焦った。こんな様子で騎士団本部をうろうろしていたのでは、いくら何でも同僚が気付くだろう。もしかしたら、もうすでに妙だと思われているかもしれない。


「ワング。資料を貰う前に一つだけ言っておきたい」

「……なに?」

「君はもしかして、悪いことをしていると思っていないかい?」

「思ってるよ! こんなこと……バレたらクビだ」


 ハンドレッドは痛ましそうにワングを見て、「それは違う」と否定した。


「忘れたのかい? これは調査のためだ。騎士団内部にいる悪人をあぶり出すための正当な行為だ」

「正当な行為……」

「そうだ。犯人を確保した後は、協力者の君に褒賞を与えることになっている。それに、誰とは言えないが騎士団内部にも協力者がいる。言わば、不正を許さず内部告発をする勇敢な騎士だ」

「本当に……? 悪いことじゃなくて、正義の行動なのか?」


 気持ちのいい笑顔で「ああ、もちろんだ」と言ってやると、ワングはあからさまにホッとした顔で微笑んだ。


「なんだ~、よかったぁ。もう本当にやばいことに手を出したんだと思って、生きた心地がしてなかったよ」

「ははは、それは悪いことをしたね。しかし、始めから調査協力って言ったはずだよ?」

「そうだったっけ? とりあえず良かった良かった! それなら心置きなく、資料どーぞー!」


 ワングは憑き物が落ちたように良い笑顔で資料を渡してきた。その人の善さに感動すら覚える。騙し易すぎて、もはや可愛いと感じる領域にワングはいた。


 早速、受け取った資料を見る。パラパラとページをめくると、目を見張るほどの資料だった。完璧だ。いや、むしろおかしい。こんな完璧な資料を、目の前にいる頭が足りていない男が用意できるはずもない。


 輸送日程や金額規模はダッグ・ダグラスから引き抜いた資料と一致していた。そうすると、この資料は本物であると判断できる。


「これはどこで手に入れた資料だい? ファイザがやってくれたのか?」

「え、なんで……?」

「完璧すぎる」


 ワングはギクっと肩を揺らしていた。視線をフラフラと右に左に動かして、貧乏ゆすりまではじめたではないか。隠し事が隠れていない!


「ナ、ナイショ~」

「ワング? 出所が分からない資料を、そう易々と信じることは出来ない」

「えー、どうしよ……誰にも言わないって誓える?」


 ワングは挙動不審にそわそわとしているが、こちらを騙そうとしているというより、秘密を暴露する罪悪感みたいなものが感じられた。


「誓うよ。ファイザにも?」

「内緒にしてほしい! あと詮索しないでほしい!」

「わかった」


 誰もいない個室にも関わらず、ワングはすっごーく小さい声で話し出す。


「実はさ、同じ第一騎士団にすげぇやつがいて」

「ふむ?」

「一瞬見ただけで、全部記憶できるんだ」

「全部? 全部とはどれくらいだ?」

「本当に全部なんだよ。一言一句、ぜーんぶ記憶できるんだ。絵みたいに、寸分の狂いもなく。何度か試しにやってもらったことがあるけど、間違えたことなんて一度もない」


 にわかに信じられなかった。そういう特殊能力を持つ人間がいるとは噂話に聞いたことはあるが、都市伝説みたいなものだと思っていたし、実際に会ったこともない。


「それで、その人物に協力してもらったと?」

「そう。ファイザに場所を教えてもらって、そいつに一瞬だけ見せて、後日ゆっくりと書き写してもらったのがコレ。だって考えてもみてよ、俺じゃあ書き写したって紙一枚が限界だよ……。やっぱりまずかったかな?」

「口止めは?」

「してあるに決まってんじゃん! そもそもに、そいつの特殊能力を知ってるのは俺だけだと思うし~」

「なぜ?」

「幼なじみなんだ。昔から変な能力だなーって思ってたけど、大人になって初めて異常さが分かったっていうか……。ほら、色々と利用するやつが出てくるだろ? だから、内緒にしてるんだ。詮索しないでやって! 頼む!」


 情報自体は本物だろう。実話だとすれば、その人物の能力は確かに魅力的だが、今回はこの情報で事足りる。詮索する必要はない。しかし。


「……どうして、その人物はワングを助けた? 幼なじみだからと言って、理由にはならないだろう。何か弱みを握っているのかな?」


 ワングは「ぇえ?」と言ってケラケラと笑い出す。底抜けに明るく気持ちの良い笑い方をされ、ハンドレッドは少しだけ面食らった。


「なにそれ! 弱み? まっさか~!」

「じゃあ何故だ?」

「えー? なんでだろ、頼んだらやってくれたんだよね。あー、でも前に助けたことがある!」

「恩人というやつか」

「獣退治で死にそうなところを助けたんだ~」


 ハンドレッド「なるほど、命の恩人か」と笑って返した。その笑顔の裏で確信する。この情報はどうやら本物に違いないと。


 これを使って国庫輸送を詐取した場合、流出先が問題となり、間違いなくワングは罪に問われる。そのとき、ワングさえ口を割らなければ、ファイザやその幼なじみとやらはどうにか逃れられるだろう。


 目の前でニコニコと笑って大口を開けて食べているワングが罪に問われると思うと、少しだけ良心が痛んだ。勿論、痛んだだけ。


 こうしてレッド・ハンドレッドは、国庫輸送の信用足る情報をゲットしたのだった。


「ワング。一旦は任務完了だ。あとはこちらで調査を続ける」

「やったー!! …いや、待って」

「なんだ?」

「大事なことを忘れてた」

「……なんだ?」

「今日はどっちの支払いだ!?」

「……」

 

 その天真爛漫さに頭が痛くなる。痛みを抑えようとこめかみに手をやってから、嫌々ながらもそのまま挙手をした。


「奢る」

「店員さーん! すみません、全部おかわりくださーい!」

「全部おかわり!?」

「気前いいよなー! レッド、ありがと。結婚しよ!?」

「断る」


 痛んだ良心を忘れるくらいの金額だった……。






 そしてその夜。ハンドレッドは初マッチをすることになっていた。


 以前からノーブルマッチに入会をしてみたかったが、なかなか入会承諾はされなかったのだ。それがファイザが本部に伝手があるということで、まさかのすんなりと入会が出来た。最大の副産物であった。


 勿論、ノーブルマッチに入会したのは、貴族とお近付きになって弱みを見つけるためなのだが、それ以外にも()()()()理由があった。簡単なことだ、普段楚々(そそ)として扇子の陰に口元を隠している彼女たちの素顔を暴いて汚して、玩具のように扱ってみたかったからだ。貴族への歪んだ憎悪のようなものが、ハンドレッドには存在していた。



 しかし、そんなレッド・ハンドレッドも、ただの男だった。


「こんばんは、ミリーです♪」

「あ、あぁ、レドだ……」


 ―― え、めっちゃくちゃ可愛いじゃないか……! こんな娘が相手!? いいの!?


 予想だにしない可愛らしい小悪魔系貴族令嬢の登場に、歪んだ憎悪はふわりと消えてなくなって、どストレートな男心がドーンと誕生してしまった。これだから男ってやつは全く! どいつもこいつも!


 ここでは書けないあんなこんながあった後。ベッドシーツにくるまったミリーがニコニコしながら見つめてくる。可愛すぎた。


「なにか?」

「レドの瞳って、暗いところでみると赤が混じってるように見えるなぁって。すごくキレイね」

「あぁ、母親が赤目だったんだ」

「そうなんだぁ。今まで見た瞳の中で一番好き」

「一番?」

「うん、一番! あ、ねぇねぇ見て。私の髪も赤混じりなの。わかる?」


 ミリーが髪を灯りに当てながら見せてくるものだから、吸い寄せられるように、つい魅せられてしまった。


「私たち、おそろいだね」

「そうだな」


 ―― いやいやいや、可愛すぎるんだが


 ニコッと笑う彼女が可愛くて、柄にもなく貢ぎたくなってしまった。なっただけだけど。ノーブルマッチ……恐ろしや。


 そして、次もミリーとマッチの約束をして家路に着く。充実していた一日であった。


 国庫輸送まで、残り一か月と少し。ハンドレッドの馬車すり替え計画は、嘘のように順調であった。






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マシュマロ

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