14話 夜空に瞬く金色の星
非番の騎士団兵が悪しき騎士を連行していく後ろ姿を見送りながら、ニルドはワンスに向き直った。
「ワンス」
「今はエースだ。強烈な蹴りで少しは気が晴れたか~?」
「まあな。今回は助かった、感謝する」
「例の報酬を渡してなかったからな。これが報酬ってことで。次は助けない」
ワンスが悪戯に笑うと、ニルドも小さく笑って応えた。そこでニルドが「あ、」と思い出したようにワンスに向き直った。
「そう言えば…金庫がある書斎の扉の前で、雇われた男と話していた人物がいただろう」
「…いたっけ?」
言わずもがな、ワンスはミスリーが偽侍女になってバドナ伯爵や雇われ男と対峙していることをニルドには黙っていた。どうせニルドのことだ、ギャーギャーうるさいことを言うに決まっているからだ。
「いた」
「いや~、いたかなぁ?」
「いた。あれ、もしかしてミスリーじゃないだろうな?声が酷似していたが?」
「あははー」
ワンスが笑って誤魔化そうとした瞬間、やっぱりニルドが流れるような動作でワンスを後ろ手に拘束した。いつもの展開である。
「いたたたた!痛ぇって!毎度のことながら馬鹿力だな…」
「相手は犯罪者だぞ!?何考えてんだ!」
「落ち着けよ。ミスリーが絶対自分がやるって言い出したんだよ…まじで痛い…心も折れそう…」
「だからって普通任せるか!危険だろ!」
ワンスはそこで深くため息をついてみせた。いつもの展開である。
「なぁ、ニルヴァン。ミスリーの気持ち…考えたことあるか?あの(禍々しいドン引き確定の)紙束、お前も見たんだろ?」
ワンスが呟くようにポツリ言うと、それは消えるようにニルドの心に吸い込まれていった。その拍子にいくらか手が緩んだ。いつもの展開である。
「俺は言ったんだよ。あの紙束を調査室に出したらニルヴァンにバレるぞって。ミスリーは何て言って返したと思う?」
「……」
「『ニルドの心は騎士にある。それを汚された。絶対許せない。私が守る。全身全霊をかけて守る。だから、バレてニルドに嫌われてもいい』」
「ミスリーがそんなことを…?」
ニルドが寒々しい取調室で抱えた憤りに、その言葉が染み込んでそれを癒やした。
大事に抱えてきた『騎士』というものを理不尽に取り上げられた虚無感、汚されたことに対する憤怒。ミスリーも自分と同じ気持ちを抱えていたと知って、なんだか心がほわんとした。彼女が自分を理解してくれていることが何より嬉しかった。
そしてニルドを守るために全身全霊をかけてもいいと。嫌われたっていいとミスリーは言い切った。捨て身で全てをかけてニルドを助けようとしたのだ。ニルドの心に、それは深く刺さった。グサリと、深く。
「担当調査官にも深く頭を下げてたよ。絶対にニルヴァンのことを助けたかったんだろ。だから、バドナ伯爵にも報いを受けさせたかった。直接、罰を与えたかったんだ」
「…だからって、危なすぎるだろう」
理解できないと言った顔をしているニルドをチラリと見て、ワンスはその問いかけを投げた。
「逆だったらどうだ?お前はどうする?」
「逆…?」
ニルドは想像した。ミスリーが何者かに嵌められて、冤罪で裁かれたとしたら。いつでも絶やさないあのニコニコと笑う可愛い笑顔が消え失せて、悲しみと怒りで涙を流していたら。寒々しい独房で一人で泣いていたら。瞬間、ニルドは取調室で抱えていた怒りよりも深い怒気を感じた。平たく言うと、めっちゃくちゃ腹が立った。その何者かを殴り飛ばして踏みつけてやりたくなった、自分の手で。絶対に許せなかった。
ワンスはニルドの表情を見て、それを察したのだろう。ふっと小さく笑って、もうほとんど緩んでいたニルドの手をスルリと取った。
「ま、そういうことだ。ミスリーに感謝しろよ?お前が身柄拘束された日の朝なんて、ひどい顔でワンディング邸に乗り込んできたんだからな」
「ひどい顔って?」
「どうせお前が拘束されたところも見てたんだろ。大泣きしたような顔だったな。フォーリアも心配してたぞ」
「え?大泣き?ミスリーが?」
「??なんか変か?好きな相手の窮地だ、大泣きしてもおかしくないだろ」
ワンスが不思議そうにすると、ニルドは押し黙ってしまった。だって、ミスリーは泣いたりしない。大泣きなんて絶対にしない。ワンスは知らないのだ。ニルドの前で見せる、可愛く恋するだけのミスリーの顔を。
「…ミスリーは今どこだ?」
「あの後、うちの馬車に乗せてすぐに帰した。もう真夜中だしな」
「そうか」
ニルドは真夜中の空を見上げた。見上げた先には、黒い夜空に輝く金色の星が瞬いていた。明るい昼間には見ることが出来ない、金色の星々が嬉しそうにチカチカと輝いていた。
真っ黒な夜空のせいで彼女の美しい黒髪が思い出されて、なんだか無性にそれを撫でたくなった。
おまけ
「そういえば、フォーリアと恋仲だと聞いた」
「(ぎくり)」
ワンスは何でもない風を装いつつ無言でニコリと微笑んで、一歩後ろに下がったし、手を後ろにして庇った。次こそガチで腕を折られると思ったからだ。
「お前には色々と言いたいこともあるが…」
ニルドの言葉に、ワンスはニコリと微笑みつつもう一歩下がった。
「まぁ、フォーリアを泣かせるなよとだけ言っておく」
「…え?それだけ?」
「どういう意味だ?」
「いや~、(骨を折られつつ)恨みつらみ言われるかなーって思ってたからさ。だって、8年だろ?」
「…なぜ8年だと知っているんだ?」
ワンスは金髪のカツラによる波及効果を思い出して、少し苦笑いをした。
「あー…まぁ詳しい説明は省くけど、ニルヴァンがフォーリアに惚れたのって8年前の誘拐事件後だろ?」
「…!?誘拐事件のこと知ってたのか」
「まぁ、知ってたっていうか…フォーリアを助けたの俺だし」
「はぁ!!!?ワンスが!?」
「声でけぇな…真夜中だぞ?あと、エースな」
「誘拐事件で一緒に誘拐された男の子…あれ、お前のことだったのか!?」
「あ、うん、そうだけど…そんな驚くことか?」
ニルドは驚愕した。ニルドもあの誘拐事件のことはしばらくしてから聞いて、犯人たちに腹が立ったのを覚えている。そして当時、助けてくれた男の子とやらをフォーリアが探していることも知っていた。もしかしたらフォーリアの初恋の相手なのかもしれないと、なんとなーく思ったこともあった。
しかし、初めての恋に舞い上がっていたニルドは些事だと気にしていなかったのだ。もっと言えば、ニルドの中で『男の子』は架空の人物のような扱いだった。絵本の中に出てくる登場人物、みたいな。だから全く気にしていなかったし、実在していたことに大きく驚いたのだ。
「あー、そういうことか。だから…なるほど」
フォーリアがずっと探していた男の子がワンスであると知って、ニルドは心の底からストンと納得した。納得しすぎてなんか色々と開眼した。
「…大丈夫か?ニルヴァン」
「大丈夫だ。ワンス」
「今はエースだけどな」
「フォーリアとお前を、心から祝福する」
「!?!…お、おう」
「結婚式には呼んでくれ」
「!!?!…あ、あぁ(結婚式なんてやるかわからんけど)」
「幸せになれよ」
「どうも…?(逆に怖いんだけど)」
ワンスはまた一歩下がったし、ニルドの変わりように結構引いた。
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