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18話 君の美しさにはどの花も負けてしまう(前)【フォーリア vs ダッグ・ダグラス】



 その日、ワンスは茶髪のカツラを被り、真面目そうな眼鏡をかけ、フォーリアを尾行していた。ダッグ・ダグラスとフォーリアが接触する日だからだ。尾行というか、お目付役だ。


 ミスリーの方は、ダグラスとマッチをしたものの、発端の詐欺師の情報は得られなかった。ミスリーいわく『顔はまあまあだけど、中身がすっごい気持ち悪い男だったわ。ネチネチ系ね! 好きなものとか趣味とかは一応聞いてきたけど~』と、ダグラスの個人的な趣味嗜好の情報をゲットしてくれた。


 一方、フォーリアの特訓は……コホン。キス以外の特訓は何回もしたが、勝負は五分五分だと、ワンスは判断していた。


 ファイブルが言っていた『賭事』の方でダグラスの口を割らせることが出来ればラクだったのに……! 苦虫を噛み潰す。詐欺師にとって、賭事で大きく勝つことなど容易いのだ。


 ―― あー……不安しかない


 最悪は割って入って、どうにかしようとは思っているが。


 そんな不安を知らずに、渦中のフォーリアはカフェの前に立っている。ダグラスが来るのを待ちながら、そわそわキョロキョロと財布を探すフリをしている様子だ。

 どえらい美人が困っているという絵面。当然、ダグラス以外の男性客も声をかけてしまう。メンズがホイホイと引っかかる奇跡。


 ―― ったく、あいつ何やってんだよ……! 軟派だ、軟派! 他の男を連れてたらダグラスが引っかかんねぇだろうが、蹴散らせ!



◇◇◇



 ―― 茶髪に紫色の目。茶髪に紫色の目。頑張らないと! ゴー! フォーリア!


 その頃、フォーリアはダグラスの顔を見分けるのに必死だった。絵姿は見せてもらったものの、興味のない男の顔を覚えていられる自信はなかった。


 とりあえず、ワンスの指示通りに、財布を探すフリをしてオロオロキョロキョロとする。店に入る茶髪の男性をチラリと見ていると、他の男性客から声をかけられる。


「あの、どうかされました? ずいぶんとお困りの様子ですが」

「え! あ、あの……」

「……う、美しいっ! 僕でよければお力になります」

「あ、あの、お財布を探してまして」

「財布……なるほど。でしたら、休憩がてらお茶でも飲みましょう。その後に、一緒に探してさしあげますよ。さあさあ!」


 軟派の男性客は、フォーリアの腕を引っ張ってくる。男性客と一緒にいたのでは獲物(ダグラス)を釣ろうにも釣れるわけはない。フォーリアだって、さすがに分かっていた。

 どうしようどうしようと焦りながら、何とか腕を離して貰おうとゴニョゴニョ抵抗をしてみるが、効果なし。作戦失敗かと思われたそのとき、それを止める紳士が現れた!


「嫌がる女性に無理強いをするなんて、紳士とはいえないな。その手を離したまえ!」


 もちろん、ワンスが助けてくれるなんてことはなく、それは別の人物だった。


 ―― あ、茶髪に紫色の目! ダッグ・ダグラス!!


 驚くことに、ダッグ・ダグラス本人がどーんと釣れた。さすが美貌は一級品のフォーリア! ダグラスの好みど真ん中!!


 隠れて見ていたワンスは「まじか……すげぇな」と、かなり驚いていた。




「あ、あの、ありがとうございます」


 思わぬ幸運。フォーリアは緊張しつつ、もじもじと挨拶をする。それが恥じらっているように見えたのだろう。ダグラスは満更でもない様子で、自己紹介をはじめた。


「ダグラス侯爵家のダッグ・ダグラスだ。危ないところだったね、怖かっただろう?」

「え? え、あ、はい。とても怖かったです……」


 実際、危ないとも怖いとも思っていなかった。ただの軟派だ。


「……もしよければ、僕とお茶でもどうかな?」

「え! 宜しいのですか!? 嬉しいですわ!」


 ターゲットからの有り難いお誘いに、フォーリアは『やったー!』と心の中で飛び上がる。ニコニコと笑って頷いた。


「ぐっ!! か、かわいい……!!」


 それがまさか、ダグラスにぶっ刺さるとは誰が予想しただろうか。陰で様子を見ているワンスに聞こえるくらい『グッサリ』と刺さった音がする。

 きっと、ワンスは『どえらい簡単なやつだな』と思っていることだろう。


「名前を、お聞かせ願えますか? 麗しいレディ」

「は、はい。マリアと申します」


 ニコリと微笑んで淑女の礼で答えると、ダグラスは「マリア……美しい」と呟いていた。


 突然のマリア。これは念のための偽名だ。

 フォーリアは社交に顔を出していない。金がなくてドレスも買えやしないからだ。フォースタの家名さえ出さなければ、正体がバレることはないだろう。


 もう少し言えば、そこに関してはニルドに止められていた。夜会やお茶会などに出席する機会、それらすべてをニルドに潰されていたのだ。さすがのライフワークである。

 そのため、フォースタ伯爵家には綺麗なご令嬢がいるらしいと噂は立つものの、実物を知っている人間はあまりいなかったのだ。都市伝説的な扱いを受けているのが、フォースタ伯爵家の一人娘であった。



 そうして、ダグラスのエスコートでカフェに入り、二人は()()をテイクアウトした。


 そう。フォーリアは第一関門を突破したのだ! なんとも簡単だった。これでノーブルマッチの予定はキャンセルされるはず。すなわち、フォーリアは、ダッグ・ダグラスにかなり気に入られたということだ。

 紅茶を片手に店を出てくる二人を見ていたワンスも、「よし!」と手を叩いていた。気分は授業参観の保護者かな。



「マリア。天気も良いし、テラス席で飲もうか」

「そ、そうですわね……あ!」


 偽名とはいえ、いきなりのマリア呼び。それに驚いて、うっかりと頷いてしまいそうになるフォーリア。そこでワンスの指示を思い出す。ギリギリセーフだ。


「どうかしたのかな?」

「えっと、私、庭園が良いですわ!」

「庭園」

「ぜひ、庭園へ参りましょう!?」

「そ、そうかい? では、庭園にいこうか」


 ダグラスは、何やらソワソワとしている様子だった。きっと、なんて積極的なんだ、と思ったのだろう。庭園なら……もしかしたらキスくらい出来るかも。浮き足立つ彼の気持ちを考えてみてほしい。


 もはやフォーリアレベルの一級品ともなると、貞淑とか清楚とかどうでもいいというのが、男の実情なのだった。






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マシュマロ

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