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3話 彼がしてくれること



 そして翌日。フォーリアは枕を買ったカフェを訪れていた。


 昨日の夜は、色々と長く長ーく攻め立てられたが、どういうわけか紙袋のことは一度も聞かれなかった。聞かれたらどうしようなんて思っていたが、全く気にしていないワンスの様子にホッと胸を撫でおろす。足腰は結構ガタついていたが、それでも身体を奮い立たせてカフェまで来たのは他でもない。


 ―― お金、返してもらわないと!!


 騙されて買った枕をプレゼントするわけにもいかないし、かと言ってベッド横の棚に置いてあった貯金は全て使ってしまった。新しくプレゼントを用意するとなると、もう道端の草くらいしか選択肢がない。ファイブルの『草でもいい』という助言が予言になっちゃう。どうにかしてお金を返して貰うしかないのだ。


 そうして、寝具商人を探すこと二時間。


「あらあらあら! 昨日のお嬢様ではございませんか~!」

「あ、寝具商人さん!!」

「お相手の方は、枕をお気に召しましたか? ホホホ」


 寝具商人はサラサラロングヘアの赤毛を耳にかけ直しながら、濃いリップを動かして早口でまくしたてる。フォーリアと並ぶとさすがに見劣りするが、単体で見ればなかなかに若く綺麗な女性であった。


「そう言えば、昨日は枕だけをご購入して頂きましたが、枕カバーはお持ちでしょうか? 特殊なサイズで作られた枕でございますから、既製品のカバーでは不格好になってしまいます」

「枕カバー?」


 ―― そう言えばカバーは用意していないわ!

 

 いやいや、そんなことより返金を申し立てなければならないのでは。それでもフォーリアは赤毛の寝具商人の言葉に耳を傾ける。聞き上手だ。


「本日はちょうど、とっても肌触りの良い素材で作られた枕カバーをご用意しておりまして」

「肌ざわり?」

「極上でございますよ! なかなか手に入らない希少種の皮で作られております」

「希少種の皮!」

「それがなんと、お買い得の八割引き!!」

「八割!? とてもお安いわ!」

「もし宜しければ、お試しになります? ささ、お座りくださいまし。お色は白と桃色と濃紺色がございます」

「濃紺!? ぜひ!!」


 引き込まれすぎていた。これが伝説的カモの実力だ。そもそも希少種ってなんだろうか。そんなよく分からない生物の皮で作られた枕カバーなんて寝心地が悪そうだが、そうは思わないのが彼女だ。フォーリア的パワーワード『濃紺』も良くなかったのだろう。


 そうして、客の少ないカフェのテラス席。そのテーブルの上に置かれた濃紺色の枕カバーを触ってみると、希少種の皮とは思えないほどにサラサラとしていて、汗も吸い取ってくれそうだし、洗濯だって出来ちゃいそうな素敵な枕カバーだった。


「わぁ、まるで綿素材みたいな皮! すごいですね!」


 まるでというか、まさに綿素材のカバーだった。さすが、お目が低い。


「さすが、お目が高い!! 今なら二千ルドでお持ち帰りして頂けますよ」

「二千ルド……ごめんなさい、昨日の四千ルドで全財産を使い果たしてしまったんです」

「あらまあ、そうでございましたか。ご家族様のお支払いでも構いませんが」

「家族は領地にいて、王都にはいないんです」

「領地? あら、お嬢様は貴族籍の方でございましたか!」

「はい、生家は伯爵位のフォースタです」

  

 情報がダダ漏れだ。


「でしたら、お相手の男性も貴族籍の方でございますよねぇ?」

「はい、そうです」

「でしたら、お相手の御令息に用立てしてもらうというのはいかがでしょうか?」

「え?」


 贈り物の受取主に金を払わせるスタイル。赤毛の詐欺師もなかなか図太い。


「この契約書にサインして頂ければ、後日、お相手の御令息に直接お伺いして代金を頂戴いたします」


 なんて怖い提案だろうか。ぱっぱらぱーな彼女の恋人である御令息は、頭キレキレ元詐欺師だぞ。温厚になった?とは言え、キレて血を見るかもしれない。


「あるいは、分割払いという手段もございます。それでしたら、こちらの契約書にサインを。どちらにしても後日伺いますが、ホホホ」

「サイン……」


 ペンを握らされたフォーリアは、そこでハッとした。

 

 毎日のようにワンスに言われているのだ。『サインはするな。するときは俺を呼べ』と。それはもう、本当に毎日。昨夜も言われたし今朝も言われた。父親と子供かな?


 ―― どうしよう、ワンス様を呼んだらばれちゃうし、でも約束を破るなんてそんなことしたくない


 でも、枕カバーがない枕なんて渡したくなかった。濃紺色の枕カバーをプレゼントしたい! 

 ……いやいや、待ってほしい。そもそも騙されて購入した枕の代金を返して欲しくてカフェにきたはずだ。そのことは頭からスッポリ抜けていた。さすがフォーリア。もう頭の中は枕カバーとサインのことでいっぱい、どうしようどうしようとペンを握って考える。


 そのとき、目の前を紙飛行機が飛んでいった。まるで視界を大きく切り開くような、真っ白な紙飛行機。


 ―― あ、紙飛行機……


 ひゅーん、ふわり、ひらり。どこから飛んできたのだろうか。ここは奥まった場所にある閑散としたカフェだ。子供なんてどこにもいない。


 でも、フォーリアはその紙飛行機から不思議と目が離せなかった。そして、赤毛の詐欺師の話を聞き流し、ワンスの昔話を思い出す。父親との紙飛行機の思い出を語った、彼の柔らかい表情を。


 そして、突然。まるで悪い魔法が解けたみたいに、フォーリアは思い至った。


 ―― 枕カバーよりも、ワンス様との約束の方が大事だわ


 希少な枕カバーなんていらない。そんなものがなくても彼は喜んでくれる。安くて固い枕だって『固っ……』とか言いながらも絶対使ってくれる。


 だって、彼がしてくれることは何だって嬉しいもの。

 食事に連れて行って貰ったことはないけれど、フォーリアが作ったものを美味しい美味しいと言ってペロリと平らげ、ご馳走さまの後には必ず『毎日、作ってくれてありがと』と言ってくれる。

 髪留めなんか一つも貰ったことはないけれど、毎日髪を撫でてくれる彼の手が好きで堪らない。

 『お喋りしたいなぁ、忙しいかしら』と思っていると、どんなに忙しくてもそれを察してペンを置き、『今日なにかあった?』なんて愛おしそうに話を聞いてくれる。

 

 ミスリーには『え!? デートもなければ贈り物の一つもないの!? 最低ね、あの男』なんていつも言われちゃうけれど、貰って嬉しいのは物だけじゃない。きっと、ワンスだってそう思ってくれるはず。



 紙飛行機は、無事に道端に着陸していた。それと入れ違うようにフォーリアは立ち上がる。エメラルドグリーンの瞳に闘志を宿し、ゴーフォーリアモード全開だ!!


「サインはしません!! お金を返してください!!」

「え! お嬢様?」

「あなた! さ、さ、詐欺師ですよね!? 他の寝具屋さんでは高い枕でも三百ルドでした!」


 残念、四百ルドだ。惜しいぞ、フォーリア!!


「いえ、既製品とは質が異なりますから。枕カバーにはご興味がないようですから、私はこれで失礼いたしますね、ホホホ」

「あ、待ってください! お金を返してください!」

「いえ、一度ご使用になられたものの返品は受け付けておりませんので」


 どうしようと思ってフォーリアは焦った。このままでは赤毛の詐欺師を逃がしてしまうし、お金は戻らない。どうしようどうしようと思っていると、遠目に何かがキラッと光った。視線を向ければ、青き正義の制服を着た騎士がいる。刻印入りの長剣を腰に携え、胸章を身に付けた騎士だ。


 ここは閑散とした通りだ。フォーリアは買い物でよく訪れるが、騎士の巡回ルートではないのだろう、見かけたことはなかった。


 ―― 幸運の青い騎士ー!!


 フォーリアは騎士を指差して強気で言った。


「お金を返してくれないなら、あの騎士の方を呼んで事情を話します!」

「騎士!?」


 赤毛の詐欺師は勢いよく立ち上がり周囲を見渡した。いつもは騎士なんていない絶好の詐欺スポットだ。騎士を確認するや否や、「ちっ」と舌打ちをして綺麗な顔を歪ませる。それは詐欺師の顔だった。


 それを見たフォーリアは「大声で叫びますよ!」と大きく息を吸って見せた。すると、叫ばれては困る赤毛の女詐欺師が「ちょ!!」と言いながら、フォーリアの口を塞いで「わかったわよ!!」と白旗を上げた。


「でも、枕は確かに渡してるんだから全額は返金しないわよ? ほら、三千ルド。これでいいでしょ?」


 吐き捨てるようにそう言ってカフェテーブルに三千ルドを叩きつけ、彼女は超ダッシュで逃げて行った。

 フィーリアは三千ルドの札束が風で飛ばされないように、すぐさまバッと手で押さえる。視界に入ってきた自分の手がカタカタと震えていて、それくらい一生懸命頑張ったんだと思えた。


 出来ないことだらけのフォーリアだって、やれば出来る! ものすごく嬉しかった。


「わぁ……お金が返ってきたわ! えっと、四千ルドだったから……がーーーん!! 千ルドも取られちゃった」


 しょぼくれるフォーリアだったが、そこでテーブルに置きっぱなしにされていた濃紺色の枕カバーが目に入る。


「これ、希少種の!! 寝具商人さん、忘れていっちゃったのかしら。あ、もしかして、千ルドで売ってくれたのかも! 枕はちゃんと新しいのを買って、カバーはこれをプレゼントしちゃおう! あ、もしかしてお得に買えちゃった? ふふっ!」


 店頭価格二百ルドの枕に、三十ルドの枕カバーだ。実際には、七百七十ルドの損失。


 それでもね、フォーリアはふっかふかの心とニッコニコの笑顔。サインをしなかった、その誇らしい手で戦利品(彼への愛)を抱えて帰宅したのだった。





お読み頂き感謝です!

次で最後です。

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マシュマロ

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