25話 ただ微笑んでいればいいから 【騎士団潜入編】
「あー、心臓がバクバクと悲鳴をあげているんだが……」
「大丈夫大丈夫! 任せといてよ。ヤバくなったら見捨てていいからさ~」
潜入当日。ワンスは騎士団の制服に身を包み、騎士団所属バッチを身に付け、いい笑顔でウインクをしていた。度胸の塊みたいな男だ。
ワンスとニルドは背丈もほとんど変わらない。もちろん、頭脳派のワンスの方が細身ではあるが、制服はニルドから貸してもらった。ワンディング家のクローゼットには、本物と見分けが付かない偽物の制服も吊されているが、やはり本物の方がリスクが低いのだ。
一方、ニルドの顔は真っ青で、身体もカチカチに固まっている様子。ワンスは『こんな度胸がないならフォーリアに手を出せなかったのも頷ける』と思っていたが、そこらへんはノータッチ。にこやかに黙っておいた。
「ワンスは、何でそんな落ち着いていられるんだ……?」
「え? 持って生まれた度胸かな、ははは」
「度胸……」
「そうそう、男は度胸。ニルヴァンは、ただ微笑んでいればいいから」
「わかった。頼んだぞ……」
「任せてよ。絶対、大丈夫だから」
ニルドの目をじっと見て、自信満々に大きく頷いてみせた。絶対に大丈夫だと信じ込ませるのだ。すると、ニルドの呼吸が少し落ち着き、いくらか人間らしい顔色を取り戻す。それを合図に、作戦スタート。
「さあ、いくぞ」
ワンス・ワンディングは、詐欺師の天敵である騎士団本部に乗り込んだ。
―― さっすが騎士団本部~♪
ワンスは社会科見学のような気分で騎士団本部を楽しんだ。見取り図は頭に入っているし、金髪のような目を引く色を持っていないため、怪しまれることはない。
ニルドも段々と落ち着いてきたのか、カチコチだった歩き方も普通のそれになっていた。目的地である書簡庫に向かいながら、ニルドから質問を投げられる。
「結局、鍵はどうするつもりだ?」
この数日で騎士団の機密情報が保管されている場所をニルドが調べてくれた。すべての機密情報は書簡庫にまとめて置いてあるらしい。
しかし、書簡庫の鍵は騎士団長でなければ持つことを許されていない。騎士団は第一から第五までの五つ。すなわち、五人しか鍵を持っていないのだ。
ニルドから不安交じりに鍵の事情を伝えられていたが、彼の不安を蹴散らすように「大丈夫大丈夫~♪」と言うだけで、鍵をどうやって開けるのかは教えずに今日を迎えた。
「とりあえず扉を見たい。行ってみよう」
そう言ってニヤリと笑ったワンスは、とても伯爵家嫡男には見えない。ニルドは世の中には色んな伯爵家があるのだと一つ勉強をしていたことだろうが、目の前の男は詐欺師だ。本当に世の中は、勉強になることだらけだ。
書簡庫の扉は、重厚感あふれる鉄製の仕様だった。ワンスはそれをじーっと眺めて、鍵穴をまた眺めてから「なるほど~。さすが騎士団だな。よし、この手でいこう」と言う。そして、胸ポケットからドアと同じ色の鉄製の板を数枚取り出し、それを扉と枠の間にグイッと入れ込んだ。
「これで準備完了~♪」
「なにをするんだ? 無理やり開けるのか?」
「まさか。それは泥棒がやることだろ? まぁ見ててよ」
泥棒ではない詐欺師は、騎士団長の部屋に向かってスタスタと歩く。
「あー、いい天気。中庭がキレイなもんだなぁ。あ、あれが食堂か? あとで昼食を食べてから帰ろっと」
「信じられない程の度胸だな……」
「そうか? あ、そうだ。確認したいんだけど、騎士団長に会うときは名乗ったりするのか?」
「は!? 騎士団長に会うのか!?」
「そりゃ会うだろ。鍵は騎士団長が持ってるんだろ?」
「胃が潰れる……」
「ははは! ニルヴァンは部屋の外で待ってていいからさ」
騎士団長に会うときは所属だけ言えばいいということを教えてもらい、書簡庫から一番近い第四騎士団長の部屋に向かった。ちなみに、敬礼の仕方や騎士らしい立ち振る舞いは、二年前には完璧に会得している。なんの詐欺を働いていたのか気になるが、それはまた別の話。
コンコンコン
「入れ」
「失礼します。第一騎士団所属です」
「第一が何の用だ?」
ワンスは一歩近付いて、声を少し落として第四騎士団長に伝える。
「急ぎお知らせ致します。書簡庫の扉の鍵が開いたままになっておりました」
「本当か! マズいな……すぐに施錠にいく」
「お願い致します!」
第四騎士団長は焦った様子で書簡庫に向かってくれた。ワンスは、少し距離を取ってソロリとついて行く。さらに、その後をニルドも付いてきているようだ。
「ったく、どうせバーゼルダの野郎が開けっ放しにしたんだろ…」
ぶつくさ言いながら、第四騎士団長は書簡庫の鍵穴に鍵を入れて回し、鍵を抜いた後に扉をグッと引っ張って施錠したことを確認。そして、サッサと部屋に戻ってしまった。
第四騎士団長が去った後、すぐさま扉の前に立ち、ポケットから工具を取り出す。それを使って、書簡庫の扉と枠の間から鉄製の板を取り除く。扉の鍵は開いていた。
「まじか……開いてる……」
ニルドは驚いて目を見開いていた。ワンスは施錠してある扉を『開いている』と嘘を告げただけで、騎士団長に解錠させたのだ。
大体の人間は、目の前のドアの鍵の状態を確認せずに、まずは鍵を差し込む。最後に扉を引っ張って開かなければ『施錠した』と判断する。扉に金属板を挟み込んで開かないように細工をしておけば、実は解錠しているのに『施錠した』と思い込んでしまう。ワンスは、それを利用したのだ。
「五個も鍵があるってことは、五回もチャンスがあるってことだろ? 余裕余裕~。よし、ニルヴァンは見張りを頼む。ヤバくなったら逃げろよ?」
ニコリと笑って善良な人間を装い、ニルドを廊下に残して書簡庫に入った。扉を閉めた瞬間、その顔から笑顔を消す。
―― 国庫輸送は……こっちか
そう。ワンスは、レッド・ハンドレッドの情報なんか露ほども欲しくない。ハンドレッドが最重要犯罪者として情報統制されてるなんて真っ赤な嘘。そもそも、騎士団ごときが、ハンドレッドの情報をワンス以上に持っているとは思えなかった。ニルドに手引きを頼んだのも、全ては国庫輸送の資料を頭に入れるためだ。
目当ての資料を手に取り、速読よりも速く資料をバララララ……と眺めた。この速さでも記憶できるのがワンスの強みなのだ。内容を理解しながらも、写真のように保存ができる。この能力があったからこそ、彼は犯罪者になってしまったのかもしれない。
国庫輸送の資料を眺め終わり、扉の外を窺う。気配から察するに、まだ時間はありそうだ。他に面白そうなものを片っ端からバララララ……と眺めて、頭の中に保管する。
「ニルヴァン、終わった」
しばらく書簡庫を楽しんだワンスは、ピースサインで扉から顔を出す。ニルドはホッとしたような顔をしていたから、待っている間は気が気じゃなかったのだろう。
「なぁ、ところでバーゼルダって、どこの騎士団長?」
「バーゼルダ団長は第三だが……」
「おっけー」
またもや廊下をスタスタと歩いて、そこらへんにいた騎士を捕まえる。そして、こう伝えるのだ。
「書簡庫の扉が開きっぱなしみたいなんだ。さっき第三のバーゼルダ団長がいじってんの見たんだよ。あの人、よく開けっ放しにするらしいじゃん。悪いけど、バーゼルダ団長のとこに行って、施錠をお願いしてもらえないか?」
騎士は「そりゃマズいな……第三な、了解!」と、慌てて走り去る。ワンスはヒラヒラと手を振ってお見送り。嘘一つで施錠も完了だ。その横で、ニルドは「まじか……」と呟いていた。
「じゃあ仕事完了ってことで、食堂にいこうか」
「行かせるわけないだろ! サッサと出るぞ!」
「え? 俺は食堂に……」
「馬鹿! 早く帰るぞ!」
「え、もう?」
ワンスは食堂で昼食を取りたかったが、ニルドがそれを許してくれるはずもなく、引きずられるようにして騎士団本部から出されてしまった。
どうにも不満だったので「騎士団の食堂で食べてみたかった」と何度も文句を言っていたら、「騎士団弁当を今度買ってきてやる」とニルドが約束してくれた。それで何とか収めることにした。食い意地の張った詐欺師がいたものだ。




