喧嘩
まるでゴーストタウンのように薄暗く、人気のない町の外れを勅使河原は走る。
だが、振り切ってはいけない。
こちらを追わせる必要があるのだ。
勅使河原は、自分の位置を知らせるように時折、声を上げながら走った。
「勘弁してください~!」
勅使河原は、数分逃げ回ると廃ビルに辿り着いた。
そして、廃ビルの玄関口となる錆びて汚くなった扉を
大きな音を立てて開けると暗い室内の一角に筒状の物を投げ放つ。
扉は開け放ったままだ。
「待てや、オラァ!」
「逃げてんじゃねぇよ!」
「ここ入ってったぞ!」
4人の不良が息を切らせながら、
廃ビルに辿り着くと我先に開けっ放しにされたドアを潜り、中へと入って行く。
「どっか隠れてんだろ!」
「探せ、探せ!」
暗い廃ビル内で怒号が響く中、遅れて炎の入れ墨の男が小走りにやってきた。
その顔は獲物を狩る喜びに震えるように、歪んだ笑みを浮かべていた。
「ったく、こんな所に逃げ込みやがって。馬鹿な奴。
んな汚くて小せぇビル、隠れる所さえないっての」
男は呟きながら、悠々とした足取りで自身も開けっ放しの扉の向こうへ踏み入ろうとする。
その瞬間ー
扉の後ろから、男の首に巻き付くかのように手が伸びて来た。
勅使河原の腕だ。
その腕は、男の後ろを取る形で綺麗に首に巻き付いていく。
「ー!」
虚を突かれた男は、その不意打ちに対応出来ず、首を締め上げられ声も出せない。
振りほどこうと試み首に回された腕を掴むが、びくともしない。
やがて、意識は朦朧とし始め、腕に力も入らなくなると、男はそのまま落ちた。
「お馬鹿さんだねぇ。隠れる所ならあったじゃないの。それもビルの外に」
勅使河原は薄く笑って呟くと、そのまま扉の前、
建物の内部側からも見える位置に、落とした入れ墨の男を寝かせる。
丁度、扉を通る際に外で倒れている男が視認出来るような形だ。
そして再び叫ぶが、今度は多少、堪えきれない笑いが入り混じっていた。
「勘弁してください~!(笑)」
廃ビルの中で狩りに精を出している4人の不良が俄にざわめき出す。
「あの野郎、あっちだ!」
「てか、何か笑ってね?」
「ざけんじゃねぇぞ!」
口々に芸のない怒号を飛ばすと兎狩り専門の狩人たちは
猛然と出入口付近へと走りだし、程なくして到着すると、
扉の先に倒れているリーダー格の男を見た。
「ケンジさん!」
不良の一人が駆け寄り、今度は中から外へと開け放たれた扉を潜ろうとする。
その瞬間ー
轟音と共に、勢い良く扉が閉められ、駆け寄る男は顔面を強打し、悶絶した。
「まるで扉に誓いのキスでもしてるみたいだなぁ」
扉の向こうから勅使河原の嫌味が聞こえると男は痛みも忘れて激昂した。
ガチガチガチ!
「殺すぞ、テメエ!殴り殺すぞ、クソが!」
男が狂ったようにノブを回し、扉を開けようとすると勅使河原はしつこく繰り返す。
「勘弁してください~!(笑)」
勅使河原が笑うと一瞬、扉を押さえ付ける力が弱まる。
その隙を付いて激昂する男はすぐさま扉を開けるが、
その目に飛び込んできた物はスプレーの射出口であった。
プシュウ~!
間の抜けた緊張感のない射出音が響くと、
男はそれに釣られるように弱々しくも甲高い悲鳴を上げた。
「ひいいい!ひいいい!」
続けて男が両手で顔面を抑え、目をかきむしり出すと勅使河原は、
がら空きになった男の腹部めがけてスチール板で
補強されたビジネスシューズの爪先をめり込ませるように前蹴りを放つ。
男はそのまま崩れ落ちた。
「あと3人…」
勅使河原は冷たく言い放ち、再び扉を閉める。
廃ビルには生き残りの3人が明らかに警戒を高め、恐怖さえ滲ませた声音で言った。
「催涙スプレー?」
「何だよコイツ…」
「てかケンジさん、どうしたんだよ。ゴホッ。」
「ゲホッ…なんか煙くねぇか?」
怯え始めた三人を包むように暗い廃ビル内に煙が立ち込める。
もくもくと激しく充満していく煙の中、ビルの外から勅使河原の叫び声が響いた。
「火事だぞぉ~!」
その叫びを聞いた三人は一瞬、
体を強張らせると弾けるように動き出し三々五々、窓を探し始めた。
なにしろ正面扉の先には催涙スプレーを構えた危険な男が待ち構えているのだ。
考えられる脱出口は窓しかない。
内部のパニックを察した勅使河原は今度は静かに正面扉を開け、
窓側で右往左往する不良たちの元へ走る。
その顔には、いつの間にかマスクが装着されていた。
「ゴホッ…てめぇっー」
窓に手をかけている男の振り向き様、頭部へと勅使河原の飛び蹴りが綺麗に入った。
男はすぐさま崩れ落ちるが、勅使河原はその手を取り、
振り回すと周囲にいる残り二人に投げつけた。
二人が怯んだ隙にメガネとマスクに包まれた怪しい風貌の勅使河原は
催涙スプレーを突き付け前に出ると、その間の抜けた射出音が再び鳴り響く。
プシュウ~!
二人の内、スプレーを喰らった一人は、
まるでひっくり返った昆虫のように床に伏せると悲鳴を上げ、
狂ったように両目をかきむしり出す。
幸運にも無傷である最後の一人は、ついに戦意を喪失し、その口からは泣き言まで出始めた。
「ひっ…ゴホッ。卑怯だぞ、テメエ!」
「何が卑怯だよ。
俺が卑怯なら五人がかりで俺みたいな善良なリーマン狙う屑は
卑怯どころか尻の毛に付いたクソみたいなもんだろうが」
「いや、お前、絶対リーマンなんかじゃないだろ。何なんだよ、つうか火事ー」
「ああ、そうか。そういや火事って設定だったっけ。
でも、逃げなくていいよ。それ嘘だから」
目を丸くしたその男に、勅使河原は意地の悪い笑みを向けて続ける。
「それ、虫除け用煙幕だよ」
放たれた一言が終わると同時に、
電光石火の正拳突きが男の顔面を捉え、辺りは静かな夜を取り戻した。