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41話 キスしたい



 ニルドが帰宅後、ワンスも帰り支度のために書類を片付けようと応接室に戻ると、トコトコとフォーリアが後ろを付いてきた。


「……なに?」


 何か嫌~な予感がするので、フォーリアの方を振り返ることもなく、淡々と書類を鞄に入れた。淡々、淡々。

 

 しかし、フォーリアは空気を読むというスキルが崩壊していた為、またトコトコと近付いて隣に座ってきた。


「ダンスの練習、一回だけお願いします」

「嫌だ。ニルヴァンとやっただろ? 合格合格、上手上手。俺はもう帰る」

「一回だけですから~! ね? ちょっとだけ! ほんの少しだけ。最後までしなくていいから! ね?」

「……ヤりたい盛りの男みたいなこと言ってんな」

「やりたい? あ、ダンスやりたいんですか? やりましょう、今すぐに~」

「嫌だね」


 また淡々と書類を片付けて鞄を閉じた。なんと無慈悲な男だろうか。


「そんなぁ。ワンス様と踊りたかったのに……。十秒だけでもだめですか? お願いします」


 そこで必殺・上目遣いを決めてきた。


 ワンスは面倒だった。通常の仕事と伯爵家の仕事に加えてハンドレッドとやり合うための準備に大忙しなのに、なぜフォーリアのお守りをしなければならないのか。こんなことなら、ニルドを無理やり待たせて一緒に帰れば良かったと深く後悔をした。


「はぁ、分かったよ。十秒だけだからな?」


 ワガママ女のことだ、断ろうにもきっと食い下がってくるに違いない。それならサッサと十秒費やした方が効率的だと判断して、仕方なしに了承した。


「はい! ありがとうございます。嬉しいです、ふふふ」


 フォーリアはニコニコと笑いながら、応接室のロウソクに火を灯す。もう外は薄暗い。ダンスをするなら足元が見えるように明るくしなければと思ったのだろう。


「ほら、サッサと組むぞ」


 早く帰りたくて、彼女の手をグイッと引っ張って腰に手を添える。いきなり腰に触れられた彼女は驚いたのかくすぐったかったのか、「ひゃ!」と小さく声を零していた。

 そして、おずおずと、そっと、ワンスの手に小さな白い手を乗せてくる。


「ワンス様の手、大きい」


 フォーリアは頬を赤く染めて、愛おしそうに二つの手が重なるところを見ていた。

 その視線を遮るように彼女の手をギュッと握って、腰をグイッと引き寄せる。「十秒だからな?」と念押しした。


 フォーリアは、ニコリと笑って十秒数え始める。


「いーーーーち、にーーーーぃ」

「カウントが遅ぇよ……」


 やたら長くて踊りにくいカウントで、二人はクルクルと踊った。


「よーーーーん。わぁ、ワンス様上手……!」

「そりゃどうも。俺は大抵のことは上手く出来るんだよ。お前と違ってな」


 意地悪くニヤリと笑ってやると、フォーリアはその笑顔に見とれてしまったのだろう。カウント五のところで派手にすっ転んだ。


「ごーーー……きゃ!」

「うわっ!」


 騎士であるニルドのように素早く抱き支えることはできずに、二人は応接室のソファにドサッと倒れこんだ。大抵、倒れ込んだ先には運良くソファかベッドが置いてあるものだ。


 その勢いでロウソクの火がゆらりと大きく揺れた。


「わぁ、ごめんなさい……!」

「ぐえ、重い……」

「……失礼ですよ?」

「いいから早くどけよ」


 身体と身体がピタリと合わさっているのに、全く動じないさすがのワンス。フォーリアは悔しそうに口を尖らせて、柔らかいあれこれをピタリとくっ付けるように、ギュッと抱きついてきた。そして「ろーーーーーく」と数え出したではないか。


「お前まじで、どけ」


 ひくーいこわーい声で拒否を伝えたが、フォーリアは負けなかった。メラメラと燃えるフォーリアの恋する闘争心は未だに『ゴー! フォーリア!』モード全開であった。


 どうしてもワンスに恋をしてほしかった。好きになってほしかった。


「しーーーーぃち、好きです」

「調子に乗りやがって……」

「はーーーーーち、結婚してください」

「断る」

「きゅーーーーう、キスしたいです」

「……」

「じゅーーーーう、キスしていい……?」


 二人の視線が絡み合う。いつの間にかロクソクの火はチリチリと焦げるように燃えていた。それに当てられて、フォーリアの瞳はヤケドしたみたいに熱を持つ。


 フォーリアは彼に近づいて、そっと口付けを落とした。彼は動かなかった。それをいいことに、またもう一回キス。金色の綺麗な髪が、パサリと落ちて彼の頬を掠める。


 その瞬間。フォーリアの視界がグルリと反転して、気づけばワンスが上にいた。ソファが柔らかく背中を支えてくれていた。


「きゃ! ん……」


 小さく叫ぶ声を、愛しい彼の口で塞がれる。いつもみたいに触れるだけのキスじゃない。まるで求められているみたいな、貪るようなキスだった。


「ん……はぁ、ん……」


 息の仕方も分からない。舌を絡めとるように攻めてくる彼に、もう頭が沸騰しそうだった。二人の求め合う音が応接室に響いて、胸がドキドキして、息もできなくて、このまま死んじゃうかもと思った。


 ぎゅっと瞑っていた目をそろりと薄く開いてみると、ワンスはキスをしながらもフォーリアを間近で見ていた。ずっと見られていたのかと思うと恥ずかしくて、また目をぎゅっと閉じた。


 フォーリアは思った。今までで一番、ワンスに近いところにいると。謎だらけの彼の、すぐそばまで来ている。もっと近付きたい。もっともっと一緒にいたい。あともう少しで彼に届く予感がした。このままキスを続けていれば、彼に届く……。


 だが、残念! キスを続けたくても、息が続かなかった……! 濃ゆーいキスが初めましてのフォーリアは、息が苦しくなって思わずバシバシとワンスの肩を叩く。一瞬にして甘い空気も叩いて壊れた。パリーン……。



「い……き……が……!!」

「ったく、煽るならやり切れよな。出直してこい」


 ソファに転がって惚けるフォーリア。彼は冷たい目で見下ろし、サッと鞄を取って帰ってしまった。その影を追うように、ロウソクの火が大きく揺れていた。


 フォーリアの息と、次はどちらが長く続くかな。









おまけ


 翌日のランチ風景。


「すーはーすーはー」

「さっきから何で吸ったり吐いたりしてんだ? 息荒くね?」

「はい! 肺活量を鍛えようかと思いまして」

「今、すげぇ馬鹿を見た」

「え? どこですか? キョロキョロ」

「……まじでやべぇな」



◇◇◇

お読みいただき、ありがとうございます!


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マシュマロ

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