22話 餌をあげて繋いでいたい
恋と詐欺。
二つは良く似ている。
容易なのはどっち? 難儀なのはどっち?
手に入らないと思っていたら、いつの間にか手の中にある。手に入れたと思ったら、スルリと逃げていく。
そそのかされたり、誘われたり、踊らされたり。
騙した、騙された? 奪った、奪われた?
さて、嘘か本当か。どちらかな。
「ファーイブル♪」
「うわ……すげぇご機嫌だな、気持ち悪っ。なになに? 青い春? 恋でもした?」
「はぁ? 俺は詐欺師だ。恋なんてするわけねぇじゃん」
「じゃあ ダグラス?」
「そう」
ワンスがニヤリと笑ってみせると、ファイブルは銀縁眼鏡をかけ直した。
「ワンス、教えて! おねがい!」
それには答えず、グラスを傾けて楽しそうにクルクルと回す。思い出し笑いで、クスクスと声が零れる。
ファイブルは「ちっ」と小さく舌打ちをして仕方無さそうに頬杖をついていた。
「あぁ、そうだ。ファイブルに聞こうと思ってたんだけどさ、ダッグ・ダグラスってハニトラの引っ掛かり歴ある?」
「あー、女好きだけど侯爵家の次男坊だからなー。ハニトラまではいってないはずだ。高位貴族だし、金持ちだし、割とモテるし耐性もあるんじゃねぇの?」
「割と、モテる……?」
フォーリアのゴシゴシ嫌がり具合を見てしまったワンスにとって、ダグラスは可哀想で残念な男という印象しかなかった。ゴシゴシゴシゴシ、ワンスが上書きするまでずっと擦っていたくらいだ。
となると、ダグラスにとって、フォーリアは別格だったということか。確かに容姿は抜群に良いが、中身がちょっと……一般的な男にとっては、イタダケナイのではないか。
「フォーリアがすんなりとダグラスを釣ったんだよ。ハニトラ被害者代表かと思ったんだけど」
「フォースタの子は綺麗って噂だもんな~。ダグラスのど真ん中だったんだろうな」
―― フォーリアの利用価値か……
184回の特訓を思い出して、やはり苦笑いしか出なかった。
「いやー、でもなぁ。フォーリアを使えるようにするのは、なかなか厳しいだろうな」
「見限るには、まだ早いんじゃね? 俺だったら訓練して使えるように仕込むけどなぁ、楽しそう~♪」
「そうなんだよなぁ。まあ一応、餌はまいてるけど……難い」
「餌って? え~? まさかまさかの卑猥なこと~? ワンスにしては珍しいな。そーゆーのやんないじゃん」
「お人形遊びみたいなもんだよ」
この男、最低である。そうなのだ、ワンスにとってはキスも抱擁もフォーリアを繋ぐための餌みたいなものだった。まるでオモチャのお人形で遊ぶみたいに、トテチテタクルリクルリと踊る彼女を見て楽しみつつ、餌を渡していただけ。
二人の仲が進展していると、どえらく期待しているだろうフォーリアが気の毒でならない。最低な詐欺師だ。
「ふーん? 使えない子なのに、餌まであげて繋いでおく必要性あんの?」
「ある」
「えー、分からん! ヒントヒント!」
「じゃあ第一ヒントな?」
突然、謎のクイズ大会が開かれた。本当に仲が良い二人なのだが、悪ノリがノリノリなのだ。
「フォーリアのことが大本命の男」
「え……ワンス? うぉ! いってぇな、蹴るなよ!」
テーブルの下でファイブルを思いっきり蹴ってやった。靴の踵の硬いところで思いっきり。お行儀が悪い。
「第二ヒント、金髪」
第二ヒントを聞いた途端、ファイブルの顔がぱぁっと輝く。瞳がキラキラと輝き、銀縁眼鏡に反射する。彼にとっては、大層面白い情報なのだろう。
「え、え! ニルドってそうなの!? フォースタの子が大本命なの!? お気に入りって聞いてたけど、まさかの本命?」
「そう。大本命だな、あれはヤバい」
「どれくらい?」
「一方通行なのに、18,000ルドをポンと出せるくらい」
「わお、やべぇな……」
ファイブルは身体を震わせて腕をさすっていた。ワンスは共感して深く何度も頷く。
「するってぇと、ワンスがフォースタの子を餌で繋げて、フォースタの子を使ってニルドを繋ぐってこと?」
「そう。繋がれ友達の輪~♪」
「えげつない! だがそれがいい!」
「お前も繋がってみるか?」
「うーん、楽しそうだけどなぁ、ニルドちゃんのお守り役も続けたいしなぁ」
「両立すればいいじゃん」
「俺さぁ、ニルドの前では『へえへえ何でもやりますよ』って猫かぶってんだよ。へえブルって呼んでくれ」
「へえブルw」
「へえブルのこと、結構気に入ってるキャラなんだよ~。でも、ニルドと長いこと一緒にいて猫かぶり続ける自信ないしぃ」
「ま、気が向いたら友達になろうぜぇ」
「で、友達なんか増やして何すんの?」
ワンスはにんまり顔で答える。
「国庫輸送の情報掴んで~」
「……お?」
「レッド・ハンドレッドとやり合う」
「……ま?」
「へえブルはどうする~?」
「俺は商家の跡取りよ? やるわけねぇだろ。すげぇな、骨は拾ってやるよ」
「よろしく」
ワンスがピースサインを見せると、ファイブルはそれを平手打ちで叩いてくれた。




