4話 隣で寝ている彼女 last episode
知られたくないことだらけの男は、彼女の『詮索しないでください』という言葉に割とやられていた。そこを突かれると結構痛い。
そりゃそうだ。何でもオープンマインドな彼女に対して、彼の方は隠し事だらけ。詮索されて困るのはワンスの方なのに、フォーリアのことを隅々まで知っておきたいという欲を面と向かってぶつけていいわけもない。
愛せば愛すほど隠していたくなる。過去にしてきた重めの犯罪のこともそうだし、例えば突然飛んできた紙飛行機のこととか巡回ルート以外の道に偶然いた騎士のこととか、そういうことも話せやしない。ズルくて賢い彼は、彼女に嫌われたくないからだ。
洗いざらい話したって、きっと彼女は受け止めてくれる。何も変わらずに『ワンス様、大好きです!』と言ってくれるだろう。それは分かっているが、それでも彼女に何も話さないのが彼という男だ。
だから、今回だってあからさまに詮索はせずに……まあ色々と手助けはしたけれど、それでも詮索はしなかった。彼にとっての詮索とは一体何だろうか。気にしないでおこう。
賢いワンスは、勿論分かっていた。彼女が自分のために何やらプレゼントを選んでくれていることを。
嘘だらけのワンスが、本当の誕生日を祝ってもらうのは八歳のとき以来だ。孤児院でも誕生日はエース・エスタイン用の日にちを伝えていたし、ワンディング家で働くメンバーにも伝えたことはなかった。そもそも誕生日とかどうでも良かったし。
もっと言えば、祝って欲しい家族は十二年前にいなくなってしまったし、プレゼントだって必要なものは何でも手に入っていたし、でも本当に欲しいものは手に入らない人生だと思っていたから。この十二年間、ワンスにとっては誕生日なんて心底どうでも良かった。
それがどういうわけか、たかが誕生日ごときでこうやって一生懸命になってくれる人が現れてしまったのだ。一生懸命すぎて、危なっかしくて仕方がない。
「えーっと、紙袋の中身は何かな~♪ 騙されて買った枕かな~♪」
そうして、悪いワンスは隣の部屋からフカフカの枕を勝手に取って、それを抱えて愛しい彼女をお出迎え。
「ただいま戻りました」
「あ、おかえり」
「……あら? ワンス様、その枕……まさか!? どこから!?」
「隣の部屋だけど」
「ぇえ!?」
「引っかかってやんの~」
よく思い返してほしい。『詮索しないで』と言われただけで、枕に触らないでなんて言われてないし、ワンスは『隣の部屋に置いておけば?』と提案しただけで、詮索しないことを了承した覚えもないしね。嘘は言っていない。相変わらずの手口だ。
「その枕はダメなんです! その、あの、他の枕を明日買ってきてプレゼントしますので、それはちょっと」
「やっぱりな。どうせ渡さずにお蔵入りさせるつもりだったんだろ? 騙されて買った枕なんて渡せないって?」
「ぎくり」
「ばーか」
「うぅ、頑張ったのに全部ばれました……」
嘘が下手くそで分かりやすい彼女の反応に、ホッとしながら小さく笑う。なんでワンスが知っているのか、全く疑問に思わないところが彼女らしい。カフェでサインをしなかったフォーリアは一つ大きく成長してしまったわけだけど、いつまでもそのままでいて欲しいなと思ってしまうのが男の性。
彼女の頑張りの証とも言える枕をギュッとしてみれば、フカフカで心地良かった。
「これがいい」
「え?」
「この枕がいい。他にはいらない」
「いいんですか……?」
「うん、ありがと」
こうして詐欺師に騙されて買ってしまった枕が、元詐欺師のお気に入りの枕になったというわけだ。
でもね、ワンスは枕なんていらなかった。それが本音。というのも……
誕生日の夜。二人のベッドの上には希少種の皮のカバー付き枕が置いてあった。カバーはぴったりどころか何だかちょっと大きくてとっても不格好だったものだから、フォーリアは「騙されたぁ」とまた膨れっ面になっていたが。
「っつーか、今更だけどさ」
「はい?」
「俺、枕使わない派なんだけど」
「え!?」
肝心なことは言わない癖に、こういう本音はサラリという。相変わらずの最低具合だ。
「そうなんですか!?」
「だって、ここに置いてあるのはお前の枕一つだけで、俺の枕置いてないじゃん」
「あ」
フォーリアはそこで気付いたのだろう。ワンスは普段から枕を使っていなかった。
「がーーーーん!!」
「ぶはっ! お前ってホント馬鹿だよなー」
ワンスが声を出して笑うのは、結構珍しい。ファイブルとかミスリーの前では割と声を出して笑っているワンスであるが、どういう意図があるのか彼女にはあまり見せない姿だ。
フォーリアは「わぁ」と歓呼、輝くエメラルドグリーンの瞳でワンスを見ていた。プレゼントを渡したらプレゼントが返ってきた、みたいな。やっぱり嬉しいのは『物』だけじゃない、ということだ。
「来年は、もっとちゃんとしたプレゼントを渡します……」
「(また馬鹿やってくれることを)期待してる」
「は、はい!(期待された、嬉しい!)」
すれ違いが凄い。
「で、今日は期待していいわけ?」
「へ?」
「まさか、これで終わりじゃないよな~?」
「え?」
キョトン顔の彼女をトンと軽く押して、貰った枕にポスンと寝かせた。彼女の金色の髪が濃紺色の枕に広がれば、ただの綿素材も希少になる。こうして見るとなかなかに良い光景で、二十一年間の人生で初めて枕の有り難みを知る。
「プレゼント、貰っていい?」
「え? あ、はい! どうぞ、ワンス様のものですから!」
「俺のもの、ね。じゃあ遠慮なく」
「え? あれ?」
フォーリアは枕の話だと思っていた。枕じゃなかった。一つ年を取っても、ワンスはワンスだった。
そうしてプレゼントの役目を果たしたフォーリアは、夜十二時前にはへろへろのすやすや。そんな彼女の金色の髪を優しく撫でながら、最低な男は思ったりする。
―― あんな危なっかしいことしてまで、枕なんていらないのに
だって、ワンスのお気に入りの枕ならいつでも隣にあるからね。
二十一歳の初めての夜。愛する人と過ごす初めての誕生日。抱き枕みたいに彼女をぎゅっと抱き寄せて、濃紺色の枕に賢い頭をそっと乗せ、元詐欺師は幸せな眠りについた。
【番外編 ワンスの枕】・完
ベッドサイドには、押し花にしてもらった黄色のチューリップが小さな額に飾られています。
お読みいただき、ありがとうございました。
心より、感謝を込めて!
◇◇◇
追記
詐欺師ではありませんが、騙し合ってる感じの小説を書きました。
【潜入騎士の『愛してる』には裏がある】
https://ncode.syosetu.com/n3358ii/
完結済みです。
ワンスとフォーリアのキャラクターを足して二で割って、ヒーローが騎士×ヒロインがガチ泥棒のバージョンで書いてます。
もしご興味ある方がいらっしゃいましたら、ようこそです。