26話 エースと名乗ってご贔屓に【騎士団潜入編】
騎士団本部を後にしたニルドは、ワンスと共に制服のまま馬車に乗り込み、ニルヴァン家で着替えをする手筈になっていた。
―― いや、どう考えてもおかしくないか?
青き正義の制服はよく目立つ。馬車までの道中で道案内を頼まれてしまったり、落とし物探しを手伝ったりと、なかなか帰宅できずにいた。そして、その全てを『騎士』として完璧に対応しているワンスを見て、疑念を持つ。
騎士団本部にいたときは、緊張で心臓はバクバク。正常な判断が出来ていなかったが、よーく思い返してみると、一般人が騎士団長相手にあんなに上手く立ち回るだろうか。あの鍵の開け方も、一般人とは思えない。敬礼や立ち振る舞いも、まるで訓練された騎士そのものだ。
―― あやしい……!
正義のため、延いてはフォーリアのために手引きをしたが、それでもニルドは騎士として真面目に仕事をしていたし、誇りを持っている。彼の中では、正義に反したと思っていなかったのだ。しかし、怪しさ満点の人間を手引きしたとなれば、話は別だ。
「おい、ワンス」
「ん? どうかしたか?」
「ワンスは、本当に詐欺対策コンサルタントなのか……?」
「そこを疑う? それは本当だ、誓うよ」
「そうか……とりあえず早く馬車まで行くぞ」
「せっかちだなぁ、騎士ごっこも結構楽しいのに。残念」
ワンスは肩をすくめて残念そうにする。余裕綽々な姿が、とてもじゃないが一般人とは思えなかった。そして、もうすぐ馬車に着くというところで、ニルドは思わぬ事実と直面することになる。
「あれ? イチカじゃね??」
「おー、トムソン!」
「いやいや、イチカって騎士だったのか!?」
「はは、先日から騎士団所属になったんだよ。長年の夢が叶った」
「マジか! じゃあ、金貸し業やめんのか?」
「まさか、やめるわけねぇじゃん。副業だ、副業。トムソンは明後日期日だな? 取り立てにいくから用意しとけよ」
「騎士団所属で取り立て屋なんて、怖すぎるな……」
「ははは! じゃあな~。……さーて、ニルヴァン、行こうか」
呆気に取られていたニルドは、背中をグイグイと押され、ニルヴァン家の馬車に押し込まれた。
「ふー、こんなところで知り合いに会うとは思わなかったな。参った参った~」
瞬間、ニルドは素早く動く。制服の首元を少し緩めていたワンスの手を取り上げ、そのまま勢いを殺さずにワンスの肩を座席にダンっと押し付け、後ろ手に拘束する。
「お前、何者だ?」
冷えた声で問い詰めると、ワンスは「いってぇ!」と言うだけで答えようともしなかった。
「ちょ、ニルヴァン痛い痛い! まじで骨折れる! 馬鹿力だな!」
「答えろ。イチカとは何だ? ワンス・ワンディングというのは嘘だな? 騎士団本部に潜入して何をした? 狙いは何だ?」
「そんな矢継ぎ早に質問したら答えるのも骨折れるよ? なーんて」
「……本当に折ってやろうか?」
ギリギリと音を立て、ワンスの腕を締め上げながら鋭く睨む。その目は、まさに第一騎士団所属のエリート騎士ニルド・ニルヴァンだった。
しかし、騎士相手に焦ることも臆することもしない男が、詐欺師ワンス・ワンディングなのだ。
「いってぇ……ったく、フォーリアといい、お前ら本当に骨が折れるな」
「無駄口を叩くな、質問に答えろ」
「アリアル、ナナ、ソフィー、ルカ、リナリー」
ワンスは質問に答えてくれなかった。まるで主導権はこちらにあると言わんばかりに、突然女性の名前をつらつらと並べ始める。そして、それらがキレイに並ぶに連れて、ニルドの手の力が抜けていく。
―― な、なんで……?
「ミカラ、スーリィ、ユリーナ。あ、リアなんて娘もいたな。あぁそうか、フォーリアと名前が似てたからマッチの回数が多かったのか。納得納得」
「……え?」
「あ、覚えてねぇの? 最近はミリーばっかりだったからかな?」
「……なななんで!?」
驚いた拍子に手は完全に緩み、とうとう手を払われてしまった。ワンスは制服の皺を伸ばし、座席にドサリと偉そうに座る。わざとらしく脚を組んでから、ニルドに軽く微笑んできた。
「いつもご利用ありがとうございます、ニル様」
「ななななんでお前が知ってんだよ! 関係者か!? いや、会員情報はオーナーのエスタインしか知らないはずだ!」
「そうだよ? 本部経営の人間も知らない。顧客名簿もマッチ相手も全部、オーナーだけが管理するシステムだからな」
「さてはお前……情報を盗んだな!? ノーブルマッチに通報して捕らえる!」
まるで宿題の答えを間違えてしまった子供を見るかのように、ワンスは困った顔をして首を傾げていた。
「違うよ、ニルヴァン。答えはそうじゃない」
そして、不敵な笑みを向けてくる。
「俺がノーブルマッチのオーナーだ。改めまして、エース・エスタインです。どうぞ、ご贔屓に?」