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2話 詮索で切り裂く



 フォーリアは夕食の食材を買い、ドキドキしながらワンディング家に帰宅した。いつもより一時間以上遅い帰宅になってしまったこともあり、夕食は温かい具沢山シチューの予定だったのにビシソワーズ(冷たい芋スープ)に変更。うっかり冷たい料理を選ぶほどに青ざめていた。


 紙袋にぎゅうぎゅうに詰め込み、なんとか枕の存在は見えなくなってはいるものの、存在がなくなるわけでも四千ルドが返ってくるわけでもない。


「と、とにかく今は隠すしかないわ。ゴー! フォーリア!!」


 こんな『ゴー! フォーリア!』は聞きたくなかった。過去一のノーフォーリアだ。

 とは言え、フォーリアは嘘は下手だが本気になれば隠し事はできるのも事実。過去には、ワンス=エースであることに気付いていたのに、しばらく黙っていたこともあった(cf.本編30話)。


 そろりそろりと玄関から帰宅し、ススス……となるべく静かに二階に上がる。幸運なことに侍従たちにも出くわさない。

 ワンディング家は掃除のしやすさを重視しているため、廊下は絨毯ではなくツヤツヤの床板だ。ヒールのある靴で歩けば時々カツンと音がしてしまうので、(かかと)を上げてソロリと歩く。

 ネズミ一匹入り込めないような隙間のない家なのに、隙間風が足首にまとわりつく。


 いつもならキッチンに食材を置いてワンスの私室……あ、二人の私室に顔を出し、キスの一つでもしてから夕食の支度に取り掛かる。しかし、今日はまずコイツをどうにかしなければならない。『こんなことになっちゃって、今夜は安眠できないかも』なんて枕片手に思ったりする。


 そうして、とりあえず二階の物置にでも隠しておこうと忍び足。物置に向かう途中、当然ながら、その手前の扉が開いてガチャッと登場。


「遅かったな、おかえり」


 ワンス・ワンディング。


 元詐欺師にして現実業家の金稼ぎまくり男。夜空のような濃紺色の髪に、ぷかりと浮かぶ月のような淡い黄色の瞳。さすがは元詐欺師、人目を引かずに人を虜にする容姿が武器で、まとう雰囲気は二十四時間無休で魅惑的。金欲八割食欲二割から華麗に転身、フォーリア十割。元スーパー犯罪者のお出ましだ。


「ワ、ワンス様! ただいま戻りました!」

「……」


 めっちゃ見られている。何やらじーっと見てくるではないか。フォーリアは紙袋をそっと後ろ手にして全力で隠し事を隠す。


「お前、何かあっただろ? 顔が青い」


 ぎくり。


「寒いんです!」


 もう本当に指先まで寒くて、フォーリアは少し震えていた。彼女は隠し事はできるが、嘘は下手くそ。これ以上突っ込まれたら、洗いざらい話すことになってしまう。『俺だったら、馬鹿になって大嫌いになって呆れちゃうなぁ、ちゃうなぁ、なぁ』という男の子の言葉が、また順番が変わってこだまする。


「私、夕食の支度をしますね! 今日はビシソワーズです」

「は? 寒いのに?」

「え? あ、暑くて?」

「どっちだよ。……なぁ、その紙袋、」

「え!? 紙!? 何ですか!?」


 もうボロが出始めている。やばいぞ、フォーリア!


「隠さなくていいから。やらかした?」


 ぶっちゃけ、フォーリアがやらかすことなどワンスからすれば想定内。どんなやらかしだとしても、さっさと介入してサクッと解決するのが一番だ。

 そう思って、ワンスがフォーリアに近付くと彼女は何故だか遠ざかる。なんだよと思って、もう一歩近付けば二歩下がる。ワンスはイラっとした。


「……フォーリア、吐け」

「ひぃ!」


 出た。あの目だ、彼は冷徹な目でフォーリアを見下ろす。愛し愛されている恋人関係であるにも関わらず、この冷徹な目。ワンスはやっぱりワンスだった。


 フォーリアは思った、これ以上冷え冷えの目を向けられたなら、夜の甘い一時との温度差がありすぎて精神がいかれてしまうと。枕を濡らして一人寂しく寝る日が来てしまいそうだ。幸いにも濡らしても良い枕なら手元にあるし。


 窮地(きゅうち)に陥ったフォーリアは、有益な情報を思い出す。プレゼントをこっそり用意したかった彼女は、悪女ミスリーに相談したのだ。あの勘の鋭いワンス相手にどうすれば良いかと。

 するとミスリーが『気付かれてもいいのよ。大抵の男は詮索しないでって言えばそれで引き下がるわ』と有難い助言を預けていたのだ。隣にいたニルドの肩が揺れていた。


 フォーリアはセンサクという言葉の意味を理解していなかったが、助言をそのまま流用する。


「ワンス様、センサクしないでください!」

「センサク……? あぁ、詮索な。……は? 詮索!?」


 初手。せん‐さく【詮索】細かい点まで調べ求めること。


「えっと、とにかくセンサクしないでください!」

「詮索」

「お願いします」


 願いをかけるようにフォーリアがワンスを見上げれば、二手。必殺・上目遣い。二人の間に、謎の沈黙が鎮座する。その沈黙、約十秒。


「……隣の部屋にでも置いておけば?」


 そう言って、ワンスは私室に戻っていった。彼が何のために私室から出てきたかを考えると、そのまま戻ったのも頷ける。

 フォーリアはホッと一息、隣の部屋のクローゼットに枕を押し込んで、夕食の支度をするためにキッチンへ向かった。



◇◇◇◇◇



 一方、これまでの人生、何事に対しても詮索しかしてこなかった元詐欺師は仕事をしていた。カリカリと走らせるペンの速度がやたら速い。


 ハンドレッドとの対決から四ヶ月が経っていたが、相変わらずワンスは忙しかった。詐欺師業は廃業したが、それでも通常の仕事に加えて多忙な贖罪を極めていたからね。

 賢すぎて頭がおかしいワンスが一般的なデートなどするわけもないが、本当にデートとかせずに四ヶ月を過ごしているのだから、相当多忙だ。彼女はこんな男のどこが良いのだろうか、ドMで良かった。


 この日は月初(げっしょ)だった。経営をしている各店舗から報告された収支をまとめ、利益を算出するために、報告書が入っている紙袋を取る。そして、紙袋を破いて開けていく。紙袋と言えば、紙袋だ。


 ビリビリ


 ―― 青い顔、何があった? 中身はなんだ?


 ビリビリ


 ―― ベッド横の棚にフォーリアの貯金があったはず。どれくらい減ってるか確認してみるか


 ビリビリ


 ―― それとも何があったかファイブルに調べさせるか


 ビリビリ


 ―― いや、やっぱり直接聞くか。言うまで攻めればどうとでも……いや、しかし……


 ビリビリ


 ―― 詮索……


「あ、やば」


 報告書まで破いていた。破きすぎだ。散り散りを通り越して粉々になった紙袋はゴミ箱に捨てた。




 


おまけ


頑張って我慢したやり取り


「フォーリア、あのさ」

「ん、……はい」

「紙……」

「髪?」


「いや……なんでもない」

「??」

「(問い質さずに)優しくしてるんだから、激しくしていい?」

「え? どっちですか??」

「我慢してやってるんだ、有難く思え」

「え、どこが……んーー!!」


 過去一、長かった。




◆◆◆◆◆

詮索の出展元:goo辞書

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マシュマロ

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