シノギ
あれから、一か月程が経った。
美姫の一件が終わったあの日、
新入りの雅史は勅使河原から盃を貰い、
正式な形で天堂組 若頭補佐役・勅使河原の弟分と認められた。
まだまだ頼りないが、現在は主に勅使河原の仕事の補助や
事務所のトイレ掃除などを黙々とこなしている。
雅史は事務所の掃除が一段落すると、ソファーで一息付いていた。
すると、広くはない事務所の中央付近で
長い事パソコンに向かい合っていた勅使河原は首も動かさずに言った。
「おっし。見つけたぜぇ。
こいつは明らかに世の中舐め腐ってる超ド級の外道だなぁ。
腕が鳴るわ~」
どうやら仕事を見つけたようだ。
これは、雅史も最近になって知った事なのだが兄貴分であり、
若頭補佐役というトップにも近い地位を持つ勅使河原は
独自の手法でシノギを行っていた。
簡潔に言えば、それは【悪人探し】である。
勅使河原に言わせると、
今の世にはお天道様の光さえ浴びちゃいけねぇレベルの
腐れ外道が溢れている、との事だ。
そして、その手の奴らは法の網を搔い潜るのが得意中の得意である。
日々、それらを取り締まろうと心血を注ぐ日本警察は、
世界的に見ても極めて有能だと言えるのだが
リスクを恐れない悪タレ共は何でもアリだ。
法に縛られない者は、法の枠組みの中でしか動けぬ者に対して滅法強い。
発覚していない犯罪など、掃いて捨てる程ある。
そうした人間の弱み―
秘匿され、隠蔽された悪事を警察に先んじて暴き、
脅しに脅せば金になる。
脅された者も後ろめたい悪事があれば、
警察に駆け込む事も躊躇するため、少々の暴力は解禁出来る。
もちろん情報化極まる現代においては、
似たような事を思い付く人間は幾らでもいるだろう。
だが、多くの場合、とてもそれを実行する能力は無い上
能力があったとしても個人で動くのは極めて難しい。
仮に一件や二件、成功したとしても堅気の人間にとってのそれは
義憤を御旗にした行為だったと仮定しても、
単なる私刑行為として、法の処罰を受けるだろう。
復讐代行サイトというものが問題となり、
話題性まで帯びるようになったのも記憶に新しい。
しかし、その点、裏の世界に精通する極道はどうか。
彼らは強い結束力で組織立っている上、
情報力、人脈に優れ、おまけに暴力のプロである。
さらに代紋―
【組の名前】という武器を有し、
相手を黙らせるのに大した手間は要らない。
つまり、現実的に考えると悪人狩りをシノギに昇華する手法は
ヤクザ者にしか出来ない暴力の妙なのだ。
勅使河原はそこに目を付け、街に蔓延る外道から金を毟り取っていた。
ふと、パソコンを操作している勅使河原が子供のような笑みを浮かべる。
何かを企んでいる顔だ。
ややあって、勅使河原がパソコンをシャットアウトすると、
まるで魚が跳ねるかのように椅子から立ち上がり、
雅史を含む数人の組員たちに言った。
「おし、行くぞ」
此度のターゲットとなる哀れな餌は、一体何をしてくれたのだろう。
どんな惨い暴力を受け、どんな醜態を晒してくれるのだろう。
組員たちは、意気揚々と歩き出す若頭補佐―
勅使河原の後ろを、どこか誇らしげな顔をして付いていく。
"極道とは、かくも悪食。
仁義を切らせば鬼も逃げ出し、肩で風を切らせば悪魔も震え上がる。
お釈迦様が見逃したって、手前の両の眼は見逃さねぇ。
外道の皆々様、お控えなすって。
その身から出た錆、手前ら天堂組が取り立てさせて頂きます"




