表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/111

20話 運命の出会い【ワンス vs ダッグ・ダグラス】



「あぁ……髪は茶色、瞳は黒くて特徴がないんだ。ただ、暗いところで会ったとき、瞳がやたら赤く見えたんだ。そのせいか、レッドと名乗っていたが」



 庭園の茂みの中で、ワンスは口の端を上げて笑った。ダグラスの言葉を聞いた瞬間、胸が大きく高鳴ったのだ。



 レッド・レドルド。

 またの名を、レッド・ハンドレッド(100の男)



 ここ二年ほど、界隈を騒がせている新星の若い詐欺師だ。画期的な詐欺手法を百種類は生み出したことから、賞賛の意味を込めてハンドレッドと呼ばれるようになった。


 好奇心旺盛で強欲、富と名声が大好きな男。活躍は王都だけでなく地方にも及び、稼いだ額はたった二年で一千万ルド以上という噂もある。


 間違いなく大物詐欺師だった。運命の出会いだ。


 この日、花が咲き乱れる美しく華やかな庭園の、暗くジメジメした茂みの中で。


 稀代の詐欺師同士の騙し合いが、静かに始まったのだった。




 フォーリアが大声で『お手洗いにイッテキマス!』と宣言してから五分後。茶髪のカツラを被り、真面目そうな眼鏡をかけたまま、ワンスは音もなく茂みの中から出る。服についていた葉っぱをパパッと取り除く。

 そして、葉っぱを一枚だけ目立つようにそっと肩に乗せて、ダッグ・ダグラスの前に立った。


「こんにちは、ダッグ・ダグラス郷」


 ダグラスはワンスに見覚えがないのだろう。訝しげに睨んでくる。二人の間に、寒々しい風が通り抜けた。


「誰だ?」

「ああ、そちらは初めましてか。いつも見てましたよ」

「見ていた……?」

「どうも、レッドのオトモダチです。たまたま、あの女を見張るように仰せつかってね」


 フォーリアには極力嘘を付かせないように『同じ被害者』という立場を取らせたワンスであるが、彼自身が仕掛けるならば被害者のフリなどしない。発端の詐欺師の仲間のフリをする。それをダグラスに信じさせて、情報を引き出すのだ。

 この場合、ダグラスは情報を漏らしていることを自覚できない。『相手が元々知っている情報なのだから』と、人はスルリスルリと話をしてしまうものなのだ。



「マリアを見張っていたのか……?」


 ダグラスは、少し地面に視線を落としていた。


「そうさ。そうしたら二人でいい雰囲気だったものだから、いやぁ驚いたよ。あの女、いい女だよねぇ。レッドには、なんて伝えようかな?」


 たった今気付いたように、肩についた葉っぱをそっと取る。ダグラスに見せつけるように地面に落とした。ずっと見ていましたよ、というメッセージだ。


「待ってくれ! 違う、彼女も詐欺を働いたんだ。だからこちら側だ」

「知ってるさ。だから僕が見張っていたんだからね。レッド・ハンドレッド、あぁ君にはレッド・レドルドと名乗ったかな? 彼は、お仲間同士で(つる)むのは……どうだろう、あまり好まないと思うなぁ」


 肩をすくめて軽く小首を傾げる。しかし、視線だけは鋭く刺す。ダグラスは肩を震わせていた。


「ダグラス郷、あの女に何を話したんだい?」

「……レッドという名前と会った場所だけだ! そもそも、僕だってレッドのことはほとんど知らない。彼女だってレッドには会っている、問題ないだろう?」

「それを判断するのは、他でもないレッド本人さ。あのことは言ったのか?」

「言えるわけないだろ! もしあんなのを流したってどこからか漏れたら……」


 ―― あんなのを流した……? 何を流した?


 ワンスは、さも全て知っているかのように話を進める。


「ダグラス郷が流してくれて、レッドはお気に召した様子だったけどね」


 ダグラスは「はぁ」と深いため息をついた。


「……なぁ、大丈夫なんだろうな?」


 そして、怯えたような表情で問いただしてくる。やっと現れたレッドの関係者に(すが)るような……そんな目で見てくる。この様子からすると、彼はレッドと自由に連絡を取れないのだろう。


 一体、レッド・ハンドレッドに何を流したのか。きっとあまり良くないものなのだろう。ひどく不安がっているようだった。


「なにがそんなに不安なんだ?」


 ワンスがサラリと聞くと、ダグラスは眉をひそめて小声で詰め寄ってくる。


「レッドが秘密裏の調査のために必要だって言うから渡したんだ。詐欺の件を黙ってる代わりに寄越せって……。あいつ、王城文官だって言ってたけど、伝手を使って調べたらレッドなんて文官はいなかったぞ!? 取られた金よりも資料の方が気になって……。なあ、あんなの何に使うんだ? 犯罪じゃないよな?」


「心配症だなぁ、大丈夫だよ。まあ、君の言うとおりレッドというのは本名ではない。そして、確かに彼は文官でもないが、そんなに心配することではないよ」


「文官ではないなら、レッドは何者なんだ?」

「ははは! それをしゃべってしまったら、僕がレッドに怒られてしまうよ。詳しくは僕も聞かされていないしね。君が渡した資料をちょっと思い返してみればわかるんじゃないか?」

「そう言ったって、ただの全領地の収入の資料だぞ? 後は、日程とか」


 ―― 全領地収入の資料……? 日程?


 瞬間、ワンスは頭の中の全ての記憶を呼び起こす。


 ―― 全領地収入とダグラス侯爵?


 まるで脳内を検索するかのように、全ての情報が駆け巡った。これも違う、違う、違うと凄い速さで関係ないものを避けて行った結果。


 二年前に見た新聞記事、一年半前に見たゴシップ記事、五年前に偶然見た地方院の資料の三つが引っかかった。それを繋げると、レッドの狙いが一瞬で理解できてしまった。


 ―― そうか、国庫輸送か! すげぇとこに手出すな!


 国庫輸送とは、その名の通り、国の金を輸送することを言う。地方の税収を、王都に運び入れるのだ。


 レッドの狙いが国庫輸送の詐取(さしゅ)だとするならば、フォースタ家が巻き込まれた連動詐欺は、ダグラス侯爵家の人間であるダッグ・ダグラスの弱みを作るためだけに仕掛けられた罠であったのだろう。


 ダグラスに詐欺を働かせること自体が目的で、それをネタに彼を強請(ゆすり)、国庫輸送の情報を抜き出せば、それで目的達成。

 どうりでスタンリー(旧知の友人)フォースタ(フォーリア父)の間で成立した連動詐欺が、杜撰(ずさん)なわけだ。ダグラスから先の連動詐欺なんて、レッドにとってはどうでも良かったのだ。


 ワンスの中で、全てがカチッとはまった心地がした。もう少し情報を引き出すべく、『国庫輸送』というキーワードで話を続ける。


「僕にも国庫輸送の資料を見せてもらいたいもんだな。残念ながら、あまり聞かされてないんだ。所詮は、レッドの駒ってことさ。駒をやって良かったことと言えば、いい女の見張りが出来たことくらいだ」


 ウインク一つでおどけてみせると、ダグラスの表情が少しだけ緩まった。ペラペラと話し始めてくれる。


「残念だけど、レッドに渡したメモしかないんだよ。普段は騎士団本部に保管されてる資料だからな。たまたま親父の書斎にあったのを所々書き写しただけだ」

「あぁ、そうだったね。半年後の輸送日程とか?」

「そう。あとは輸送される全領地収入の金額だけさ」

「レッドがもう少し詳しい資料を見たがってたな~? どうだ、一枚噛むか? 騎士団本部から持ってきてくれたら、きっと見返りがあるはずだ」


 ダグラスは首を横に振る。


「……いやだ、もうやらない。なあ、僕が詐欺を働いたって話は……」

「分かってるさ。お口にチャックはマナーだからね。お互い様だろう?」


 ワンスは『こっちだって詐欺加担を知られたら困るんだ』というような表情で微笑む。ダグラスも安心したようにホッと息をつく。


「あぁ、そう言えば。ダグラス郷には悪いが、さっきの女はこっちで引き取る。この後、詐欺の件で少し用事があるんだ」

「おい、マリアに何かしたら……」

「大丈夫、分かってるさ。僕は見た目通りの紳士だからね」


 ヒラヒラと手を振って、ダグラスの前から去った。

 


 そして、庭園を出てすぐに郵便屋に入る。マリアを装って、女性らしく愛らしい字で丁寧に手紙を書きあげた。内容は、別れと口止めの手紙だ。『お金がないから田舎に引っ越します。身の危険があるため、お会いしたことは誰にも言わないで』と。そのまま、ダグラス侯爵家に送っておいた。


「三十分くらいか? 運命の出会いだったのに、短い恋でさぞかし残念だろうな~」


 ちょっとだけダグラスに同情しながら、フォーリアの家に向かった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 「国庫輸送」… 糸のいと様の作品のどこかで目にしました それが、俺詐欺なのか他作品だったのかの記憶がありません どこでしたっけ… 詐欺パートがガチすぎて若干引いています… 嘘です、引くべき…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ