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13話「恋人ではないよ、上手くいかないんだ」



 ニルドが帰宅した後も、フォーリアは沈んだままだった。


 しばらく膝を折って打ちひしがれていたが、そのうちソファに座り直して、一点を見つめて泣くのをグッと我慢しているようだった。口を真一文字にして目を見開き眉を寄せる、まさに変な顔だ。


 ワンスは紅茶を飲みながらソファの肘掛けに頬杖をついて、その変な顔を真正面から眺めていた。もはや観賞だ。


 ―― 変な顔、笑える……! いつまで落ち込んでるんだろ、こいつ


 最低である。『そんなにワンス・ワンディングが好きかねぇ』とワンス・ワンディングである本人は少し呆れる。

 そうやって三十分くらい経っただろうか。もうすぐ十五時になるかなというところで、彼女は闘志を燃やし出す。どうやら気持ちの折り合いがついてしまったらしい。


「ワンス様! 私、諦めません!」

「……元気がいいね」

「好きです! 結婚してください!」

「……ははは」

「ワンス様に愛する女性がいても、諦めません! まだ婚姻は結んでないんですよね!?」

「うーん、まあ、そうなるね」

「何がきっかけで好きになったんですか!?」

「え? えーっと、まあ、いわゆる一目惚れかなぁ」

「どういうところが好きなんですか!?」

「ぇえ……? あー、僕には無いものをたくさん持っている……ところかなぁ。そうそう、そんな感じ」


 答えを考えるのすら面倒で、昔どこかで聞いた話をそのまま流用するという誠意の欠片すらないテキトーを発揮していた。


「恋人関係なんですか?」

「グイグイくるね」


 ワンスはちょっと考えた。ここで恋人がいると言ってしまうと、どこかで恋人役を用立てる必要が出てきそうだ。それは激しく面倒だ。


「恋人ではないよ、上手くいかないんだ」


 というわけで、こんな回答にしておこう。すると彼女は顔を輝かせる。正直、やっちまったと思った。


「まだ勝ち目はありますね!」

「うーん、それはどうかなぁ」

「私、絶対諦めません! 結婚してください!」

「……あのさ、フォーリア嬢は、」


 コンコンコン コンコンコン


 そこで、玄関のドアを叩く音が聞こえた。客が来たのだ。大抵の場合、来客というものは良いところで邪魔をするように現れるものだ。

 



 十五時ちょうど。元々約束をしていた訪問客がフォースタ家に訪れた。詐欺の加害者Bである旧知の友人・スタンリーだ。


 ちなみに、約束の時間は十五時だったのだが、十二時にはフォースタ家に来ていたワンス。フォーリアから昼食を作るから早めに来ないかと誘われたのだ。美味しいご飯に(あらが)えず、ついつい誘いを受けてしまった。金欲八割・食欲二割が仇となった。


 昼食後、スタンリーが来るまでの間に、ニルドの訪問があったというわけだ。結局、8,000ルド儲けたから良かったのかもしれないが。


 ちなみに、昼食もとんでもなく美味しかった。正直、胃袋だけはフォーリアに掴まれていると言ってもいい。思わぬ副産物だ。



「スタンリー! よく来てくれた、会えて良かった!」

「フォラン……」


 親友であるという二人は、久しぶりに再会をした。フォラン・フォースタ伯爵は、ここ一カ月ほど、スタンリーにずっと手紙を送り続け、訪問をし続けていた。一切、音沙汰がなかったのだ。


 しかし、詐欺対策コンサルタントであるワンスが一通手紙を送ったことで、こうして再会が叶った。それだけでフォースタ伯爵から涙を流して感謝をされたワンスは、伯爵の善き人間っぷりに若干引いた。まだ1ルドだって返ってきていないというのに、よく喜べるなと。



「フォラン、本当にすまない。すまなかった……なんて詫びていいか……!!」

「スタンリー、いいんだ。全ては詐欺師が悪いんだ。スタンリーは悪くない」


 ―― いや、悪いだろう


 連動詐欺に加担した加害者全員が『悪い』と、ワンスは判断していた。彼らには連動させないという選択肢もあったはずだからだ。

 というのも、被害者面した加害者が嫌いなのだ。悪事を働くのであれば、是非とも悪いと自覚を持ってやって欲しいものだと、一番あくどい詐欺師の美学が言っていた。


「手紙でも少しご説明しましたが、被害者加害者連動詐欺。これでお間違えないですね?」


 ワンスがコンサルタントの顔をして穏やかに聞くと、スタンリーは小さく頷いた。


「知り合いに騙し取られたのです。初めは返金を要求しましたが、そのうちに相手から『自分も騙し取られたんだ』と打ち明けられたのです。そして『君も騙し取ればいいんだよ』と……フォラン、すまない」


 フォースタ伯爵は優しく微笑んで「私が相手で良かったよ」と言った。


「その相手を教えて頂くことはできますか? 僕の狙いは、発端である詐欺師から返金させることです」


 スタンリーは苦々しい顔をして、今度は小さく首を横に振った。


「スタンリー……」

「フォラン、すまない。言えない……言ったら君たち全員に迷惑がかかる。フォランから騙し取った金は、何とかする。すぐに返す。どうか……それで収め――」

「収まりません」


 スタンリーの言葉を遮って告げる。追い詰めるように鋭く睨んだ。


「ワンス様……?」

「分かりませんか? 事態はそんな易しい状況を既に逸脱(いつだつ)しているんです。今の時点で、あなたはまぎれもない犯罪者だ」

「ワンス君、そんなスタンリーを責めないでやってくれ」

「僕は責めますよ。そうでなければ、また次も同じことをする」

「何を……スタンリーは反省して――」


 また言葉を遮り、資料をバシンとテーブルに叩きつけてみせる。


「捕縛された詐欺師の再犯率は八十九パーセントです。詐欺に再び遭う確率よりも、詐欺を再び働く確率の方が高いんです。いわゆる、味を占めるというやつですよ」

「八十九パーセント……」


 ―― 目の前に、その最たる例がいるんですけどね。捕まったことねぇけどな、はは!


 まさに犯罪者、最低である。


「今回は旧知の友人だったから心苦しかっただけですよ。もし無関係の人間から金を取っていたら? きっと心苦しいなんてことはないはずだ」


 スタンリーは、押し黙ってしまった。違うと否定する自信がないのだろう。一度、ボーダーラインを(また)いでしまった人間は、自分自身を信じることが出来なくなるものだ。次はやらないと決めたところで、本当に守れるものかと。


「あなたが取れる贖罪(しょくざい)の道は一つだけです。ここで今すぐに相手の名前を告げ、発端である詐欺師に繋がる道を示すことだ。そこで初めて、あなたは被害者になれるのだと……僕は、思います」


 スタンリーは苦しそうに目を瞑り、そっと「ダ……」と言った。しかし、またそこで迷うように押し黙ってしまった。


 瞬間、ワンスの目がギラリと光る。気持ちが高ぶる。思わずニヤリと笑いそうになるのを、必死で堪えたくらいだ。想定よりも、ずっと大物だった。


「なるほど。あなたが金を騙し取られた相手は、ダグラス侯爵家、次男のダッグ・ダグラスですね?」

「なっ!? なぜ、わかったんだ!?」


 穏やかに微笑んで「簡単なことです」と続ける。


「フォースタ伯爵相手でも簡単に言えないような名前ということは、家格は侯爵家以上でしょう。ダから始まるのは、ダグラス侯爵家のみ。ダグラス侯爵家の当主は、連動詐欺に加担するような人間ではありません。嫡男である長男も国の中枢で働く勤勉な男だと評判ですから、外れます。残るは、悪評のある次男ダッグ・ダグラスのみ」


 ワンスがサラサラと理由を述べると、スタンリーもフォースタ伯爵もぽかーんとした。フォーリアに至っては「素敵、好きぃ……」とか呟いていた。


 上記の理由の他にも、ワンスの所には貴族に関する情報が効率良く集まるのだ。そんな情報を並べていくと、ダッグ・ダグラスに繋がるのは当然の帰結であった。


「間違いないですね?」


 もう一度問い質すと、スタンリーはハッキリとした声で「はい、間違いありません」と答えた。この瞬間、彼は被害者となったのだ。


 そして、スタンリーから事件の詳細を聞いた後、フォースタ伯爵とスタンリーは二人で「久々に飲もう!」と街に繰り出していった。仲の良いことだ。



 酒を飲みに行けるくらい、夜と言っても差し支えない時間になっていた。外が暗くなっているにも関わらず、ワンスはフォースタ家の応接室から動くことなく、ソファに座って考え事をしていた。


 詐欺師にとって、伯爵位と侯爵位の間のハードルは非常に高い。ワンスは詐欺師として、今まで一度も侯爵家の人間を相手取ったことはなかった。もちろん、他の商売では侯爵位ともよく関わっていたが。


 侯爵位を避けていた理由は、リスクが高い割に取れる金は伯爵位以下と大差がないからだ。得られるのは、金そのものよりも名声や評価と言ったものだろう。『侯爵位相手に騙し取った』という犯罪者的勲章だ。ワンスはあまり名声には興味がなかったのだ。


 犯罪者にとってはトロフィーである侯爵家。それを相手に連動詐欺を働いた、発端の詐欺師。こいつはなかなかのやり手だと、確信をした。金も相当持っているだろう。


 ―― 決めた


 この日、フォースタ家が巻き込まれた連動詐欺にワンスは初めて本気になった。正直なところ、のらりくらり適当にやるくらいでもいいかなと思う気持ちもあったが、状況が変わった。本気になる価値がありそうだと踏んだのだ。


 さて、となると問題が一つ。フォーリアだ。ワンスが考え事をしている間も、ずーっと隣を陣取って、ぽーっとしている、この女だ。


 ―― こいつ、どうすっかなぁ……


 このぼんや~りとした娘を、このまま関わらせるかどうか。

 ワンスの目から見ても、美貌は一級品だ。利用価値はありそうだが、一方で足手まといにもなりそう。利用できるくらいに仕上げるためには、かなりの指導が必要そうだ。優しい柔らかな『ワンス・ワンディング』のままでは無理だろう。


 もちろん『俺は詐欺師だ』なんて本当のことを告げるつもりは毛頭ないわけだが、素顔である厳しく冷たいワンス・ワンディングを彼女に見せるべきか。否か。


 腕を組んで「うーん」と唸る。隣にいるフォーリアをチラリとみて、今度は額に手を当てて考え始める。もう一度、チラリとフォーリアを見て、左から右に視線を滑らせて、最後にため息をついた。


 ―― まぁ、それならそれで仕方ないか



()()()()()


 ワンスは呼んだ。二人きりの部屋で、フォーリアと呼んだのだ。


「は、はい!」

()()との契約は、何でも()の言うことを聞くという契約だった。俺は、本気で発端の詐欺師を相手取るつもりだ」


 ワンスの口調が変わったことに気付いたのだろう。フォーリアはパチパチとまばたきをして、とても驚いている様子だった。それでも、すぐに真剣な目で頷いて返してくる。


「は、はい!」

「お前が降りるなら、ここでコンサルタントの契約書を破って捨ててやってもいい。違約金も報酬もいらない。どうする?」

「え? 降りません!」


 即答だった。ワンスは、ちょっと驚く。いや、かなり驚いてしまった。今度は、ワンスがパチパチとまばたきをする番になるとは。口調を変えても、臆せず返事をしてきたところも驚きであった。


「……いいのか?」

「はい、もちろんです」

「割と……いや、結構、かなり危ない目に遭うかもしれないけど?」

「うっ、それはちょっと怖いですけど、降りません」

「フォースタの分の金を取ったら、ちゃんと渡すと約束する」

「もー! お金のことじゃありませんよ!」

「じゃあ、なんで? あー……、待った。やっぱりいいや、何でもない」

「ワンス様が大好きだからですよ、ふふふ」

「聞いた俺が馬鹿だった……」

「結婚してください!」

「あのなぁ、お前本当に何なの……? 馬鹿すぎじゃない?」


 (わずら)わしそうに言うと、フォーリアは瞳を輝かせて満面の笑みで返してくる。こんなに嬉しそうな顔は初めて見たな、と思った。


「口の悪いワンス様も素敵ですー! 結婚してください!」

「断る」


 ワンスがフォーリアの求婚にちゃんと返事をしたのも、この日が初めてであった。返事はお断りだったけどね。一歩前進かな。








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マシュマロ

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