遭遇
ある夜の事、勅使河原は秘密クラブで飲んでいた。
裸エプロンやセーラー服、メイドに魔法少女が男の顔色を伺ってくれる素敵な店だが、
その統一感の無さと形振り構わない営業形態から今一つ客足の振るわないクラブであったが、
その混沌さが勅使河原は気に入っていた。
右手に裸エプロン、左手に魔法少女を侍らせながら、
勅使河原は向かいに座る若い男に満面の笑顔で話す。
「シン、今日は前祝いだぜ。絶対にお前が優勝だかんな。
今日は高い酒にいい女、存分に楽しんでいけや」
シンと呼ばれた若い男は、嬉しそうに言葉を返す。
「ありがとうございます!今度の地下格闘、絶対優勝しますから、見てて下さいよ!」
女を侍らせ、酒を飲み、調子のいい声を上げるシンを、勅使河原はおだてつつ考えていた。
ー天堂組の興す札付きのワルが集まる地下格闘技。
こいつが優勝候補って訳ねぇ。
体は出来上がってるし、拳も喧嘩慣れしてる形だ。
今の内に引き込んでおいても悪くはないな。
「正直、俺は昔からお前には期待してたんだ。
最近は骨のある野郎ってのは少なくてさぁ。
ここらで一発、優勝かっさらってお前の強さ、見せてもらいたいんだわ」
「まあ街のヤンキー共は、見かけ倒しが多いですからねぇ。
あいつら根性だけで喧嘩しやがるからダメなんですよ、もうダメダメ!」
「ははっ、喧嘩は技術ってか?まあ一理あるけどなぁ。」
「そうですよ!俺、昔は結構空手に打ち込んでたんで。
何も技術ねぇ喧嘩屋には負ける気しないです!」
「うんうん。根性だけじゃねぇ。」
勅使河原は、微笑みながら相槌を打ち、時計を見て続けた。
「お、もうこんな時間か。じゃ、俺はもう帰るからよ、お前は朝まで楽しんでいけや」
「勅使河原さん、忙しいですもんね!
わかりました。今度の試合、見てて下さいよ。お疲れ様でした!」
ふっと微笑み、ソファーから立ち上がった勅使河原は、シンに背を向けると思い出したように言う。
「ああ、そうだ。これやるよ、前祝い。」
それだけ言うと勅使河原はシンに腕時計を投げ渡す。
「え…?時計?って、これー」
僅かに間を置いて、男は酒の酔いも覚めたように驚きの声を上げた。
「これ、クロムハーツじゃないですか!いいんですか!?」
「そんなもんでいいなら、またやるよ」
「マジですか…!お疲れ様っしたぁ!」
機嫌良く大声を放つシンを背に、
勅使河原は店内を歩く淫らな格好の女たちの胸や尻を触りながら店の奥へと消えた。
その顔は、完全に好事家のそれであった。
※※※
中心街から外れた先は、電灯もまばら。
住民の生活の質は街の中心から離れる程に落ちていく。
この街は、ネオンで彩られ、人が集まる場所こそ賑わっていたが、
街から外れた場所はろくな整備もされず、寂れ、廃れ、社会的弱者と高齢者だらけ。
挙げ句の果てにはワルばかりが幅を利かせている有り様であった。
勅使河原は、かっちりとしたスーツに身を包み、
黒淵メガネをかけて手元のスマートフォンを逐一確認しながら歩いていた。
時折、視線を感じる。
寂れた吹き溜まりの中で、何も持たぬ者が何かを掴み取ろうと、
始終、その目をフクロウのように輝かせているのだろう。
どこか弱々しい足取りで道に迷うかのように人気のない場所へと靴を進めていた所、
強面の若い男たち。
平たく言えば不良と呼ばれる者が五人、湧くように出てきて道を塞いだ。
すると、一人の不良がガムを噛みながら勅使河原に話しかけた。
「リーマンがこんなとこで何やってんの?もしかして迷子?」
不良は、くちゃくちゃと下品な音を立てながら小馬鹿にするように問うてきた。
周りにいる不良もにやにやと下卑た笑みを浮かべている。
よく見ると、その内の一人には首筋に印象的な炎を象った入れ墨が見られた。
ー首筋に炎の入れ墨。見つけた。
だが、五人か。面倒だな。
リーマン姿の勅使河原の前に五人のならず者が立ちはだかる。
すると、リーダーらしき入れ墨の男はポケットに手を突っ込みながら脅すように続けた。
「ちょっと、お小遣いちょうだいよ」
ありきたりを越えて、もはや陳腐とも言える恐喝に勅使河原は体を震わせながら答える。
「か…勘弁して下さい。お金ないんです!」
不良たちは一瞬、顔を見合わせると笑いを堪えるようにしていたが、
その顔色は即座に怒気を孕んだ。
「ちったあ、あるだろ?とりあえず、その携帯渡せや。で、鞄も見せてー」
男が言い終わる前に、勅使河原は体を翻すと、猛然と走り出した。
そして携帯電話を落としながらも大きく叫ぶ。
「すいません!勘弁してください~!」
その逃げっぷりに不良たちは呆気に取られたが、すぐに4人の男が怒声を上げて追い立てる。
「待て、コラ!」
走り出す4人の不良とリーマン姿の極道の後ろ姿を見ると、入れ墨の男はほくそ笑んだ。
「あーあ。ケータイ落としちゃって。もう通報も出来ないねぇ」
その男は、携帯電話を拾うと不良たちに続き、小走りに小鹿の振りをした極道を追い出した。