24話 正しいだけでは君を真に救えない
ダッグ・ダグラスから情報を引き出したワンスは、早速お目当ての人物にアポイントメントを取っていた。もちろん、ニルド・ニルヴァンである。
「こんにちは、ニルヴァン郷」
「あぁ、ワンス・ワンディング郷。先日は取り乱してしまい申し訳なかった。ワンスと呼んでも?」
「ええ、もちろん」
二人は、フォースタ邸で向かい合わせに座っていた。しかし、フォースタ伯爵もフォーリアも席を外してもらっている。これから内密の話をしなければならないからだ。
「それで、詐欺事件の首尾は?」
ニルドは首を長くして解決を待っているのだろう。ソファから落ちるんじゃないかという程に、前のめりになっていた。
「フォースタ伯爵家を騙した犯人からさかのぼり、発端の詐欺師の情報を掴むまでに至ったよ」
事件の状況をサラリと告げると、ニルドは進捗の良さに驚いた様子だった。
『連動詐欺』という詐欺手法については、騎士団も認識していた。しかし、発端の詐欺師の情報を掴むことはなかなか難しい。というか実質不可能に近かった。ニルドは自身が騎士団所属だからこそ、ワンスの手腕に大きく驚いたのだろう。
「そこまで把握しているなら……」
ニルドが通報を勧めてくる気配を察知して、遮るように話を続ける。
「いや、騎士団への通報は考えていないんだ」
「なぜだ?」
「フォースタ伯爵の意向でね。旧知の友人のためを思っているのだろう」
ワンスが歯痒い気持ちを乗せると、ニルドは共感するように大きくため息をして頭を抱える。
「では、どうする?」
「ここから先は内密にしたい。ニルヴァン郷にもかなり危険な橋を渡らせてしまうことになる。ご覚悟は?」
「フォーリアのためなら何でもやる」
「それが、犯罪まがいのことでも?」
ニルドを射抜くように見る。彼はハッと息をのむようにして、ソファから落ちそうなほど前のめりだった身体を少しだけ後退させた。
「どういうことだ?」
「ニルヴァン郷は、レッドという詐欺師を耳にしたことは?」
「レッド……? いや、聞いたことはない。今回の犯人か?」
「やはり……ニルヴァン郷でも知らないのか。どうやら最重要犯罪者として情報統制がされているらしいんだ」
「情報統制……確かに、そういう事例は聞いたことがあるが」
ワンスは一つ呼吸をして、まるで苦渋の決断をしたかのように苦しい顔を作る。ついでに、拳を握りしめたりしてみた。
「結論から言うよ。騎士団が保有するレッドの情報を取得し、その全てを教えて欲しいんだ。そして、僕がこの手でレッドを追い詰める」
その申し出に、ニルドはブンブンと首を横に振る。即答だった。騎士として誇りと誠意を持って勤め上げているニルドにとって、それは当然の拒否なのだ。
「そんなこと出来るわけがない!」
「なぜ? フォーリア嬢のためでも?」
「……出来ない。国に背くことになる。無理だ。それに資料を見つけたとして、持ち出すことは不可能だ」
「なるほど……」
ワンスは難しい顔をして思案するように俯いた。そして、テーブルを指先でトントンと叩いて鳴らす。ニルドはその音がひどく焦れったい様子で、早口で「通報しよう」と言って続けた。
「やはりここから先は騎士団に通報するべきだ」
「いや……できない。フォースタ伯爵は、通報するくらいなら全てを諦めると言っているんだ。詐欺は非親告罪だろう、旧知の友人を牢屋に入れるわけにはいかないと……。よく考えられた詐欺手法だよ。連動詐欺の厄介な点と、我々は直面しているというわけだ」
「しかし……!」
「ニルヴァン郷の判断は正しいと、僕も思う。ただ、正しいだけでは彼女を真に救えない」
ワンスの言葉が刺さったのだろう、ニルドは悔しそうに口を結んでいた。今、彼は試されているのだ。国かフォーリアか。自己保身か愛する女か。どちらが大切なのか。人生は選択なのだ。
「一つ、提案がある」
ニルドの迷いを断ち切るように、ワンスはよく通る声で告げる。
「なんだ?」
「騎士団本部に僕が侵入する手引きをしてほしい。それならば、万が一、僕が偽物の騎士だと知られても、知らぬ存ぜぬで通せばニルヴァン郷に迷惑をかけないで済む」
「手引き……? どのみちレッドの資料は持ち出せないぞ? 持ち出せば、すぐに分かってしまう」
「僕なら持ち出せるさ」
ニコリと微笑んで、すぐそこに置いてあった新聞を手に取った。今朝、発行されたばかりの新聞だ。ワンスはそれをバッと広げ、パラリパラリと素早くめくり、全ページを眺めるようにして見終える。薄い新聞であるため、五秒程度だった。
「ニルヴァン郷、僕の特技を教えるよ。好きなページを少し読んでみて?」
「新聞の?」
ワンスが頷くと、ニルドは首を傾げながら適当に新聞を開いた。
「じゃあ……北通り銀行に」
「北通り銀行に、一昨日窃盗犯が侵入。現金52,940ルドを盗み出した疑いで男性二人を第三騎士団が捕縛した。犯人はハンニ・ハンスト五十三歳、及びセット・セツバンド四十九歳。二人は王都で取り調べを受けた後、第三騎士団の北駐屯地に輸送される予定……どう?」
「合ってる! 一言一句、合ってた。どういうことだ?」
「一度見たものは忘れないんだ。瞬間で記憶できる。異常に記憶力がいいってこと」
何でもない風に肩をすくめて言うと、ニルドは「凄すぎる……」と素直な感想をこぼして、目玉をまん丸にして驚いていた。
「だから、ニルヴァン郷が手引きさえしてくれたら、僕がレッドの資料を探し出し、その場で見る。持ち出す必要もないし、書き写す必要もない。これが一番リスクが低い。どうかな?」
それでもニルドは迷っているのだろう。当たり前だ、部外者を偽の騎士として本拠地に招き入れ、しかも国が情報統制している資料を見せるだなんて。犯罪まがいというか、ガッツリ犯罪だ。
「駄目だ。悪いが……出来ない」
ニルドは目を瞑って、絞り出すように断ってきた。すると、ワンスは「わかった」と一言告げて部屋を出る。
―― 度胸のねぇ男だなー、ったく
度胸しかない詐欺師である男は、舌打ちをしながら廊下をズカズカと歩く。今日、フォースタ邸にニルドを呼んだ理由はここにあった。
「フォーリア、来い」
キッチンにいたフォーリアを小声で呼ぶと、彼女はトトトト……と小走りで集合。
「内緒話ですか? ふふふ」
「相変わらず呑気なやつだな……これから俺の言うことに従え」
「はい! 仕事のパートナーとしての仕事ですね、了解です!」
「……まあなんでもいいや」
手短にフォーリアに仕込みを入れ、二人で応接室に戻る。扉を開ける直前、彼女の顔にタマネギ汁入りハンカチを押しつける。まるで拉致するかのような唐突なハンカチに、フォーリアは「うぐっ!」とこぼしていた。
「目が痛いです……!」
「泣け」
「あ゛い゛」
抜群のタマネギ具合によって、フォーリアのクリクリの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。そして、ワンスが扉をそっと開くと、ニルドとフォーリアの目がカチリと合う。もちろん、ニルドは「フォーリア!?」と大きく飛び上がった。たぶん二メートルは飛んでいた。
「ななななんで泣いてる!?」
「ニルド……(玉ねぎが)ツラい……」
フォーリアはそう言いながら、必殺・上目遣いでニルドを見つめてくれた。監督のワンスは、その様子にご満悦。
「ニルド、助けて……」
涙をポロリと流しながら懇願するフォーリア。ちなみにフォーリアは、何のことだか分かっていない。『ニルドタスケテと言え』と指示されたから、呪文のようにニルドタスケテと言っているだけだった。
「ワンス! さっきの話、受ける!」
「ナンダッテ!?」
「早めにやろう、すぐに! フォーリアのために!」
「そうしよう。ならば、得た情報を漏洩しないという秘密保持契約を僕と結ぼう。僕のサインは既にしてある。契約書だ、サインを」
「わかった」
国とフォーリアの天秤が、カターンと快活な音を立てて傾いた瞬間だった。国に勝った女、フォーリア。
サラサラと契約書にサインをするニルドを眺めながら、ワンスは顎で『サッサと消えろ』とフォーリアに指示を飛ばす。彼女は不服そうな顔をしながらも、従順にキッチンに戻っていった。
ニルドがサインを書き終える頃にはフォーリアの姿はなく、「あれ? フォーリアは?」と廊下に出ようとしていたので「化粧直しだろう」と適当にごまかしておいた。
「さあ、詳しい手筈を相談しようか!」
ワンスのとてもいい笑顔と共に、ワンスとニルドの『唯一無二チーム』が発足したのだった。




