3話 恋をしていた
「ねぇ、ミスリー。恋、してる?」
フォーリア・フォースタは、ぼんやりと空を見つめながら、夢をみるように呟いた。
「はい? 何言ってんの?」
一方、フォーリアの親友、ミスリー・ミスラは、眉間に皺を寄せていた。
「ミスリー、聞いてくれる? あのね、好きな人ができました……」
「はぁ!? え、本当に?」
「うん! この前ね、宝石を買おうとしててぇ」
「いや、ちょっと待ってくれる? なにその宝石って。まさか、また詐欺じゃないでしょうね?」
「そう、それが詐欺だったみたいでぇ」
「あちゃー! また詐欺だったー!」
「そしたら、素敵な男性が助けてくれてぇ」
「なにその仕込みっぽい男。詐欺じゃないでしょうね?」
「好きになっちゃった!」
「あちゃー! 恋してたー!」
ミスリーは、信じられないというような顔をしてフォーリアを見ていた。それだけでは足らず、首をぶんぶん横に振る。
「私、あんたは恋とかしちゃダメだと思うわ」
「え〜? なんでなんで?」
「だって……ねぇ?」
そう、フォーリア・フォースタは、かなり単純で安直で無鉄砲で全くの考えなしで、超騙されやすくて、ちょっとアレな伯爵令嬢だった。残念な美人だ。
フォーリアとミスリーは幼い頃からの付き合いだ。フォーリアの乳母がミスリーの母親であり、いわゆる乳姉妹という関係。
ミスリーの生家は、元々男爵家であったが、色々あって没落してしまい、現在は平民として働いて暮らしている。フォーリアにとって、ミスリーは親友のような姉のような、そんな信頼できる存在だった。
ミスリーはそこで、「あれ」と思い出した様子を見せた。
「フォーリアが子供のとき、一目惚れしたっていう初恋の人は? やっと諦めた? ずーっと引きずって、誰からの誘いも受けてなかったじゃない」
「……だって、八年間、いくら探しても見つからないんだもの。知ってるのは『エース』って名前だけだし」
気落ちするフォーリア。ミスリーは、それをすくいあげるように軽く声をかけてくれる。
「新しい恋、いいじゃない。で、どんな人なの?」
「聞いて聞いて! あのね、詐欺師に騙されそうになっていた私に声をかけて、さらっと助けてくれたの。かっこよかった〜! 一目見ただけで、不思議なくらい好きって思ったの。ちょっとエースに似てる感じもしたんだよね」
「え〜? 本人だったりするんじゃない? 当時は子供でしょ。八年も経てば顔も変わるし」
「ううん、違うわ。金髪じゃないもの。雰囲気も、ちょっと違うし……。でも『好きー!』って感じなの」
「わかる、わかるわ! 『好きー!』ってなったら好きなのよね!」
二人は超高速でうんうんと頷いて分かり合う。恋する娘は『好きー!』となったら好きなのだ。
「それで助けて貰った後はどうしたの?」
「お礼がしたくて家に招いたの」
「は!? 家に!? いきなり!? 大丈夫だった!?」
ミスリーがすごい形相で聞いてくるものだから、フォーリアはきょとんとする。
「え? なにが?」
「だって、二人きりでしょ!? 襲われたりとか!」
「え〜? 大丈夫よ、良い人よ?」
真実は、とんでもなく悪い詐欺師だ。
「うーん、それならいいけど」
「それで、お礼に料理を作ったらね、美味しいって言ってくれたの」
「フォーリア、料理上手だもんね」
「ミスリーのおかげよ! ありがとうね」
ミスリーは、昼は貴族向けのレストラン、夜は酒場で働いていた。フォーリアに料理や掃除を徹底的に叩き込んでくれたのは他でもない、ミスリーだ。その結果、フォースタ伯爵家は使用人ゼロで維持できるようになったのだから、ミスリーの功績は大きい。
「い~え、私にはそれくらいしか出来ないしね」
「ううん、お父様も、食事の度にミスリーに感謝してるんだから。また遊びに連れてきなさいって言ってたわ」
「ありがと。久しぶりにおじ様に会いたいし、次の休みに行っちゃおうかな~」
そこで、ミスリーは少し声を落とした。
「あれから、おじ様は大丈夫そう? 詐欺に遭ったって話、解決した?」
「うん……まだ何も解決してなくて」
フォースタ家は親子そろって騙されやすい。なんと驚き、先月に父親も騙され、財産のほとんどを取られてしまったのだ。
しっかり者の母親が生きていた頃は、騙されることもお金に困ることもなかった。しかし、三年前に母親が死去して以降、親子そろって騙され盗られ、今ではとんでもなく貧乏になってしまったのがフォースタ伯爵家だった。
「そう、早く解決するといいけど……。ところで! その好きな人ってどこの誰なの?」
重い空気を変えようとしたのだろう。ミスリーの軽いおしゃべりに、フォーリアはまた目を輝かせる。感情がそのままストレートに出るのがフォーリアだ。
「ワンス・ワンディング様! ワンディング伯爵家のご嫡男様よ」
「ワンディング伯爵家……?」
「うん!」
「あそこって超偏屈なお爺さんが現当主で、跡取りどころか嫁もいなくて家が途絶える寸前って聞いてたけど」
ミスリーは、性格上も仕事柄も趣味嗜好も、全てにおいて人付き合いが多いタイプだった。そのため、貴族の様々な事情を知っているのだ。
「そうなの?」
「遠縁から養子でもとったのかしらね。でも、ワンディング家ならお金持ちだし、いいじゃない! 次に会う約束はいつ?」
フォーリアは「え?」と言って、しばらく考えた後に、うーろうろと目が泳ぐ。約束をするだなんて器用なことが、フォーリアにできるわけもない。
「ぇえ!? まさか約束もしてないの!?」
「だって~、お仕事があるからって帰っちゃったんだもの!」
「まったく! これだからお嬢様はダメねぇ。いーい? こういうときは、次に会う約束を取り付けたり、何か物を借りたり貸したり、そうやって次に繋いでいかないと! それが恋の常套テク!」
「だってぇ。あ! そうだったわ、貸したものがあったわ〜、やったぁ! 私、グッジョブ!」
「フォーリアやるぅ! 何を貸してあげたの? ハンカチとか?」
「ふふふ、八千ルド!」
ミスリーは「あちゃー」と言って、なにやら天を仰いでいた。
「どうしたの? ミスリー」
「うん、あのさ」
「うん?」
「こんなこと言うのも、水を差すようで悪いんだけどね」
「うん?」
「その人、本当に信じて大丈夫?」
ミスリーの物言いに、フォーリアはちょっとドキッとする。
―― え? 私、また騙されてるってこと?
「ええ? 大丈夫よ〜! あの人は違うわ。だって、私を助けてくれた人だもの」
ミスリーは、「うーん」と唸った。
「とにかく! ワンディング家に手紙を書いたら?」
「手紙?」
「もし、その人がワンディング家とは無関係なら、あちらから知らせが来るでしょ。フォースタ伯爵家からの手紙を無碍には出来ないだろうし、ね?」
「うん? ワンディング家と、無関係? それってどういう意味?」
「その人が、名前を騙ってるだけって可能性もあるでしょ?」
「そ、そんなぁ……」
心が萎れるようにしゅんとなる。好きな人に騙されているかもしれないと思ったら、泣きそうになった。でも、それよりも、好きな人を信じきれないことがすごく悲しかった。
「フォーリア……。私もワンディング家のこと色々聞いてみるからさ! 大丈夫大丈夫!」
「~~!! みすりぃ~!!」
フォーリアはミスリーに抱きついて、子供のように甘える。心底、ミスリーを信じて頼っているのだ。
「もう十八歳でしょ? いつまで経っても子供みたいなんだから」
「だって~」
「そんなんだから、カタログ詐欺になんか遭うのよ? もっとしっかりしなさいね!」
「うん? カタログ詐欺ってなあに?」
「詐欺師に宝石のカタログを見せられたんでしょ? さっき言ってたじゃない。そういうのをカタログ詐欺って言うのよ」
「あ、ワンス様もそんなこと言ってた~」
「もー、ぼーっとしてるんだから」
そう、フォーリア・フォースタは、いついかなる時も、誰が相手でも、とっても騙されやすい人間なのだった。