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17話 可愛くないところが可愛い



 5分ほど経って、ミスリーの息が整ったところでニルドは切り出した。


「王都から出て行くって聞いた」

「……うん。出て行くわ」

「なんで? あの紙束が原因か?」


 ニルドが責めるように問い質すと、ミスリーは俯いて小さく「ごめんなさい」と言った。小さくてか細くて、いつも溌剌(はつらつ)とした彼女から発せられた声だとは到底思えない程だった。


「気持ち悪いよね、ごめんなさい。もう二度とニルドの前には現れないから安心して……下さい」


 ニルドは焦った。取って付けた『下さい』の敬語で、思っていたよりもずっとミスリーが重症だと分かったからだ。

 ここでまたワンスの言葉が思い出された。彼女は『ニルドに嫌われた』と思ってるはずだと。ミスリーはずっと俯いたままニルドと目を合わせようともしなかった。


「違う、ミスリー。気持ち悪いなんて思わなかった」

「ニルドは優しいね。ありがとう」

「だからそうじゃなくて! ……あの紙束を見たとき、確かに怖いと思った。でも書いたのがミスリーだと知って安堵した。心の底からホッとした」

「そう……それなら良かったわ」


 俯いたまま受け答えをする彼女に、ニルドは言いようのないショックを受けた。


 ―― 全然、響いてない!!

 

 本心を言っているのに、本心だと思われていない。こんな理不尽があるだろうか。と思ったところで、ふと最低な自分を省みた。

 今までミスリーを蔑ろにして甘えてきたツケがこうして回ってきているのだ。ミスリーはニルドを心底愛しているが、同時に心底信頼をしていないのだろう。

 一見は優しく、その実、都合良く扱ってきた報いが、この大事な局面で彼に降りかかっているのだ。


「最後に話せて良かった。もう馬車の時間だから、行くね。さようなら」


 俯いたまま腕を振り払おうとするミスリーに、ニルドは焦った。どうすれば良い? どうすれば伝わる? 伝わるって何を伝えたいんだ。あの紙束に救われた感謝の気持ち? それとも今まで蔑ろにしてきたことへの謝罪? そのために全速力で追い掛けたのか? そもそもになんでこんな全速力で追い掛けてまで、彼女を捕まえたかったんだ。

 色んな感情が混ざり合って、そこに焦燥が加わって、もうどうすれば良いか分からなかった。でも何かを伝えないと彼女は行ってしまう。何かを、何かを。ニルドは焦りに焦って、ついうっかり。



「好きだ」


 人生初の真面目な告白をしてしまった。自分でも驚いた。正直、この気持ちが独占欲なのか好奇心なのか本気の愛情なのか、ニルドにも掴み切れていない部分があったのだ。

 けれども、言葉にしてみたらスルリストンと心にはまった。


 ―― そうか、俺はミスリーが好きなんだ


 なんで此処しばらくはミスリー以外とそういうことをしようと思わなかったのか。誘われることなんて山ほどあったのに、全然そういう気になれなかったのは何故か。

 ハンドレッド捕縛の打ち上げで、ワンスに『ミスリーとフォーリアのどっちを選ぶ』と聞かれたとき、どうしてフォーリアだと即答できなかったのか。以前だったら即答していたはずなのに。

 婚約話だってそうだ、フォーリアには軽く話せたのに、なぜミスリーには言えなかったのか。言えなかったんじゃない、言いたくなかったんだ。

 彼女の焦る顔や自分のために大泣きしたところ、怒っている姿を見たかったのはなぜか。あんなに好きだったフォーリアとワンスが恋仲だと聞いても何とも思わなかったのは。


「ミスリーのこと、好きだからだ」

「え!!?」


 驚いてバッと顔をあげたミスリーは泣いていた。俯いたときからずっと泣いていたのだろう。猫みたいな可愛い目から大粒の涙が幾つも流れて、頬を伝って、地面に涙の跡が染み込んでいた。


 ニルドはミスリーの泣き顔を初めて見た。瞬間、ズキューーーンときた。心臓がもぎ取られたかと思った。


 ―― え、泣き顔可愛い、えぇ? やばい、可愛い!! 好きすぎる!!


 ぐっちゃぐっちゃの可愛くもない、どちらかと言えば不細工な泣き顔が可愛いと思った。世界一、可愛いと思った。ずっと見ていたいと、自分だけに見せて欲しいと思った。

 この瞬間、ニルドは深く這い出せないところまで、ガクンとミスリーに落ちたのだ。『可愛くないところが可愛くて好き』、これに勝るものはないのだから。



 ニルドは掴んでいたミスリーの腕を引き寄せて、目を見て言い切った。


「ミスリー。王都を出て行くなんて言うな。離れようとするな。四六時中、俺のことを考えていればいい」

「ほ、本気で言ってる?」

「本気だ」

「え、だって、私、かなりガッツリ付きまといしてたのに、許せるの?」

「うーん、まぁ正直プライバシー皆無でイヤだなと思う気持ちもあるけど、謹慎中に色々と想像したら許せた」

「??想像? どんな?」

「ミスリーが他の男のことを四六時中考えて、見続けて、行動歴取ってる姿を想像したら腸煮えくり返った。言ってる今もイラッとしてる。他の男にやるくらいなら、俺のこと見ててよって思ったから……」


 ニルドが何でもない風にそう言うと、ミスリーはそれはもう驚いた顔をして、そしてグイーッと体温が上昇した。顔は真っ赤であった。


「あ、顔が赤いミスリーもレアだな、可愛い」

「かかかかわいい!?」

「可愛い、好きだ」


 今度は火山噴火レベルでボンっと音を立てて、ミスリーはより一層真っ赤になった。一体全体、どうしてこうなったのか、賢いミスリーでも全くワケが分からなかった。でも唯一分かることは、どうしても欲しくて欲しくて堪らなかったニルドの心が今、自分の手の中にあるということだ。


「ごめんね、なんか思考が追い付かないっていうか……え、本当に? 本当にいいの?」

「いいよ。ただし、俺の恋人になってくれるなら」

「こここ恋人!? どうしたの? ニルド、中身入れ替わった!? 恋人なんていたことないじゃない!」

「中身は入れ替わってないけど、まぁ今回のことで心は入れ替わったかも」 

「どうしちゃったの?」


 ミスリーの当然の問いかけに、ニルドは一つ呼吸を整えてから真っ直ぐに彼女を見据えた。


「今までごめん」

「え?」

「自分がどれだけ最低なことをしていたかを自覚した」

「ぇえ?」

「過去の事と向き合って自分を殴り飛ばすのは家に帰ったらやるけど、今はそれよりもミスリーを大事にすることに全力を注ぎたい」

「私を、大事に? え、どうしたの?」

「それくらい愛を感じた。俺からも返したい。同じく、全身全霊をかけて」


 信じられないという顔をしながら、ミスリーはニルドを見入った。8年も見続けたはずなのに、初めて見るニルドの顔だった。


「ダメだわ、全然追い付かない。ごめん、ちょっと待ってくれる?」


 そう言いながら、ミスリーはまた俯いてしまった。ニルドは『突然だから困惑するのも仕方ない』と思って彼女が整うのを待とうとしたが、ミスリーの小さく震える肩を見て、『あ』と気付いた。


 ―― 泣いてる?

 

 ミスリーが肩を震わせて泣いていることに気付いたのだ。何でもない風にサラリと『ちょっと待って』なんて言いながら、俯いて隠れて泣く。そんなミスリーが愛しくて堪らなくなった。


「ミスリー。泣くなら、ちゃんと見せて」


 そう言いながら少し無理やりに顔を上げさせると、可愛くて仕方がない泣き顔がそこにあった。


「……うっ、ごめ、泣いて……止まらなくて」

「ミスリー、すごく嬉しそうな顔してる」


 ニルドが微笑んでそう言うと、ミスリーは子供みたいに声を上げて泣き出した。


 ミスリーは嬉しくて仕方がなかった。8年前からずっと欲しくて欲しくて、でも手に入る事なんて万に一つもないと思ってた。そんなこと分かっていた。

 だけど、どうしても諦められなかった。だから、チャンスがあるなら食らいつくと決めて、ずっとずっと欲し続けてきた。この先何十年もかけて、自分の人生全部をかけて、いつかどこかで彼の心に一瞬でも触れることが出来たなら、それだけで幸せに死ねると思うくらいに、大好きだった。世界中で一番彼を愛してた。

 嬉しくて泣いたのは初めてだった。こんな奇跡が、どうしようもないこんな自分に起こるなんて。


 好きな人が自分を好きになってくれる。これ以上の奇跡があるだろうか。 



「ミスリー、好きだよ」


 ニルドは嬉しくて大泣きしている彼女が愛しくて仕方がなかった。そんな彼女が強烈に欲しくなった。欲しくて堪らなくなった。でも、その前に。


「返事は?」


 大事にしたいからね、今更だけど順序はしっかり守ろうとニルドは思った。

 その割には我慢できずに急かす彼らしい彼に、ミスリーは泣きながらも小さく笑った。軽く涙を拭いて、愛しい彼に満面の笑みを向けた。


「残念ながら、私の方が愛してると思うけど?」

「へぇ、なるほど。『世界中で一番愛してくれる女性』ってミスリーのことだったわけか」


 そう言って、二人で笑い合った。そして狭い路地裏でキスをした。そういうことが伴わないキスは初めてで、何だか気恥ずかしくて、それを隠すように何度も何度もキスをした。

 

 形作られた愛を確かめるように。大切にするように。


 その愛の形に添うように、そっとキスをした。


 



 

次で番外編、最終話です。

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マシュマロ

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