37話 繋いだ縁を大切に
ここは北通りの紳士クラブ。金と金がぶつかり合う音が鳴り響く、悪い男共の聖地。賭博場だ。
「今日は、どれくらい金を持ってきたんだ?」
「いっひひ、今日はたんまりあるぜ。ここだけの話、ちょっとニルヴァンに貸しがあってさ」
「借りたのか?」
「そうそう、ここで一儲け! 今日は絶対に勝つ!」
「うわ……負けそうな雰囲気しか感じない。やめとけよ」
「うるせぇ!」
北通りの紳士クラブでこんなことを話していては、すぐに詐欺師がやってくる。忍び寄る足音に全く気付かない二人の紳士は、和気あいあいと賭けの話をしていた。
―― 見つけた見つけた、濃紺色の髪の騎士
「そこのお二人さん、ここでそんな話をしていると悪い人間に金を盗られますよ?」
二人はビクッと肩を震わせて、少し警戒したように振り向いてくれた。
「先日はどうも」
レッド・ハンドレッドがそう言って会釈をすると、濃紺色の騎士は訝しげに少し首を傾げた。隣の銀縁眼鏡の紳士風の男も、記憶を探っている様子だ。二人は目配せでお互いに『知り合いじゃない』と伝え合っていた。
「申し訳ない、どこかでお会いしましたか?」
淡い黄色の瞳をした騎士は、眉を下げて申し訳無さそうにする。ハンドレッドは少し笑ってしまった。自分の顔がいかに印象に残りにくいか、いつもこうやってまざまざと見せ付けられるのだ。
「先日、引ったくりから鞄を取り返してくれた騎士殿では?」
濃紺の騎士は左上に視線をやっていた。眉をひそめる表情でさえ絵になる容姿に、ハンドレッドは少しだけ苛立った。
「あぁ、思い出しました! 非番の日の? そうでしたそうでした。これは失礼を」
「いや、夜の暗がりでしたからね」
「なんだ、ワングの知り合いだったのか。初めまして、ファイザと申します」
「こんばんは、レッド・レドルドです。レッドと呼んでくれ」
「あぁそういえば、まだ名乗っていませんでした。これは失敬。ワングと申します」
「よろしく」
ハンドレッドは親愛を込めて、手袋を外して握手を求めた。礼儀正しい二人も、それぞれ手袋を外してにこやかに握手に応じてくれる。
―― 剣ダコがある。やはり本物の騎士か。眼鏡の方は剣ダコが薄いが……
レッドは善良な人間の顔で、ワングに近寄る。
「こういう場所で金の話をするのは良くない。ほら、周りが君を獲物にしようと狙っているよ?」
脅すように言ってやると、ワングは青い顔をする。目を左右にそろーっと動かしながら周りを確認していた。素直なやつだ。反応は上々だろうと思い、にこやかに話を切り出す。
「もし良かったら、私が相手になろうか? ここで会ったのも縁だしね」
「え~? もしかして、貴方も僕から金を巻き上げようと近付いてきたとか……だったりしません? なんか怖いなぁ」
「ははは! そうだったら良いけど、生憎、私はそんなに強い方じゃないんだ。下手の横好きでね」
人好きのする苦笑いをして、どうしようもなさそうに肩をすくめてみせた。それを真に受けたのだろう。ワングは目をキラキラさせながら、一歩近付いてきた。
「弱いんですか!? それなら……まぁ、せっかくの縁ですしね! ファイザはどうする?」
「俺はいつも見てるだけ。賭けはしないって言ってるだろ」
「ったく、堅実だよなぁ」
「いや、本当に金がないだけだ」
そんな軽口を叩きながら、賭博室へ移動。ハンドレッドとワングは、ブラックジャックで勝負をし、多く勝った方が儲けを全て頂くというルールで楽しむことにした。
イカサマを使いやすいポーカーと迷ったが、それは次に取っておこう。まずは親睦を深めるために、純粋に賭けを楽しもうとブラックジャックを選んだのだ。
「よーし、やるぞ!」
ワングはわくわくとした様子で席に座っていた。楽しそうなやつだ。一方、ファイザは、その後ろで腕組みで眺めているだけ。
―― ファイザの方が何かと怪しいな……
ファイザとワングの関係がイマイチ掴めない。賭けはしないと決めているファイザが、何故こんなところにいるのか。ワングのお目付役といったところだろうか。邪魔になりそうなファイザが少し目障りだった。
そうして、ゲームスタート。始めのうちは、勝負はトントンといったところだった。しかし、勝負が四回を過ぎたところから、驚くことにワングは負け無しになった。結局、蓋を開けてみたらワングの圧勝。
「よっしゃー! レッド、わりぃな、ははは!」
ワングは大きくガッツポーズをしながら、儲けを全て取っていった。
―― こいつ……! 運がいいだけか? イカサマか?
しかし、ここのブラックジャックはイカサマができない。プレイヤーはカードに触らないのだ。カードをすり替えることは難しい。ディーラーは古株の人間だったし、買収した素振りもない。ただ運が強いだけなのか。
「ワング、強いじゃないか。よし、次はポーカーで勝負しよう」
「乗った! いや~、レッドとは気が合いそうだなぁ! 結婚しよう!」
ワングがテンション高く騒ぐと、ファイザは少し呆れたように苦笑いをしていた。ハンドレッドは、それを観察する。
―― 次のポーカーで、詳しく聞いてみるか
そうして、二人は向かい合い、賭けポーカーのテーブルに付いた。