1話 フカフカな秘密
番外編追加します。お久しぶりなので、登場人物の説明を長めにしてます。
それは、よく晴れた日の午後。夕食の買い物をしようと、フォーリアが外出をしたときのことだった。
フォーリア・フォースタ。少し桃色が混じった金色の髪に、エメラルドグリーンの瞳、そして白く艶っぽい肌。彼女が歩けば老若男女の誰もが振り向くほどの美貌の持ち主だ。
フォースタ伯爵家の一人娘として生を受けた彼女は、どういうわけか騙されやすく、ちっとも他人の悪意に気付かず、ちょっっっとばかしお馬鹿な美人令嬢。
そして、彼女の恋人は元詐欺師だったりする。
そんな元詐欺師の最愛の君であるフォーリアは買い物途中だったはずなのに、どういうわけかカフェに座っていて、どういうわけか彼女の目の前には枕が置いてあった。
カフェのテーブルに、枕だ。
大きさは人の頭が乗るくらいの、至って普通の白くてフカフカな枕。触り心地は良さそうだが、縫い目から漂う香りがいかんせん怪しい……。
でも、フォーリアはその枕に負けず劣らずのフカフカな笑顔で枕を抱えていた。
「ふふふっ、ワンス様のプレゼント、良い物に巡り会えたわ!」
彼女の恋人、ワンス・ワンディング。四ヶ月前まで現役詐欺師としてバキバキに金を稼いでいた男であるが、紆余曲折を経て現在はただの?伯爵家嫡男かつ数多の事業を経営する実業家。そんな彼のために、フォーリアは枕を購入したのだ。
さて、どうにか思い出して頂きたい。彼に詐欺師であると打ち明けられたと同時に開催された『現役詐欺師が答えます、何でも質問タイム(cf.本編74話)』。フォーリアが最初にした質問は『誕生日を教えてほしい』だった。というわけで、ワンスから誕生日を教えてもらったフォーリアは、この四ヶ月間お祝いのためのプレゼントを考えていた。
ちなみに、ワンスの本当の誕生日を知っているのはフォーリアだけ。詐欺師はどんな情報だって秘匿する。
フォーリアは恋愛初心者であるため、恋人へのプレゼントのセオリーを知らず、それはもう悩みに悩んだ。
フォーリアの親友である奔放娘のミスリーと兄的存在の騎士ニルド、そしてワンスの親友である商人ファイブルにも相談はしたのだが、異口同音に『何でもいいんじゃない?』という有りがちな解答かつ絶対的な正解を教えてくれた。
ファイブルに至っては『そこらへんの草でも喜ぶよ』と遠い目をしていたが、さすがに二十一歳の誕生日プレゼントに草はない。
「何でも喜んでくれるかもしれないけど、何でもよくないのよねぇ」
ぶっちゃけ、ワンスは何でも喜ぶだろう。なにせ、枯れかけの黄色のチューリップでさえ大切にしていたのだから、それこそ草だって枯れても飾るはずだ。重い。
フォーリアだって、それは分かっていた。分かっていても、何でもよくないのが乙女心。
「まさか、高級枕を売ってくれる寝具商人さんと会えるなんて幸運ね! ワンス様ったら全然寝てないんだもの。高かったけど、この枕なら安眠間違いなし! ふふっ、やれば出来る!」
ワンスはワーカホリック男である関係上、元々ショートスリーパーなわけだが、人生ねぼすけのぼんやりさんとして生きているフォーリアからすると、彼は常に『寝不足の人』という判定だった。
で、悩みに悩んでいたところに巡り合わせがあって、超高級枕を買うことになっちゃったわけだ。フカフカだったのがせめてもの救いか。
そんなフォーリアは、寝具商人から貰った紙袋に枕をガサガサと入れて……あれ、ちょっと紙袋が小さいな……ガサガサ、入らない。仕方なく、枕の頭がちょこっと出た状態で買い物を続けた。
「ふんふ~んららら♪ 贈り物~♪ 嘘つきのあぁなたへのぉ〜♪」
なんて、鼻歌交じりに買い物をしていたのが悪かったのだろうね。ドンっと誰かにぶつかった。
「きゃっ!」
「うわっ!! なにすんだよ!!」
フォーリアが少し首を下に向けると、そこには子供がいた。
「ごめんなさい、大丈夫?」
「前見てあ、……!? 姉ちゃんすっげー美人だな!?」
「え? ありがとうございます?? えっと、怪我はないかしら?」
「そのクッションみたいなのにぶつかったから大丈夫だったよ!」
すると、その男の子の横にいた女の子が「あれ?」と目を細める。紙袋からちょこっと頭を出していた枕を見ているようだ。
「美人のお姉ちゃん、それってもしかして枕?」
「ええ、そうなの。大切な人へのプレゼントなの~」
フォーリアの自慢げな頷きに、二人の子供は目を合わせる。十二歳くらいだろうか、二人は「あの怪しい縫い目、絶対そうだって」とか「そんなわけねーじゃん、騙されるやつなんていないって」とか言い合っている。
「枕がどうかしたのかしら?」
「……ねぇ、お姉ちゃん。最近ね、ここらへんで枕とかシーツとか、そういうのを安眠グッズだって言って売りつける詐欺師がいるんだけど、その枕、ちゃんとお店で買った?」
「え?」
「まさか、カフェとか道端で買ってないよね? なんか話に聞いた枕にそっくり……」
―― え!! 嘘、これ、もしかして!!!
さすがのフォーリアも、数多の詐欺に遭い続け『もしかして』くらいは考えるようになっていた。彼女も少しずつ成長はしているのだ、あんよは上手。
「お姉ちゃん、顔が青いよ? もしかして、本当に?」
「ばーか。あんな詐欺ですって詐欺に引っかかるやついないだろ。騙されて買った枕なんてプレゼントされてみろよ、俺だったら馬鹿すぎて呆れて嫌いになっちゃうよ」
「それはそうだけど、でも枕の縫い目から怪しい雰囲気が出てる気がしない?」
「気のせいだろ。なぁ、美人の姉ちゃん?」
とても優しく残酷な子供たちだ。もしかしたら、枕を抱えて青ざめているフォーリアよりも賢いのでは。
一方、フォーリアはあからさまに慌てふためく。紙袋をガサガサしながら、ちょこっと出ていた枕の頭をぎゅうぎゅうに押し込んで誤魔化した。
「う、うううん!!! だ、大丈夫よ! ありがとうね」
そう言って善良な子供たちに別れを告げ、すぐに寝具屋に向かった。そんなわけない。絶対違う。そう言い聞かせながらも、足は枕売り場に向かっていた。
「えっとぉ、枕の値段は高いやつで……四百ルド……四百!?! うそ……」
いやいや、そんなわけない。そう思って売り場の枕と、カフェで買った枕を触り比べてフカフカさせてみる。そんわけありまくりだった。
「四百ルドの方が、なんかフカフカしてるような……。そんな! 四千ルドもしたのに」
四千ルド! なんとフォーリアは四千ルドも支払って怪しい枕を買っていた!! 十倍の値段、なかなか悲惨だ。
「そ、そんな……」
足下に突然落とし穴が現れて、ひゅーっと落ちていく心地がした。落下中、残酷な子供の声がこだまする。他人の話を信じすぎるフォーリアは子供の話も信じちゃう。
『俺だったら大嫌いになって呆れて馬鹿になっちゃうよ、ちゃうよ、うよ、よ……』
子供が言っていた言葉と、すでに順番が違っている。これじゃあワンスが馬鹿になるという内容になっているじゃないか。とにかく、そんな感じの言葉がこだました。
「どうしよう……!!」
ワンスに愛されていることを理解しているフォーリアであるが、彼が愛しているものがもう一つあることをフォーリアは知っていた。
そう、金だ。詐欺師業を廃業したワンスであるが、未だにエース・エスタインの名前で金を稼ぎまくっている。勿論、枕の代金はフォーリアのポケットマネーから出してはいるものの、それも元をたどればワンスが『料理担当分の給金を出す』と渡してくれているお金だ。よって、源泉はワンス。
フォーリアと金。そんなの勿論、フォーリアの圧勝。それは明白であるが、彼女はワンスを愛しすぎていた。よって、久しぶりに騙されたショックとの相乗効果で、とんでもなく不安になってしまったのだ。
「ワンス様に呆れられちゃう……!!?」
こうして、枕を抱えたフォーリアが誕生してしまったのだ。
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全四話予定。年内には投稿終わります。
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