11話 王子様じゃなくても【被害者加害者連動詐欺】
「ワンスさまぁ! 好きですー!」
応接室に戻ると、フォーリアが目を潤ませて待っていた。今にも飛びつきそうな勢いで出迎えられたものだから、ワンスはサッと避けて距離を取る。パーソナルスペースの確保だ。
「ははは、無事に撃退できて良かったよ」
「ありがとうございますー! 何が何だか全然分かりませんでしたけど」
「最後に少しだけ釘を刺しておいたからね。ここにはもう来ないだろう」
「釘ですか?」
ニコリと笑って、質問には答えなかった。
フォーリアを詐欺師から助けたのには、もちろん理由がある。その目的のために、他の詐欺師がちょっかいを出さないように、フォースタ家から追い払ったのだ。
「あぁ、そうだ。少し聞きたかったんだけど、いいかな?」
「はい! 何でも聞いてください! 好きです!」
「元気がいいね。君の父親、フォースタ伯爵が詐欺に遭ったと聞いたんだが……」
詐欺の一言で、フォーリアの表情に影が落とされた。これは相当やられたなと、察する。
「事実なんだね」
「はい、そうです」
「……痛ましいことだ。騎士団には?」
フォーリアは、小さく首を振った。
「もしかして、知り合いに騙し取られたのかな?」
「な、なんでわかるんですか?」
―― やはりそうか
「フォーリア嬢。フォースタ伯爵に話を聞きたい」
「は、はい……? え、もしかして! 求婚ですか!? 私にプロポーズですか!?」
「違う」
そうして夕方、フォースタ伯爵が帰ってきたところで、ワンスは伯爵本人と握手を交わして挨拶をした。
一つ、言っておこう。
ワンスは、ここまでフォーリアには一つも嘘をついていない。ギリッギリ、誤解を生むような表現をしたこともあったかもしれないが、話した内容――この記録を全て読み返して頂いても構わない。嘘は一つもない。
しかし、この瞬間から、彼女にも嘘をつくことを自分自身に許した。すなわち、ここからが本格的な仕事の始まりということだ。
何が嘘で、どれが本当か。
この記録に書かれているもの全てを疑って、騙されないように、ご注意を。
「フォースタ伯爵。お時間を頂きありがとうございます。ワンス・ワンディングです」
「初めまして、フォーリアの父のフォラン・フォースタです。今日は求婚……げふんげふん! どういった要件で!?」
フォラン・フォースタは、瞳をキラキラと輝かせていた。期待している。ものすごく期待している。娘と『いい仲』であると激しく勘違いをしている! 間違いなく親子だ。
「今日は、例の詐欺事件についてお話を伺いたく、友人であるフォーリア嬢に橋渡しを頼んだのです」
ワンスはとても面倒になってしまい、開口一番にダンッと一刀両断。期待を裏切った。
「詐欺事件ですか……」
フォースタ伯爵は、見るからにガックリしていた。なぜかフォーリアも「友人ですか……」とガックリしていた。まだ期待してたのか。二人とも思い込みが激しそうだ。ワンスの脳内をカルガモの親子が横切る。ダメだ、捨て置こう。
「実は、この様な仕事をしておりまして」
ポケットから名刺を取り出す。フォースタ伯爵とフォーリアは名刺を食い入るように見て、声をそろえる。
「詐欺対策コンサルタント……?」
「ええ。僕は幾つか事業を興しているんですが、その一つがコンサルタント業なんです」
「へ~! なんかよく分かりませんが素敵です!」
「それで、この詐欺対策コンサルタントというのはどういったお仕事で?」
ワンスは一つ大きく頷いて説明を始める。
「詐欺に遭われる方が、非常に多いことはご存知ですか?」
「ええ、私も娘も被害に遭っています」
フォーリアは、うんうんと頷いていた。ワンスも頷きながら『お前のは親友が手引きしていたからだぞ』と心の中だけで思った。
「詐欺に遭われた方は、財産を失い途方に暮れ、生活は一変。なによりも心が傷ついています」
「……わかりますっ」
フォースタ伯爵は涙目になっている。どえらい簡単なおじさんだな。
「しかし、詐欺師はそんな傷ついた心にすら、付け込む」
「付け込む……?」
似た者親子の二人は、ごくりと唾を飲み込んでくれた。その機を逃さずに、資料を取り出してテーブルにズラリと並べる。
「これが詐欺被害の再発率です」
「八十三パーセント!?」
「そうです。一度騙された人は何度も騙されてしまう。詐欺の被害者のうち、二回以上の詐欺に遭った人は八割を超えます」
「なんと!」
「お父様! 私、数えてみたら覚えているだけで六回も騙されているわ!」
「ははは、フォーリア。まだまだだな、私は十二回だ」
―― 多すぎだろ……
詐欺師もびっくりの騙され親子であった。詐欺師からしたら有り難いリピーターである。
「痛ましいことです」
今現在、その記録更新が成されているわけだが。痛ましいことだ。
「ですが、僕は思います。何回騙されても、何度でも人を信じることが出来る。それは素晴らしいことだと。とても尊いことです」
『素晴らしい獲物だと』という副音声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
そして、ワンスはフォースタ伯爵を真摯な瞳でじっと見る。『あなたの目の前にいる人物は信頼できる』と、暗示をかけるように、じっと。
「僕は、そんな尊い人たちを守りたいのです」
「……感動しましたっ! 是非、お願いします!!」
フォースタ伯爵は目頭を押さえながら握手を求めてくれた。こちらこそと、ニコリと笑って握手に応じる。十三回目、達成である。
具体的な仕事内容すらまだ説明していないのに……。ワンスは若干引いた。
しかし、詐欺の傍ら行っていた詐欺対策コンサルタント。これは、割と真っ当な仕事であった。
詐欺に何回も遭う善き人間も最終的には疑心暗鬼になり、もう二度と騙されてはくれなくなる。痛ましいことだ。
ワンスはそんな人々を見つけ出し、最後の最後に一絞りするために、コンサルタント料を貰って詐欺の対抗策を教えてあげていた。詐欺の卒業式。エンドポイントである。
果たして真っ当と言い切れるのかはわからないが、顧客は皆『詐欺に遭わなくなった』とワンスを神のように崇めてくれたので、まあ、割と真っ当の範疇だ。
しかし、今回は対抗策を教えるために名乗ったわけではない。
「フォースタ伯爵が遭われた詐欺ですが……知り合いの方が犯人なのですね?」
「……はい。旧知の友人です」
『でした』と、過去形にならないあたり、まだ信じる気持ちがあるのだろう。お人好しだ。
「被害者加害者 連動詐欺」
ハッキリとした声が、応接室に響く。フォースタ親子は不思議そうに首を傾げていた。
「フォースタ伯爵が遭われた詐欺は、この連動詐欺だと思われます」
「連動詐欺? それは一体……?」
「簡単に言えば、詐欺師が善良な人間を唆して、詐欺犯罪をやらせるのです」
「善良な、人間を……」
また一つ資料を取り出し「詳しく御説明しましょう」と、話をしはじめる。
「まず、詐欺師が人物Aを騙して金を取ります。可哀想な被害者Aの誕生です」
「ひどいな!」
「ひどいわ!」
このとき、金の流れはこうだ。
詐欺師←被害者A。
「そこで、詐欺師が被害者Aを唆し、他の人物Bから金を騙し取るように仕向けるのです」
「そんなことが!?」
「できます。『金が必要なら、他の人から騙し取ればいい』とか何とか言って、その方法も添えてね。すると、被害者Aは加害者Aになり、人物Bが被害者Bになります」
即ち、金の流れはこうなる。
詐欺師←加害者A←被害者B。
「ほう……?」
「善良だった人物Aは、ここで詐欺師になってしまう」
「確かに!」
「そして、また加害者Aが、言葉巧みに被害者Bを唆します。人物Cから金を取ると、被害者Bが加害者Bになります。新たに被害者Cが誕生」
即ち、金の流れはこうなる。
詐欺師←加害者A←加害者B←被害者C。
「被害者と加害者が、連動している!?」
「そうです。これが被害者加害者連動詐欺です。通称は連動詐欺と呼ばれています」
最後の被害者C以外は、皆が加害者となるため『単独の共犯』の状態になってしまい、口を割りにくい。発端の加害者である詐欺師本人まで捜査がたどり着きにくいという、大きなメリットがある。
しかも、発端の詐欺師が「自分も騙されて金を取られたんだ」と人物Aに言うことで、自身が詐欺師であることがバレにくい。
一方、デメリットとしては、詐欺師本人は人物Aのみと接触をするため、人物B以降は伝言ゲームでの詐欺となってしまう。よって、成功率が低いことが挙げられる。どんなに連動させたとしても、二回まで。すなわち、人物Cが終着点となるのがセオリーだ。
「フォースタ伯爵は、その旧知の友人から詐欺手法を教えて貰っていないということですよね?」
「は、はい」
「でしたら、貴方が人物Cでしょう。連動詐欺の終着点。最終的な被害者です」
「なるほど。ということは、スタンリーも、被害者だったということか……だから、あんなに必死で……」
「え!? スタンリー? スタンリーおじ様に騙し取られたの!?」
フォーリアが声をあげた。フォースタ伯爵は「あ、いけね!」と言いながら口をつぐむが、もう遅い。思いっきりのうっかりだ。
「スタンリー、とは?」
ワンスが聞くと、フォースタ伯爵はバツが悪そうに話し出した。
「幼い頃からの親友なんです。スタンリーが金を騙し取られた、金を貸してくれと泣きながら言うものでね。恥ずかしながら、それが我が家の全財産でして」
「ふむ」
ワンスは思案する。人物Bから人物C、すなわちスタンリーからフォースタの間で成立した詐欺が思っていたよりも杜撰だったからだ。
―― この発端の詐欺師、結果重視タイプだな。少し爪が甘そうだ
ちなみに、ワンスは過程重視タイプの詐欺師である。最終的に奪えばいいのであれば、泥棒で事足りるというのが彼の持論だ。獲物の金から心ごと骨の髄まで騙してあげたい。騙されたことに生涯気付かれないのが、ワンスの理想的詐欺である。
―― あー、どうすっかなぁ
ここで種明かしをすると、彼の狙いはフォースタ家ではない。連動詐欺の詐欺師から金を取ることが本当の狙いだった。
と言っても、別に慈善事業をしようってわけじゃない。ワンスが詐欺師を続けている理由は、大きく三つある。
一、自分の能力を活かせる職業。天職だ。
二、めっちゃめちゃ金が好き。儲かる。
三、ヒリヒリ感が癖になる。
連動詐欺の詐欺師は、金を相当持っている。直感ともいえる詐欺師的統計により、ワンスはそう判断していた。
そもそも、彼は同業者とやり合うのは好きだった。ヒリヒリ感も金も、同時に手に入る。ミスリーから聞いた『フォースタ伯爵は、ものすごい詐欺師に引っ掛けられた』という噂も気になるところだった。
しかし、何故だかやる気にならない。爪が甘そうな相手で、少しガッカリした事が大きかった。さらに、やっぱりフォースタ家にはワンスの大大大っ好きな金がない。コンサル料は望めないだろう。タダ働きは大嫌いなのだ。
そうやって腕組みをして考えていると、フォーリアがスススッと移動して隣に座ってくる。そして、必殺・上目遣いを決めてきた。
「ワンス様」
「なんだい?」
「お願いです。スタンリーおじ様と父を、助けてあげてください」
「……スタンリーという人物も助けたいと?」
「スタンリーおじ様も、きっと苦しんでるもの……。難しくて分からなかったんですけど、ざっくりとまとめると、この詐欺、悪いのは元の詐欺師なんですよね!?」
「うーん、まあそうとも言えるね」
核心をついているのか、安直なのか。しかし、事実として確かにその通りだ。それを聞いたフォースタ伯爵は「フォーリア……いい娘だぁ」とか言いながら泣いていた。
「私、何も出来ないですが、何でもします」
「……何でも?」
「はい! ワンス様に言われたことは何でもします。全力でお手伝いをします。だから、どうか助けて下さい」
―― 男に何でもするって言っちゃいけないこと、知らないのかねコイツ
どこまでいっても危なげなやつだなと、少し呆れる。
「……分かったよ」
それでもワンスは苦笑いをしながら、引き受けた。誕生日プレゼントで10,000ルドを稼ぐフォーリアには、利用価値がありそうだと思ったからだ。
そして、発端の詐欺師がどんなやつか、やはり少しは気になった。
その後、しっかりとコンサルタント契約の書面を交わし、ワンスは正式にフォースタ伯爵家の詐欺対策コンサルタントとなった。コンサルタント料は成功報酬制にすることで合意。苦渋の決断だった、仕方がない。
ちなみに『今後、如何なる場合もフォーリア・フォースタはワンス・ワンディングの指示に従い、指示を拒否することはできない。拒否した場合は契約破棄となり、違約金50,000ルドをワンス・ワンディングに即日支払うこと』なんて書いてあったりする契約書だ。口約束もお約束~ってね。
「「よろしくお願いします!!」」
契約終了と同時に気合い十分、親子そろって血走った目で直角挨拶をしてくる。それを見て、早まったかなぁと、少しだけ後悔した。
現実は、御伽噺みたいに綺麗なものではない。結局、白馬に乗った王子様は、お姫様を救いに来てはくれなかった。やって来たのは、魔法を使うずる賢い魔法使いだったというわけだ。