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18話 こんな愛の形 last episode




「で、いつから俺のこと見てたんだ?」


 路地裏のキスの後、ミスリーのトランクケースとニルドの馬を回収しつつ、二人は改めてカフェで向き直っていた。

 勿論、そういうところでそういうことをしたいとニルドは激烈に思ったが、『それはダメだ今じゃない』と思い直した。ミスリーを大事にしたかったからだ。



「いつから……と申しますと?」

「いや、質問が違うか。そもそもにいつから俺のこと好きだったんだ?」


 ミスリーはぎくりとした。本当のことを言うべきか、言ったら引かれないだろうか。そう思ってチラリとニルドを見たら、真剣な目でじっとミスリーを見ていた。この真剣な目に嘘を返してはいけないと、賢いミスリーはすぐに察した。


「コホン。今から言う言葉は、すべて本当のことであることを、此処に誓います」


 ミスリーが小さく手を挙げてそう宣誓すると、ニルドがニコッと笑って「ありがと」と返した。めちゃくちゃ格好良かった。


「ニルドのことを好きになったのは8年前よ」

「は!? 8年前!?」

「ニルドがフォーリアに一目惚れした日。その日に偶々用事があってフォースタ邸に寄ったところで、ニルドを見かけたの。で、私も一目惚れ」

「驚いたな、全然知らなかった。待てよ、ということはストーカー歴は?」

「8年です、ごめんなさい」

「嘘だろ……? 全然気付かなかった」


 色々と驚いているニルドを目の当たりにして、少し居たたまれなくなったミスリーは紅茶を一口飲んで居たたまれなさを誤魔化した。

 しかし、ふぅ……と落ち着いたところで、ニルドの攻撃のターンが来てしまった。


「今後のストーカー行為のことなんだけどさ」

「(ぎくり)」


 突然のえげつない攻撃に、ミスリーがやたら良い笑顔でニコリと笑って「なぁに?」と言うと、それを見たニルドは『あ』と気付いた。


「その笑顔……なるほど。聞かれたくないことを聞かれたときの顔ってわけだな?」


 ミスリーは「え!」と言って思わず口元を両手で隠して俯いてしまった。顔どころか耳まで赤かった。


 ―― えーーー、なにこの可愛い生き物……


 ハマってみると、この謎深いミスリーを解読するのが楽しいことに気付くニルドであった。可愛いは常勝、である。


 一方、ミスリーは焦っていた。唯一にして絶対的な趣味とも言えるニルドの付きまといや行動の記録を今後は一切出来ないかと思うと、一体何を楽しみにニルドのいない時間を過ごせば良いのか分からなかった。

 しかし、その代償にニルドの心を得たということであれば諦めるしかないと、テーブルの下で手の平をぎゅっと握って、ストーカー行為との別離をそっと偲んでいた。そんなものを偲ぶだなんて気が触れているとしか思えないが。


 が、次のニルドの言葉でそれは覆された。


「ミスリー。さっきも軽く言ったけど、ある程度の節度を持ってくれるなら付きまとい行為を続けて貰っても構わない」


「え!!!?」


 ミスリーは驚き過ぎて目から何か色々出そうだった。驚くミスリーを気にすることなく、ニルドは続けた。


「あの紙束を取調室でじっくり読んだんだけど」

「はい、ゴメンナサイ」

「ミスリーって本当に俺のこと好きなんだなって思ってさ」

「……はい、ソウデス」

「あれってミスリーの趣味みたいなものだろう?」

「はい、ゴメンナサイ」


 とんでもない趣味である。聞いたこともない。


「謹慎中に色々考えたんだけどさ、もし付きまといをするなって言ったならば、楽しみを奪うことになるのかなと思うと……取り上げる程ではないかなと思った」

「心が、広すぎる!」


 あんなに狭かった心を広げてみたら、どえらい広がりになってしまった。心の増築をしすぎでは。


「いや、これはミスリーに対してだけだから。他の人間がやってたら即対処案件だからな?」

「はい、ゴメンナサイ」

「それにさ。もしミスリーからストーカー行為を取り上げたら、今までのミスリーとは違うミスリーになるのかなと思うと、それも少し寂しい気がした。要するに、ストーカーであるミスリーが本来のミスリーなら、丸ごと受け入れるしかないと思った」

「ニルド……」


 ミスリーはすっっっごく嬉しかった。今まで、自分ばかりが彼を理解していると思っていたが、思っていた以上に彼が自分を理解してくれていることに、これまでニルドと過ごしてきた時間が報われた気がした。

 嫉妬とか苦しい気持ちを飲み込んで、ずっとずっと飲み込み続けて耐えてきた甲斐があったと、心が浄化された心地がした。


 それにしても、ストーカーである姿が本来の姿とはどういうことだろうか。とんでもない姿だ。


「えっと、じゃあ、どれくらいならストーカーしてても許して貰える?」


 ミスリーが少し気恥ずかしく思いながら勇気を出して聞いてみると、ニルドは「うーん」と腕組みをして考えた。


「週二回とか?」


 ニルドがぽつりとそう言うと、ミスリーが即答で「うん! 分かった」とニコリと微笑んだ。ニルドはまた『あ』と気付いた。


「今の顔、納得してないだろ?」

「え! ……はい、ごめんなさい。本当は少なくて寂しいなって思った」


 初めて見るしゅんとするミスリーにニルドはまたもや。


 ―― か、可愛い! しゅんとしてる!! 今すぐキスして慰めたい。何ならそのまま押し倒して身体ごと慰めたい!!


 安定のニルドであった。


「えーっと、じゃあ週四か?」

「え! そんなにいいの? ……だ、だめ、甘やかさないで! 週三で我慢するわ」


 ミスリーが絞り出すように提案すると、ニルドはふっと小さく笑って「じゃあとりあえず週三な」とそれを受け取った。

 ニルドの微笑みを見たミスリーは、なんだかとっても嬉しくなって、愛が溢れて止まらなくなって、気持ちを零すように「大好き」と小さく呟いた。

 二人の視線がぶつかって、熱く溶けて、焦がれるように絡まった。


 そこでカフェの店員が紅茶のおかわりを勧めてきたため、二人は慌てて絡んだ視線を解いて、気持ちも身体も座り直した。

 ニルドは正直かなり滾っていたが、我慢我慢。まだ話すことはあるのだ。



「コホン。8年前からかぁ、思っていたより長いな。あれ? でも、初めましてはノーブルマッチだったよな?」

「そうね。ニルドが入会したって知って、私も入会したの。ニルドとマッチするためだけに」

「そう言えば、ワンスもそんなこと言ってたな。ん? そもそもに、ミスリーとワンスは何で知り合いだったんだ?」

「私の母親が生前ワンスに借金をしていて、その返済を私が引き継いだのよ。金貸し屋と借用者の関係ね」


 ニルドは以前、ワンスが金貸し屋をしていると言っていたことを思い出し、ふんわりと納得した。


「そう言えば! ワンスからレストランとか酒場で、働いていたと聞いた。なんで働いていたんだ? 危ないことはなかったか?」


 ミスリーは、きょとんとした顔をして「危ないことって?」と聞き返した。


「今日、ミスリーが働いてた酒場に行った。制服のスカートが……短かった。あんなの着て、酒ついで回ってたんだろ? その、触られたりとか、付きまとわれたりとか」


 付きまとわれていたのは貴方であろうに。付きまといをしていた人間の付きまといを心配するとは。


「あー、そういうのね。まぁ無くはなかったけど」

「無くはなかったぁああああ!? どこのどいつだ!?」


 ニルドの怒りの形相に愛を感じたミスリーは、ちょっと嬉しくなって頬を染めながらも、ニルドを手で制した。

 ニルドは頬を染めているミスリーを見て『俺の恋人が可愛いすぎる!』と思っていた。


「ニルド、落ち着いて。大丈夫、危険なことはなかったわ。働いてたのはお金がなかったというのもあるけど……」

「うん?」

「言いにくいんだけどね、つい先月まで平民だったのよ、私」

「え!? だって、ノーブルマッチ…」

「没落貴族なの。だからギリギリセーフ、的な? それで先月貴族に復帰して、それで酒場もレストランも辞めたのよ」


 ニルドは少し考えた。没落貴族はギリギリセーフなのだろうか、と。しかし、今となっては自分もミスリーも退会しているためどうでもいい気がしてしまい、これもふんわりと納得した。

 それよりもミスリーの事を殆ど何も知らなかったことに驚きと腹立たしさを感じた。


「俺はミスリーのことを殆ど何も知らなかった、ということがよく分かったよ」

「私はニルドのこと何でも知ってるけどね~、ふふふ」


 そこでニルドはふと思った。自分のことを何でも知っている、と。8年前からずっとニルドに付きまとって四六時中見ていたということは……瞬間、ニルドは青ざめた。


 ―― 待て待て待て。俺の女性遍歴をほぼ…


「そうよ。ぜ~んぶ知ってる」

「(ぎくり)」


 ―― 心まで読まれてるー!?


 もしやに読唇術だけでなく読心術まで網羅しているのか? ドン引きである。

 言わずもがな、ここからミスリーの攻撃のターンとなる。


「そこで、ニルドに相談なんだけどね?」

「え!? なに!?」

「そんなにビクビクしなくても。コホン。あのね、ニルドって、ちょっと緩いじゃない?」

「一応聞いておくけど、何が?」

「女性関係が」

「……どうぞ続けて」

「それでね、私はね、身体の浮気は気にしないから、自由にして貰っていいかな~って思ってるの」

「え? それ本当? いいの?」


 さすがクズ男! 心は入れ替わっても身体は正直である。『その案、やぶさかではない』みたいな雰囲気が醸し出ているではないか。潔いほどに最低だ。大いに励め。


「あ、心の浮気はダメよ? 絶対許さない」


 ニコリと微笑むその可愛らしい笑顔にどす黒い何かを感じ取ったニルドは、少しだけ背筋が凍った。そして「心はミスリーのものだよ」と瞬時に即答しておいた。反射神経を鍛えておいて助かった。


「ふふ、嬉しい。それでね~、ニルドが身体の浮気をする前には必ず教えてほしいの」

「?? どういうことだ?」

「私だって相手を見繕わなきゃいけないし、まぁ出来れば前日には教えて欲しいかなぁ」

「ん? 相手って?」

「え? 私の相手よ。あ、そうだ、隣の部屋とかだといいかも! 終わった後に一緒に帰れるし~♪」

「……待て待て待て。何か嫌な感じがしてきたが、何だろうかこの感じ。よし、詳細を聞こう」


 ニルドが軽く耳を塞ぎつつも詳細を促すと、ミスリーは不思議そうな顔をして、とんでもないことを言い出した。


「だからね、ニルドが他の女性と『ピーー』してる間、私の相手はしてくれないってことでしょ? だから私も誰か『ピーー』してくれる相手を用意しとかないと。そうじゃないと寂しいもん。ニルドが身体の浮気をするなら、私もしていいよね?? ダメ?」


 可愛らしく小首を傾げる仕草で『ダメ?』と聞かれ、ニルドは頭をガーーーーンとハンマーで殴られた心地がした。ド正論である。その通りだ。自分は良くてミスリーはダメと言えるだろうか、いや言えない。


「え、じゃあ俺が浮気したら」

「私もするよ♪」

「俺が浮気しなかったら!?」

「私もしないよ♪だってニルドが構ってくれるってことでしょ? ニルドが一番だもん、ニルドを放っておくなんて有り得ない」

 

 8年間の実績が、あの紙束が、この言葉の信憑性を高めていた。ニルドは思った。これは絶対に。


 ―― 浮気なんて出来ない……!



 ミスリーのあの可愛らしい声や艶めかしい表情を他の男に見られ、ニルド(クズ男)でさえ満足してしまうような、あのかなりいい感じの身体を他の野郎にいいようにされるかと思ったら、虫唾が走って腸が煮えくり返った。

 しかも同時刻、隣の部屋でそんなことになってるかと思ったら、想像しただけでぶっちゃけ使い物にならないのは明白! 浮気なんて到底出来るはずもない!

 酒場の制服だけであれだけ衝撃だったのだから、もし浮気なんてされた日には、軽く死ねるほどにショックを受けること必至だ。


 ニルドはゴクリと喉を鳴らして、覚悟を決めた。 


「……分かった。肝に銘じておく」

「は~い♪よろしくね」


 とんでもない方法でクズ男を真人間にしたミスリーであった。これを狙ってやっているのかどうかは、彼女のみが知るところである。





 そうして何だかんだと恋人関係に収まった二人であるが、普通の恋人とは違うところ……ばかりであった。恋人になって翌々日の朝、ニルドは出勤しようと家を出たところで、ふと思い出した。


 ―― そういえば、今日はミスリーが見てる日だったか?


 ミスリーは、週三で本人公認のストーカー行為をすることになった。新しい形の『本人許可制シフト勤務型ストーカー』である。驚きの関係だ。新しすぎて付いていけない。


 ニルドは、周囲を見渡してミスリーを探してみたが、全く気配を感じなかった。 


 ―― いやいや、凄すぎるだろ……


 苦笑いしか出なかった。8年間も気付かなかったのだから相当な手練れだ。そして、ニルドはふと確かめたくなってしまった。本当にミスリーは見ているのか、見ているとしたらどこから見ているのか。


 ―― どうやったら出てきてくれるだろうか。……あ、そう言えば俺の言ってることは分かるんだったな


 読唇術とやらで遠くからでも言っていることが分かると、ミスリーが言っていたのを思い出した。聞いたときは度肝を抜かれたが、受け入れてみると便利な気がしてくる。心が広々としている。

 よし、それを使ってみようと思い、ニルドは少し顔を上げて言ってみた。



「ミスリー、愛してるよ」



 ガタン、ガチャン、ドンガラガッシャーン。


 少し離れたところからものすごい物音がした。きっとミスリーだろう。動揺しているに違いない。

 ニルドはその方向を見て『ふっ』と意地悪そうに笑って、追撃一つ、ウインクを飛ばしてやった。


「しっかり見てろよ? じゃあ、いってきます」



 というわけで。 


 かなり歪な愛の形、これにて完成。


 こんな愛の形もありですか?



【番外編・こんな愛の形もありですね】・完








番外編も完結です!

ここまでお付き合い頂いた方々、本当にありがとうございました。

評価、ブクマ、いいね等頂いたこと、投稿中の励みになりました。本当に!!感謝ばかりです。


次の小説も書き始めておりますので、もし縁がありましたら、またお会いできることを楽しみにしております。


ーーーーーーー


あとがき


 番外編ということで、本編をちょこちょこと踏襲する形で書きました。ワンスもニルドもうっかりと『好きだ』の一言で告白しているところ、とか。


 ニルドにとってフォーリアは『可愛いすぎて好き』な存在でした。外見がど真ん中。

 フォーリアはニルドの前で、泣くのを我慢する変な顔を披露する機会はありませんでしたが、もし仮に見ていたとしたらワンスのように『可愛い』とは思わなかったのではないかな、と思います。そっと目を逸らしていたはず。


 ニルドにとって、8年に及ぶフォーリアへの恋心は本物であったとは思いますが、ミスリーに抱いた愛情とは全く別物であるのは明白かなと。ベクトルが違うだけで、どちらも正しく恋愛ではありますが。


 結局、この小説内で失恋をしたのはニルドだけでしたが、最後は度胸と幸せを掴めたのでおめでとう。


 だいぶ変な恋人関係ですが、歪な二人に幸あれ!




ーーーーーー

 もしお時間がありましたら↓の☆で評価頂けると今後の励みになります。よろしくお願いいたします。

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マシュマロ

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