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13話 ニルヴァン家で仲良しお泊まり会



 真夜中、ミスリーはお仕着せにストールを羽織ってニルヴァン邸の裏門で待ち合わせをしていた。待ち人は恋い焦がれる相手などではない。憎らしい敵である。


 ―― 失敗は許されない。やってやるわ…!


 ミスリーは闇夜の先のもっと闇を見つめて、拳を握りしめた。寒さのせいか握った拳は少し震えていたけれど、それでもさらに力をギュッと入れて無理矢理に震えを止めた。



 そうして待つことしばらく、裏庭の茂みからガサガサガサ…と音が聞こえた。憎らしい待ち合わせ相手のお出ましである。



「ミリーか?」

「は、はい」


 しかし、先ほどの意気込みは少しだけ引っ込んだ。現れた男を見て、ミスリーは心臓がドクンと跳ねたのだ。雇われた男は犯罪者なのだろう、目の色が暗く、闇夜に勝るとも劣らない真っ黒な雰囲気を纏っていた。ハンドレッドと対峙(マッチ)してきたミスリーであるが、ハンドレッドはその犯罪者らしい雰囲気をミスリーの前で露呈することはなかった。そして、ワンスも。

 このとき確かに、ミスリーは犯罪者と面と向かっているのだという事実を肌で感じた。普通の人間と違う垣根を越えた存在に、一瞬だけ恐怖が全身を駆け巡った。



 ―― 落ち着いて。大丈夫よ


 ミスリーは小さく息を吐いて、気持ちを落ち着かせた。


「バドナからの依頼できた」

「はい、バドナ伯爵様は…?」

「近くの馬車で待機している。さっさと案内しろ」


 少し震える足を動かすために、目の前の屋敷にいるだろうニルドのことを思い浮かべた。金色の髪がミスリーの脳裏を過った瞬間に力が湧いた。愛してるから、力がみなぎった。



「こちらです」


 ミスリーは迷わない口調と歩みで裏口から男を招き入れた。屋敷の中を音を立てないように移動するが、もう真夜中。静かな屋敷内ではそこまで警戒する必要はない。書斎の部屋の扉の前に到着すると、ミスリーは雇われた男に向き直った。


「ここに金庫があります。扉の鍵は開けておきました」

「わかった」

「私はここで見張りをしております。何かありましたら声をかけて下さい」


 ミスリーがそう言うと、男は小さく頷いて扉を開けて入っていった。扉が閉まると同時に、ミスリーは床にへたり込んで息を大きく吐いた。怖かった、手足は震えていた。



 ―― 任務、完了ね。頑張った!私!


 『ふーー』と大きく息を吐いて、ミスリーは立ち上がった。そして書斎の扉をじっと見つめて少し寂しそうにしながら、それを振り切るようにその場を去った。




ーーーーーーー


 


 雇われた男はバドナ伯爵から聞かされていた金庫の前に立った。詳しいことは何も聞かされていない。ただ、この金庫の中にバドナ伯爵から渡された『赤い宝石』を入れ、そして金庫の中から宝石や金をいくらか盗る。金庫から盗った宝石をバドナ伯爵に渡して任務完了だ。



 ―― それにしても…やたら簡単な金庫だな


 少し不思議に思いながらも、依頼を完遂することに集中しようと思い直した。金庫を開ける道具を取り出して、カチャカチャと作業をすること10分程度で金庫は開いた。開けてみると、金や書類の中に確かに宝石がたくさんあった。宝石と金を適当に手に取り、上着の内ポケットから赤い宝石を取り出してそっと置いた。そして金庫を閉じたところで、向けられたら複数の殺気に身体が固まった。


 ―― なんだ…!?




ーーーーーーー



 その頃、バドナ伯爵は馬車の中でカタカタと貧乏ゆすりをしていた。落ち着かない様子だ。こんなに落ち着かないならばバドナ邸で待っていれば良かっただろうに、どうにも雇った男が信用ならなかったため、近くの馬車で待機せざるを得なかったのだ。


 ―― あの男、そのまま宝石や金を持ち逃げするやもしれない


 ニルヴァン家に盗みに入った証拠を信用できない男に渡すわけにはいかない。自分の手元で厳重に保管し、誰の目にも触れさせないようにしなければ安心できなかった。


 ―― そろそろ戻ってくる頃か…



 コンコンコンコン。 


 そう思った時、ちょうど馬車の扉をノックする音が響いた。もう真夜中だ、やたら響くその音に心臓がドキリと跳ねた。その心臓の跳ね方、悪事を働いている何よりもの証拠であろう。


 バドナ伯爵は迷わない手で馬車の扉を開けた。案の定、雇った男が立っていた。ホッと胸を撫で下ろし「宝石や金は?」と問い質すと、男はいくらか青い顔をして無言でポケットから宝石と金を取り出した。そして、そのまま声を出さずにそれをバドナ伯爵に渡した。バドナ伯爵はそれを受け取った。


 その瞬間であった。



「動くな」



 目の前に立つ雇った男のすぐ横から、殺気立った声が聞こえた。バドナ伯爵はその声に聞き覚えがあった。動かずにチラリと横目で確認すると、声の主は金色の髪をしていた。


 ―― まさか……なぜここに!?



「バドナ伯爵だな?そのまま手を挙げろ」

「ニルド・ニルヴァン!!なぜここに!?」

「我が家の金庫から宝石が盗まれるところを目撃した。それをどういうわけか貴方が受け取った。説明願おうか」

「くっ…!!」


 しかし、バドナ伯爵は慌てることはなかった。相手はニルド・ニルヴァン一人だ。ここで口封じさえしてしまえばどうにでもなる。バドナ伯爵の頭に自分の背負っているものが駆け巡った。数百年続く由緒正しい家、何も知らない妻、傑物といわれている優秀で実直な息子、そして自分を尊敬してくれている騎士団兵たち。それらを此処で守るためには、何かを斬り捨てるしかない。得るためには何かを捨てる。何か…何かを…。


 ―― それは!目の前の憎らしい金髪の男だ!!


 殺気と共にバドナ伯爵が剣を抜こうとしたその時、複数の殺気が自分に向けられていることに気付いた。


「…これは…?」

「腐っても『元』騎士だな。外を見てみろ」


 慌てて馬車から身を乗り出して周囲を見てみると、剣を構えている男が10名ほど馬車を取り囲んでいた。


「な!?」


 馬車を取り囲む内の一人が、驚くバドナ伯爵に剣の切っ先を向けながらこういった。


「騎士団だ。窃盗教唆の疑いで捕縛する」

「騎士団!?」


 バドナ伯爵が驚くのも無理はない。馬車を取り囲む男たちは全員が普段着であり、騎士団の制服を着ている者は一人もいなかった。てっきりニルヴァン家が雇った私兵かと思ったのだ。


「なぜ騎士団がここにいる!?出動許可は得ているのか!」

「そんなものはない!はっ!!」

「ぐはっ!!」


 ニルドの痛烈な蹴りがバドナ伯爵の胴体に入り、バドナ伯爵の身体が吹っ飛ばされた!さすが現役騎士団兵!ニルドの怒りを存分に込めた蹴りだったのだろう、バドナ伯爵はダランと地面に身体を預けて動かなくなってしまった。その隙に他の騎士団兵が覆い被さり拘束具で捕縛完了。


「ぐ…出動許可がない状態での…捕縛は、認められない!」


 捕縛された状態でもバドナ伯爵は諦めなかった。見苦しいと分かっていても、今自分の手の中にあるものを、抱え込んだものを手放すわけにはいかない。それが執着というものなのだろう。


 そんな醜い執着の塊に近付く靴音が一つ。淡い明るい茶髪に、薄く青い色が入った眼鏡をかけた男。どこかで見たような気がしたが、バドナ伯爵は思い出すことが出来なかった。



「彼らに出動許可はいらないんですよ、バドナ伯爵」

「どういうことだ!?」

「彼らは、たまたま居合わせただけの()()()騎士団兵ですからね」

「非番…?」

「騎士法21条、勤務時間外の騎士について、有事の際に限り勤務中の騎士と同等の権限を与える。騎士法11条、現行犯の場合に出動許可の有無は無関係とし捕縛する権限を全騎士に付与する。あ、もしやにご存知ないのかな?」

「何を言って…」


 すると、明るい茶髪の男は小さくため息をついて、分からず屋の子供を諭すような視線をバドナ伯爵に向けた。


「先ほど謹慎が無事に解けたニルド・ニルヴァンを労おうと、非番の同僚がたまたまニルヴァン家で仲良しお泊まり会をしていたんですよ。そこにあろうことか泥棒が入るという有事が発生した。即ち、その泥棒を捕らえる権限が彼らに発生した。まぁ、運が悪かったですね」

「謹慎が…解けた?」

「そうですよ、ちょうど五時間前でしょうかね。手紙が偽造であると鑑定結果が出たんです。おかげでニルヴァンがあなたの捕縛に参加できたんですから、調査室を急かした甲斐がありました」

「貴様!!謀ったな!?」

「貴様だなんて御挨拶ですね。どうも、初めまして。エース・エスタインです」


 ワンスが名を名乗ると、バドナ伯爵は「な!?」と大きく驚いて目を見開いた。そんなバドナ伯爵を見下すような冷たい視線を向けながら、ワンスはやたらコツコツと良い靴音を立てながら近付いた。


「ニルヴァンには借り(報酬)があってね、それを返すために一肌脱いだんですよ」


 ニルドに向けてウインク一つしてニヤリと笑うと、ニルドは嫌そうな顔をしつつも手をヒラヒラとさせて『ありがとう』の意を示した。



 ニルドの身柄が解放された翌日、ワンスはエスタインとして騎士団長に面会をしていた。そして第一騎士団に助力をお願いしたのだ。しかし、騎士団は公的機関。何も疑いがない状況で騎士団を出動させることは出来なかった。


 そこで、ワンスは一人一人の騎士団兵と面会をさせてもらう機会を得て、ニルドを心配する()()()同僚たちを呼び寄せて、ニルヴァン家にお泊まりに来て貰ったというわけだ。


 だから、今回バドナ伯爵に課した罠はある種のテストであった。もしワンス及びミスリーが仕掛けた罠にはまらず、騎士としての心を正しく持っていたならば、本当にただの『仲良しお泊まり会』で終わったのだ。


 しかし、バドナ伯爵は騎士としての心、誠意を尽くすこと、正しくあることを捨てた。そして騎士団兵の目の前でそれを露呈することになった。自業自得、そう、言い換えればこれは『自滅』である。



「さぁ、非番の騎士の皆さん。存分に取り調べしてやって下さい」


 ワンスがそう言うと、騎士団兵たちは冷えた厳しい目を向けながら、抜け殻のように動かなくなったバドナ伯爵と雇われた男の二人を引きずるようにして騎士団本部に連行していった。その様子を見て、ワンスは満足そうに一つ頷いた。


 善き詐欺師、悪を成敗完了である。








ありがとうございます。



これにて事件は解決。番外編ということでサクサク展開でしたが、書いていて楽しかったです。

残り4話程度で番外編も完結予定です。

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マシュマロ

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