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42話 借りを作るのは『次も会いたい』という意味

詐欺回です



 レッド・ハンドレッドは、北通りの紳士クラブに向かっていた。ワングとの初めての賭け遊びから三日後。この日は、彼らと『また遊ぼう』と約束した日である。


 この数日で、ハンドレッドも調査を重ねた。伝手を使い、ワングとファイザという男が実際に騎士団に在籍していることは、すぐに調べがついた。ただ、容姿までは確認できなかったが。


 ワンスはハンドレッドが罠に引っ掛かってくれたと思っているが、彼も馬鹿ではない。獲物に近付くとき、どんなハンターだってそれなりに慎重になるものだ。特に、今回は騎士が獲物。ハンドレッドが偽の文官だと知られた場合は、即捕縛されるだろう。ミスは許されなかった。


 ただ、麗しの騎士として有名なニルド・ニルヴァンと、まさに同僚という雰囲気で接していたことを考えると、ワングが本物の騎士であることは間違いないだろう。となると、ファイザもそうだと言える。


 ―― やはりファイザのあの素振りが気になる。今日はそこを突っついてみるか 


 どうにもファイザが気になる。ワングを駒にする取っ掛かりを、彼が持っているような気がしていたのだ。


 ハンドレッドは来たる国庫輸送の日に備えて、着々と、そして虎視眈々と計画を進めていた。




 三人は紳士クラブの前でバッタリと会った。と言っても、実際はハンドレッドが待ち伏せをしていたのだが。先日のワングの負けっぷりを見ていた他のやつらに、獲物を横取りされたら面倒だからね。


「やあ、二人とも。また会えて嬉しいよ」

「おー! レッドじゃん! 店の前で会うなんて俺たち運命だな~、結婚しよう!」

「こんばんは、レッド」


 ファイザの様子からすると、彼がワングを嫌っているのは間違いない。しかし、底抜けに明るい人柄のワングの、どこに嫌われる要素があるのだろうか。


 そんなことを考えていると、ファイザがポケットを上から軽く叩いて苦々しい顔をする。


「あぁ、いけない。煙草を忘れた」

「店に入る前に買ってくれば? 俺は煙草吸わないし、ここで待ってるよ」


 ファイザと二人になるチャンスを逃したくないハンドレッドは、煙草は持っていたが「私も残り少ないんだ」と言いながら、ファイザと同行することにした。


「悪いな、ワング」

「すぐに戻るよ」

「おー、いってら~」


 そうして、まんまとファイザと二人になる。ハンドレッドはファイザを観察した。まあまあ上等な上着だが、少し型が古いスーツだ。金がないと言っていたのは本当なのだろう。ただ、金がなくて困るという程ではなさそうだ。

 

 淡い茶髪に栗色の瞳も、どこにでもいる色だ。銀縁の眼鏡は理知的に見えて少し特徴があるが、強く印象に残るほどではない。


「ワングとは長い付き合いなのかい?」

「いや、まだ一年くらいですよ。アイツはああいう奴だから……垣根がないというか。長い付き合いだとよく勘違いされます」

「あぁ、確かにワングは人懐っこいね」


 ファイザは煙草を選びながら「そうですね」と軽く返事をした。その表情からは、何も読み取れない。


「間違っていたら済まないが……もしかして、ワングとはあまり仲が良くないのかな?」


 焦れったくなったハンドレッドが突っ込んで聞くと、ファイザは少し目を見開いていた。


「なぜです?」

「いや、何となくね。昔、私にもワングみたいな友人がいたんだが……友人は人懐っこく明るかったが、少し無神経でね。それで喧嘩別れしたことを思い出したんだ」

「……なるほど」


 ファイザは買ったばかりの煙草をその場で乱暴に開けて、一本(くわ)えていた。まるで、何かを咥えていないと口から色々とこぼれ出してしまうとでも言うような仕草。こういう表情の人間は、話を聞いてほしくて仕方がないのだ。ハンドレッドはそれを知っていた。


「煙草一本分を報酬に、愚痴を聞こうか?」


 ハンドレッドがおどけていうと、ファイザはふっと笑って、煙草を一本差し出してくれた。そして、シュッとマッチを擦って煙草の先に火を移す。すーっと一息吸い上げて、煙と愚痴を吐いた。


「俺、恋人がいたんですけどね。婚約目前の」


 ファイザはフワフワと漂う煙の間を埋めるように、ポツリと話をし出した。


「巡回中に助けてくれた騎士に一目惚れしたって言われて、婚約話がなくなったんです。それが何の因果かワングだった」

「……ワングは知ってるのかい?」

「いや、ワングは知らないんです。彼女はワングを見ているだけみたいだし」

「それで、君はワングが許せないと?」


 敢えて少し責めるような言い方をすると、ファイザは(あざけ)るように小さく笑った。


「はは、理不尽なのは分かっていますよ。でも、俺は彼女を愛していました。八年も好きだったんです。あいつみたいに、純真無垢な顔して人の大事な物を盗るやつが……いや、言い過ぎだな」


 ファイザは少し震える手で煙草を口に運んでいた。彼の吐く煙からは、陰気で暗然たる思いがもくもくと立ち昇っている。


「ワング自体は嫌いではないですよ。いや、人としては好きな部類に入るかな。でも、どうしてもあいつが困るところを見たいというか。賭けを覚えさせて少しだけ堕ちてくれたらいいなって。憂さ晴らしっていうんですかね。最低な人間ですよ」


「いいや、私はファイザが悪いことをしているとは思わないよ。人間は時折、そういうことを考える生き物だ」

「レッドにもそういうときがあります?」


 ハンドレッドは、人の良さそうな顔で苦々しく笑った。そして、思い出すように左上を見る。


「あるよ、あるに決まってるさ。例えば……全く賢くない身分だけは立派な男が、とびきりの美女を連れてカフェにいたら、そいつが(つまづ)いて転ぶことを期待して、ちょっと足をかけたくなることもある」

「ははは、励みになる」

「君の気持ちも分かる。どうにもならない気持ちを、どうにかしたくなるんだろう」

「……ありがとう」


 ファイザはチリチリと燃えて短くなる煙草を眺めながら、冷たい目をしていた。きっと元恋人の彼女のことも含めて、全てを憎らしく思っているのだろう。八年分の暗く歪んだ愛が、驚くほど瞳を暗く冷やしている。そのゾッとするような目を、ハンドレッドは気に入った。

 

 ―― やはり、この二人に働いてもらいたいものだ


「ファイザ。どうしても彼が堕ちるところを見たかったら、私が手を貸すよ」


 ファイザは怪しむように睨み付けてくる。


「……ワングに恨みもないのに?」

「恨みを晴らすのではなく、恩を売りたいという場合もある。二人に協力してほしいことがあるんだ。まぁ考えておいて」

 

 ハンドレッドの煙草が無くなったところで、話は終わった。





 賭けは当然のようにハンドレッドが勝った。そりゃそうだ、イカサマポーカーで負けるはずもない。先日はノリに乗っていたブラックジャックでさえ、ワングは不調だった。


「負けた……! なぁ、ファイザ。もしかして俺って……」

「賭けの才能がないことにやっと気付いたか?」

「がーん! やっぱり!? 薄々思ってた!」


 ワングが涙目でテーブルに突っ伏すと、やっぱりファイザはわずかに愉悦交じりの目をしていた。本当にわずかだ。普通であれば気付かない程度。


「ははは! ワング、今日は金は返さないからね?」

「そんなぁ~」

「困っているならば、金を貸そうか?」

「え!?」

「確か同僚から借りた金なんだろう? 同僚に借りっぱなしよりは、何の関係もない私から借りっぱなしの方が幾らかマシだろう。返却はいつでもいいさ」


 人好きのする微笑みで借金の提案をすると、ワングの顔がぱぁっと輝く。分かりやすいやつだ。その輝く笑顔を隣で見ていたファイザは、止めようと思ったのだろう。ワングの肩に手をかけようとした。


 そこでハンドレッドは、強く鋭い視線をファイザに向けた。その赤黒い目を見て、吸い込まれるような闇を感じたのだろう。ファイザは小さく震えていた。


「ファイザ、君はどうするんだい? ……考えたか?」


 鋭い視線はそのままにして、やたら朗らかな声で告げた。その相反する表情と声は、ひどく不気味だ。『この人なら誰でも自由自在に堕とすことが出来る』と信じ込ませるには十分だった。


 ハンドレッドは『そんなひどいことはしない。大丈夫だよ』というように、ニコリと笑ってみせる。それを見たファイザは迷いながらも、手をスッと下ろす。


「俺は、見ています」


 それだけ答えて、ワングの肩には二度と触れなかった。



 それから、一日ごとにワングは紳士クラブに顔を出して、ハンドレッドから金を借りては賭事に興じていた。勝つときもあったが、そんな日は最後に大負けした。勿論、勝ち逃げする日もあった。すると、次は負ける。

 ハンドレッドは「金は幾らでも使っていい。返すのもいつでもいいしね」と、ワングに何枚も何枚も借用書を書かせた。


 一か月ほどで、騎士の年収など軽く越える借金になっていることに、ワングは気付いていなかった。破滅がすぐそこにあるのに、彼の瞳の輝きはそのまま。


 そして、堕ちていくワングを見たかったはずのファイザは、本当に堕ちていく様が怖くなったのだろう。いつの間にか紳士クラブには来なくなっていた。



 ―― そろそろ頃合いか


 ハンドレッドは思った。ここで、一つ話を持ち掛けてみようと。国庫輸送まで時間もない。いつもならもう少し時間をかけて、借金よりも大きな弱みを握り相手を騙していくが、相手が騎士だと思うとそうはいかない。時間をかけることで、ハンドレッド自身の情報が漏れていくことも嫌だった。


 それに、自信があったのだ。今までに騙せなかったことなど無いから。


 不安要素としては、やはりファイザだ。易々と騙されてくれる人間ではない。騙されていることが分かっていながらも、加担する方を選ぶようにしなければと、ハンドレッドは考えていた。


「ワング、聞いて欲しい話があるんだ。久しぶりにファイザと三人で飲もうか」






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マシュマロ

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