10話 仕返ししてもいいかな?(後) 【ワンス vs カタログ詐欺師】
ワンスが何食わぬ顔で席に戻ると、詐欺師はまだ戻っておらず、代わりにフォーリアの意識が戻ってしまっていた。
「ワンス様! 私、40,000ルドなんて、お支払いできません……! どうしましょう!」
激しく面倒だなと思ったワンスは、とりあえず囁いてみる。
「フォーリア嬢は、世界で一番可愛いね。空気になーぁれ」
彼女は、また天に召された。束の間の静かな空間で、紅茶を飲んで一息。ようやく詐欺師が戻ってきた。
「申し訳なかったね、やけどは大丈夫だったかい?」
「ええ、まあ大丈夫ですよ、ははは」
詐欺師は苛立ちを隠せない様子で、少し睨んでくる。スーツを汚されたのだ、当たり前である。ワンスはふわりと微笑むだけで、その睨みを無視する。
「ところで、フォーリアはサインをしたのかな? 彼女、ちょっとぼーっとしてるところがあるから……ほら見ておくれ、今もそうだ。はぁ、やれやれ。念のため契約書を見せて貰える?」
どうやら詐欺師も確認していなかった様子。ハッとしたように契約書を確認しはじめる。40,000ルド、サイン入りだ。
それを受け取って、ワンスも契約書をサラリと眺める。
―― うん、さっきの契約書から一つも変わりなし、と。
詐欺師が席を外している間に、何らかの細工をされている可能性を考慮して、念のため確認したのだ。
「問題はなさそうだね。では、支払いの8,000ルドだ。これは彼女のお金だから、フォーリアの名前で領収書をくれるかい?」
鞄から8,000ルドを取り出して渡すと、詐欺師は満足そうに金額を確認して領収書をくれた。
「あと、これは僕から。クリーニング代にしてくれ」
そこで、ワンスは契約書と一緒に1,000ルドを渡した。詐欺師は、思わぬ小遣いに喜びを隠せない様子で、「ありがとうございます」と素直に受け取ってくれる。クリーニング代としては破格だ。一般的なスーツが、新品で買えるくらいの金額なのだから、嬉しいのだろう。
ここまでの支払いは、9,000ルドだ。
「さあ、早く宝石を受け取りたいからね。早速、フォーリアの家にいこうか」
もちろん、約束通りワンスがご馳走した。割と、約束を守る男なのだ。
そうして到着したフォースタ家で、カタログ詐欺師は悲鳴をあげることになる。
「では、宝石を渡してくれるかい?」
「こちらでございます」
詐欺師はテーブルの上に宝石を置く。その手を宝石から離さずに、「そちらも残金32,000ルド、宜しいでしょうか?」と言ってくるではないか。
ワンスは「……なんのつもりだい?」と、声を低くして詐欺師を睨んだ。心底、心外であるという風に。
「なぜ、こちらが32,000ルドも支払わなければならないのかな?」
「……お客様? 契約を反故になさるおつもりですか?」
詐欺師は不穏な空気に少し戸惑いながらも、ワンスを鋭く睨んできた。さすがにフォーリアも戸惑って、オロオロとしている。
「約束通り、金は支払っただろう」
「8,000ルドだけしか受け取っておりませんが」
「言い掛かりはよしてくれ。僕は金がないから『支払いは8,000ルド』と宣言したじゃないか。君も了承しただろう」
詐欺師は「は!」と見下したように笑って、鞄から契約書を取り出す。
「こちらが契約書です、ここに40,000……ぇえええ!? 8,000!? 8,000!? なんで8,000!?」
「何に驚いているのか分からないが、契約書通りに8,000ルドを支払い済みだ。宝石は頂こう」
そう言って、テーブルの上の宝石をゲット。フォーリアは何が何だか分からないという顔をして、ワンスと詐欺師を見比べていた。
「嘘だ! 何かの間違いだ!!」
「……君が金額を書いたのだろう?」
「さては、お前! 契約書をすり替えたな!? 予め契約書を複製したのか!?」
ワンスは、まるで聞き分けのない子供を諭すように「ふぅ」と一息ついてから契約書を指差す。
「君の言い分が理解できないが、ほらここ。君が追記した旨が、キチンと書かれてある。予め、これを複製しておくのは不可能だろう」
「うぐっ……!!」
「……あぁ、そういえば、違約金は双方ってことを追記していたんだ。えっと、契約金の10倍かぁ。80,000ルドを頂けるのであれば、宝石は返すが?」
「こ、この! 詐欺だ!!」
「詐欺? 君がそれを言うのか、笑えるな」
意味ありげに詐欺師を見て、嘲笑ってやった。罪を犯すのなら、相応の覚悟をすべきである。簡単に垣根を越えてきた目の前の男に、ワンスは少し苛立った。
「これ以上騒ぐならば、騎士団に通報する。フォーリア。ニルヴァン伯爵家に連絡を」
「は、はい!」
「ニルヴァン伯爵家ぇ!? ま、待った! わかった、わかりました! 契約通り、8,000ルドということで、取引完了で!」
詐欺師は、よほど後ろ暗いところがあるのだろう。契約書を鞄に詰め込んで、逃げるように玄関に向かう。
大切なお客様のお帰りだ。ワンスは「どうぞ」と、にこやかに玄関のドアを開けてスタンバイ。そして、詐欺師が通り過ぎる瞬間、小さく呟いてやった。
「やるなら、もっと上手くやれよな?」
男は、そこでやっと確信したのだろう、相手も本物の詐欺師だったということに。
男は俯いていた顔をバッとあげて、一瞬だけ強い視線を寄越した。しかし、すぐに視線は緩く解かれ、わずかに身体を揺らしはじめる。全身に氷の槍を刺すような強い視線を、ワンスが返したからだ。
「ここには、もう来るな」
纏う空気は一変。暗く黒く研ぎ澄まされていた。その表情は……まるで、いや、まさに犯罪者だった。彼は真っ黒に手を染めた、まぎれもない犯罪者なのだ。
言うことを聞かなければ報復をされると、肌で感じたのだろう。そして、それは惨いものであることが容易に想像できたに違いない。詐欺師の男は、肩で息をして、どうにか縦に五回ほど首を振ってから、転げるように去っていった。
ワンスは、逃げる詐欺師に「ばいばーい」と手を振りながら、瞳をキラキラさせて、頭の中で戦績を計算する。さっきのどす黒い気配はどこへやら。金が大好きである。
―― えーっと、宝石の買取額は、8,000ルド、クリーニング代が1,000ルドだろ。今回の経費は、9,000ルドね
満足そうに頷く。宣言通りの9,000ルドである。いやいや、彼は経費を宣言したわけではない。
―― 宝石を売れば、26,000ルド。26,000-9,000=17,000ルド
これが今回の儲けではない。大事な約束が残っているからね。ワンスは、割と約束を守る男なのだ。割と、ね。
―― フォーリアに8,000ルドを返して、残りは9,000ルドの儲け。うん、予定通り~♪
計算通り、儲けは『9,000ルド!』になったというわけだ。