16話「お前の処女の使い道は俺が決める」
「いらっしゃいませ、ワンス様!」
「あ、あぁ……どうも……?」
フォースタ邸を訪れると、彼女は泣きはらした目で出迎えてくれた。赤い目の状態に似つかわしくない、精一杯の笑顔が添えられている。
―― え、なに? なんでこんな顔に?
ダグラスとのマッチ打診をする前なのに、すでに泣いた後とは。さすがに少し動揺する。
しかし、まとう雰囲気は暗くなかった。いっそのこと暗くどんよりとした雰囲気と泣きはらした目のセットで統一してもらいたいところだ。逆に気になるじゃないか。
「えーっと……フォーリア、なんかあったか?」
恐る恐る聞いてみると、フォーリアは肩をビクッとさせて「いえ、ナニモアリマセン!」と言う。その分かりやすい嘘に、少しだけイラッとする。
―― お前ごときが、嘘ついてんじゃねぇよ
はい、最低である。
とは言え、別に何かを言ってやろうとかは思わない。彼女が嘘をつくならそれはそれでいい。詐欺師に嘘をつくということがどういうことか教えてやりたい気持ちも無くはないが、相手はド素人。目くじらを立てる程ではない。
「そう。ならいいけど」
それだけ言って、スタスタとダイニングに向かった。他人の家とは思えない振る舞いだったが、もう猫被りはやめたから色々どうでもいいのだ。
夕食は、それはもう美味しかった。このまま毎食のように作ってもらいたいと思ってしまう程に、ワンスの舌と胃袋にベストマッチしている。美味い。美味すぎる。悔しいが、美味い。
フォーリアは明るい雰囲気ではあったし、パクパクと料理を食べていた。時折、ニコニコと笑いながらおしゃべりをしていたし、泣くほどの何かがあったとは思えなかった。
しかし、いつもよりはすこーしだけ大人しいような気がする。ワンスはすこーしだけ気になった。いつも元気なやつが静かにしていると、何となく気になるものだ。
―― さて、どうするかな
夕食が終わって、もうそろそろ帰るかなという時間。食後の紅茶も飲み終わり、ダイニングのテーブルの上には、ロウソクと空のカップが二つだけ並んでいた。
ダグラスの件をどうするか、少し悩む。泣いただろう彼女をもっと泣かせてしまうかもと思うと、今日じゃなくてもいいかなとか、ミスリーの結果が出てからにするかなとか。彼にだって、それくらいの良心はあった。
でも、良心はそこにあっただけだった。
「フォーリア、お前って処女?」
ワンスはワンスだった。ダイニングテーブルを挟んで向かい合い、前触れもなく、いきなりのコレ。良心はあっても、詐欺師は詐欺師。あんまりそれは機能していない。
「え!? ななななな!?」
フォーリアは顔を真っ赤にして、空のカップを倒していた。ガチャンカランガチャン。こんなに顔が真っ赤になる生物がこの世にいるとは驚きだ。
―― こりゃダメだな……
カップの転がり具合を見て、ダグラスとフォーリアのマッチは早々に諦めた。
しかし、考えてみてほしい。好きな相手に『処女か?』と問われて動揺しない女性などいるだろうか! あのミスリーだって、ニルドが相手なら顔を赤らめるくらいはするはずだ。たぶん。
「ワワワワンス様! なんてことを言うんですか!?」
真っ赤な顔で詰め寄るフォーリアを、どうどうと手で抑える。
「落ち着け。ダッグ・ダグラスは女に弱いんだよ。だから、ちょっと一発ヤって貰って口を割ってもらえたらなーって思っただけ」
「いっぱ……!? 言い方! 言い方がヒドいです、軽いです!」
「だから落ち着けって。フォーリアには無理ってことがわかったからいいや。他に頼るから」
「他に、頼る……?」
彼女は固まった。そして「ホカニタヨル、ホカニタヨル」と呟いているではないか。ちょっと目が怖いんですけど。
何度か呟いて、突然、グイッと顔を寄せてくる。珍しいことに、ものすごく怒ったような顔をしている。怒りというより、闘争心に近いものがバチバチと飛び散っていた。
「他の女性に、負けられません。そのダグラスって人をどうにかすればいいんですよね? わかりました、私に任せてください」
「……お前、誰と何を競ってんだよ」
「だって! だって……ワンス様の愛はミ……、その、あの、愛する女性のものじゃないですかぁ。だから、仕事のパートナーは、私が一番になるって決めたんです。今日! さっき!」
「は? シゴトノパートナー?」
呆れが礼に来るとは、こういうときに使う言葉なのだろう。愛する女性がいるなんてことを言ったがために、こんなにも拗らせてしまったお馬鹿なフォーリアに驚いてしまう。仕事のパートナーなんていたこともなければ、作る予定もない。いつの間にか、彼女はワンスの仕事のパートナーになった気でいたらしい。
一周回って、ワンスはひどく心配になった。主に、彼女の頭が。
「お前って、本当に馬鹿だな……? 大丈夫か? 生きるの辛くないか?」
「ぐっ!! 失礼ですよ! なんか分かりませんが、やってやります、どんとこいです!」
「へぇ? じゃあ好きでもない男に処女捧げて詐欺師の情報を教えてもらうってことだな? 面白いじゃん」
意地悪にニヤリと笑って、全力で見下してやった。こちとら、お遊びでやってるわけではない。お前にそんなことできるわけないだろうと、視線も態度も言葉も使い、ワンスの全身で事実を叩きつける。ロウソクの炎ですら、小馬鹿にしたようにゆらゆらと動いていた。
「しょ……!? ささげ……!? そんなことしなくても、お願いすれば教えてくれます」
「ほう? オネガイねぇ?」
「私、ダグラスという人に会います。もし私が上手くやって、その人から詐欺師のことを教えて貰えたら……」
―― お? 交換条件を提示してくるか?
「教えて貰えたら、なんだよ」
「ワンス様の……」
「俺の?」
「ワンス様の、仕事のパートナーにしてください!」
―― って、そこは結婚じゃねぇのかよ
フォーリアの馬鹿さ加減にめまいがした。呆れ返る。今までの流れだったら、そこは結婚を条件にするのが定石だろ……と。甘い、甘すぎる!
―― ……あれ? そういえば、今日は言ってこねぇな
ワンスはそこで気づく。いつもは会ったら開口一番、毎分毎秒ごとに大好きだの結婚してだの言ってくるフォーリアだが、今日は何も言ってこない。正直なところ一々断るのも面倒だったし、言われないこと自体は万々歳なのだが。泣きはらした目といい、ワンスに関わることで何かあったに違いない。
―― で、急に仕事のパートナーになりたいと。どういうことだ?
自分に関することだとすると、やはり何となくは気になるものだ。ワンスはスッと立ち上がり、フォーリアの前に立った。彼女のことだ。近付いて見つめれば、きっとデロデロに溶けて、本当のことを吐くに決まっている。
少しずつ顔を近付ける。フォーリアの心の内側を読むように、少しずつ顔を寄せ、鋭く睨む。すると、なんと! フォーリアは負けずに必殺・上目遣いを決めてきたではないか。
―― 今日は、やけに突っかかってくるな……?
また少し、苛ついた。
夜。二人きり。
キスができそうな距離で睨み合う二人。
窓の隙間から風がスルリと入ってきて、ダイニングテーブルの上に灯されたロウソクを軽く揺らす。その灯りの揺れに従うように、フォーリアの頬は少しずつ赤く染まってくる。ワンスに見つめられ、二人の視線が絡まって、彼女の目は熱を帯びたようにとろんとしていた。
―― 簡単なやつ
もし……今、ここで彼女に触れたら、それだけで溶けてしまいそうだった。ただ見つめただけ、それだけなのに。
彼女の瞳も頬も指先も、その全身でワンスのことが好きだと伝えてくる。好きだの結婚したいだの、そんな言葉なんてなくても、言葉以上に伝わるものがあった。
「……分かった。やってみろよ」
ため息交じりに、そう言って視線を解いた。考えなしにダグラスとの交渉を了承したわけではない。
フォーリアを間近で見て思ったのだ。確かに身体を繋がなくても、フォーリアほどの一級品、しかもダグラスの好みど真ん中ならば、簡単に口を割らせることができるのではないかと。下手に身体ありきにするから、彼女は『使えない』判定になってしまうが、身体を抜きにして利用するならば『非常に価値あり』になるのでは、と。
「え! いいんですか!? 本当に?」
「あぁ、そのかわり俺の言うとおりにやれ」
「は、はい!」
「もし失敗したら……そのときは、お前の処女の使い道は俺が決める。分かったか?」
暗に『初心な生娘が好きな金持ちじじいに超高値で売られると覚悟しておけ』と告げたのだ。鬼畜である。フォーリアが理解しているかは定かではないが。
彼女は嬉しそうに笑って「はい! がんばります!」と言う。
その笑顔を見て、ワンスは思った。不安しかないって。
読んで頂き、ありがとうございます。
こんなヒーローですみません…。