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43話 純粋無垢という罠に嵌められた



 ワングとファイザ。この架空の人物には、モデルがいることにお気付きだろうか。


 そう、フォーリアとミスリーだ。


 ワンスは獲物のプロであるフォーリアを模倣することで、ハンドレッドに怪しまれずに『騙してもらう』ことを狙っていた。そして実際、今のところワングは怪しまれていない。まさかこんなところで役に立つとは、フォーリアの騙され人生も分からないものである。


 そして、ファイザ。少し設定は異なるが、ミスリーが抱える暗く黒い感情。ここをメインに、ファイブルは模倣をしている。


 取材と称して、ファイブルはミスリーにストーカー話やフォーリアへの詐欺手引き話を直接聞いて、とても楽し……いや、感銘を受けていた。そして、面白半分……コホン、とても真摯に模倣をしていた。へえブルとして擬態してきた演技力が、まさかこんなところで役に立つとは。同じく、人生とは分からないものだ。



 そんな二人は現在、有益な獲物としてレッド・ハンドレッドの前に並べられている。産地偽装の養殖だとバレないように、活きが良いところを見せつけて天然物だと信じ込ませる。特に、騙され役のワングにとっては重要ポイントであった。



「いや~ファイザと飲むのも久しぶりだな~!」


 ワングは上機嫌で酒をグビグビと飲んだ。ファイザは、ワングの借金がどうなっているのか気になる雰囲気を出しつつ、少し居心地が悪そうにしていた。



「二人に聞いて欲しい話があるんだ」


 酒も少し進んできたところで、ハンドレッドは話を切り出してきた。

 ワンスとファイブルは、頭にフォーリア(カモのプロ)を思い浮かべ、彼女を(あが)める気持ちで挑んだ。俺たちはカモ。俺たちはカモ。


「なになに~? レッドの話ならいくらでも聞くよ~」

「内密に願えるかな? 二人を信じて話すんだ」

「お? 内緒? 聞く聞く」

「あぁ、こいつも俺も、口は堅いから大丈夫だ」


 ハンドレッドは言いよどむ様を見せながら、眉間に皺を寄せて「実は……」と続けた。


「騎士団の中で不正があるようなんだ」

「「不正?」」


 二人は声を重ねるように驚いてみせた。さっきまで楽しく酒を飲んでいたと思ったら、突然の騎士団の黒い話。誰だって怪訝な顔をしてしまうものだ。


「なになに、なんか急に怖い話が始まる予感なんだけど」

「待って欲しい。なぜ王城文官のレッドが、騎士団に首を突っ込む?」

「あぁ、私の所属は調査室なんだ」

「調査室って、内部の不正とか告発とかそういうのを調査するとこだっけ?」

「そうだ」

「え、俺らってそれ聞いていいのかな……? こんなだけど、一応騎士だよ?」


 ワングが怖々と言った様子で聞くと、ハンドレッドは真剣な目で深く頷いて返してくる。ひどく赤黒い目だ。


「君たちが騎士だからこそ、話をしているんだ」

「それは、簡潔に言えば、悪事を働く騎士を捕まえる手助けをして欲しいということか?」

「そうだ。残念ながら、騎士団の中で誰が不正に加担しているのか把握出来ていない。君たちは、私が信頼できると判断したから話をしている」


 信頼されているという話に、ワングは嬉しそうに目を輝かせてみせる。借金漬けにされておいて、この目の輝き! フォーリアを彷彿とさせる。


「レッドが担当調査官として証拠集めをしているのか?」

「あぁ。具体的に話してもいいかな?」


 二人は怪訝そうにしながらも視線を合わせて、目配せで合意をし、ハンドレッドに「とりあえず聞くよ」と返事をした。


 聞くと、騎士数名が結託して国庫輸送の金の一部を秘密裏に着服する計画がある、という話だった。


 とてもじゃないが信じられる話ではないと(いぶか)しげにしてみせると、すでに過去三回も悪事の実績があると言うではないか。過去に行われたその方法を含めて、調査をしたいという話だった。勿論、全てハンドレッドの作り話だろう。


 しかし、ハンドレッドの話の運び方や信憑性のある話し方に対して、同業者として見事な技術だと、ワンスは心の中で拍手をしていた。さすが大物詐欺師、学ぶところも多かった。良い経験になったな~、なんて思ったりもした。


 ハンドレッドに敬意を示したかったワンスは、彼の話に全力で乗っかろうと決める。ついでに、一つここで仕掛けを作ることにした。ハンドレッドを国庫輸送詐取に夢中にさせるための仕掛けだ。


「あのさ、ファイザ。俺、ニルヴァンに貸しがあるって言ったじゃん?」

「ん? あー、それで賭けに使う金を借りたんだっけか」

「実はさ……俺、ニルヴァンに国庫輸送の配置換えを打診されて承諾したんだよ」


 すると、ハンドレッドが問いただしてくる。


「待て。ワングは、元々国庫輸送の騎士に選別されていたのかい?」

「……うん。言っていいのかわかんないけど、そうなんだよね。それが突然ニルヴァンが国庫輸送をやりたいって言うから交代したんだ。変だなって思ってたんだけど、まさかだよな?」


 勝手に名前を出されて濡れ衣をせっせと着せられているニルド・ニルヴァンは、今、この近くでワンス達が店から出てくるのを待っていることだろう。何とも可哀想なことだ。


「まさか……あのニルドだぞ?」


 と言いつつも、ファイザはその可能性を捨てきれないというような、絶妙な表情をしてみせた。


 ハンドレッドは心の中でガッツポーズをしたに違いない。騎士団の不正なんて全くのデタラメ話なのに、まさか相手からそれっぽい話を持ってきてくれるとは。


「ワング。すまないが今の話は無かったことには出来ない。私としては調査をしたい」

「……わかった。ニルヴァンには黙っておくよ」

「いや、それだけじゃない。ワングには調査の協力をお願いしたい」

「協力? 何をすれば……?」    


 ハンドレッドは俯いてから、苦渋の決断をするように顔を上げた。騙す気満々の詐欺師と騙される気満々の詐欺師。まさに茶番である。


「私の補佐として騎士団内部の調査をしてほしい」

「内部の調査……?」

「犯人の行動を予測するためにも、まずは国庫輸送の情報を事前に知りたい」

「無理だ。それは騎士団長だけしか知り得ない」


 ファイザが口を挟むと、ハンドレッドは(なだ)めるように「そうだ」と頷きながら続けた。


「しかし、無理ではない。そうだろう? ファイザ」


 ファイザは押し黙るように俯いた。たしかに、騎士団本部の書簡庫に入れさえすれば、資料を見ることはできる。ハンドレッドはファイザの考えていることを見透かすような目で、じっと見てくる。本気で演じなければ見透かされそうな、赤黒い目で。


「ワング。実際には、騎士団の内部に資料が保管されているはずだ。騎士団長だけでなく、やり方次第では見られる。それを探し出して、できる限り写してきてほしい。日程、金額規模、輸送ルートの情報が欲しい」

「はぁ!? そんなことできるわけないよ」


 ワングが少し大きな声で拒否をすると、ハンドレッドは人の良さそうな顔で微笑んだ。何とも奇妙な微笑みだった。


「いや、やってもらう」


 そう言って、ワングの借用書をバサッとテーブルに広げた。それを見たファイザは、目を見開いて一瞬で顔を青くする。


「ん? これって俺がサインした借用書? どういう……?」

「もし協力してもらえないなら、全額返して貰いたい。即日に」

「え!? なんで!? 返却はいつでもいいって!」 


 ファイザに次いで、ワングも顔を真っ青にした。二人とも、どうやって顔色を自在に調整しているのだろうか。


「金を貸したのは、ワングを信頼していたからだよ。もしそちらが断るならば、信頼関係はないってことだろう。悲しいが、君とも縁切りとなるだろう」

「そ、そんな……でも、資料の場所なんて知らないし……」


 ワングがそう言うと、ハンドレッドはファイザに視線を向ける。その視線の先で、ファイザは食い入る様に借用書を見ていた。ザッと計算しただけで、ワングが返せる額ではないことが分かる。明らかに望んだ以上のことが起きている、と。


 ファイザは、ハンドレッドをギロリと睨み付けた。


 しかし、ハンドレッドはファイザの睨みなど歯牙にもかけない。愉悦交じりの赤黒い瞳で睨み返すだけ。その瞳を向けられた瞬間、()()()()()は、本当にゾワリと鳥肌が立った。目の前の男は、犯罪者なのだと肌が教えてくれた。


「怖い顔をするね、ファイザ。君が望んだことだろう?」


 ハンドレッドの切り捨てるような物言いに、ファイザは自分の判断を間違えたことを知る。ハンドレッドの手を取ったことは間違いだったと、悔いるように手をギュッと握った。


 いやしかし、ハンドレッドの言うとおり、これはファイザが望んだことだ。ただ現実になってしまっただけ。ファイザは堕ちていくワングを救いあげて、引き上げることなどできない。その資格もない。


「……ワング、国庫輸送の資料なら俺が場所を知っている。やるやらないは、お前に任せる」

「ファイザ……」


 ワングの『何かが』抜け落ちたような表情を見て、ハンドレッドは勝ちを確信したようにニコリと笑っていた。

 きっと抜け落ちたものは、ワングが無自覚に大切にしてきたものに違いない。詐欺師はそういうものを最初に取り上げる。金よりも何よりも、それを一番初めに取り上げるのだ。誇りとか、そういうもの。


「頼りにしてるよ、ワングとファイザ」



 こうして、偽騎士ワングは無事に詐欺師の駒となったのだった。テーブルの下で、悲痛な顔をしたファイブルがピースサインをしていたので、絶望を刻んだ顔でワンスもピースサインで答えておいた。


 ちなみに、ワングことワンスは、金を返すつもりなど毛頭ない。この一か月半、彼はハンドレッドの金で『賭けに絶対負ける』という遊びを楽しんでいた。他人の金で遊ぶのはものすごく楽しかった。そりゃ瞳も輝くだろうね。





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マシュマロ

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