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悪食  作者: わたっこ
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極道

それにしても、とんでもない女だった。

自分の娘を飢え死に寸前まで放置し、

当の本人は半グレの男と悪ふざけに興じる日々。

最後には人まで死なせている。


しかも、聞く所によると美姫という女は

彼氏である貴仁に娘がいる事を隠して付き合っていたバツイチ女だという。

とても野放しにしていい女ではない、と

雅史は事務所の外にある車の前で勅使河原を待ちながら思った。


「おし、出るぞ」


事務所から出て来た勅使河原が言った。

雅史は車のドアを開けると丁重に勅使河原を迎え、

自身も運転席へ乗り込んだ。

勅使河原は最後の仕上げに行くという。

雅史は静かに車を出すと隣に座る勅使河原は言った。


「北って、どっちだっけ?」


※※※


程なくすると小さな墓地に辿り着いた。

そこは国道から外れた小道に入った先、

住宅地からも距離がある静かで目立たない小さな墓地であった。


駐車場もなかったので雅史は大きく車を幅に寄せ、

狭い道の脇に止めようとするが兄貴分である勅使河原が

出やすい場所を確保して止めなければならない。


雅史は慎重に場所を選んで駐車しようとハンドルを滑らすが、

そんな雅史の隣から、ぼやくような声が聞こえてきた。


「別にいいよ、ここで。すぐ済むから」


勅使河原はそれだけ言うと、さっさとドアを開け外へ出て行ってしまう。

雅史は慌てて停車し、兄貴分の後を追うように外へ出る。


「静かでいいとこじゃねぇか」


勅使河原はそう呟くと六つ程あるうちの一つの墓石へ歩みを進めた。

見ると、その右手には小さな封筒状の荷物を持っていた。

後ろから駆け足で近付いてきた雅史は咄嗟に声を上げる。


「荷物、あったんすか。すいません、気付かなくて。

 俺、持ちますんで!」


「いいよ。これは大事な物だから俺が持ってるの」


「だ…大事な物っすか。すいません、そうとは知らずに」


雅史は天堂組に入ったばかりの新参の若衆であった。

この世界での新入りなどチンピラに毛が生えた程度のものだ。

その事実は雅史本人も強く自覚していたので中身が気になりつつも

あえて聞こうとはせず、口を閉じた。

そんな弟分の様子が面白いのか、勅使河原はからかうように言った。


「中身、気になるぅ~?」


まるで悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべる兄貴分を見て

雅史は少しばかり、たじろいだ。


下っ端には持たせられない大切な物。

拳銃や麻薬だろうか?

いずれにせよ、堅気の世界に出回っているような物ではないだろう。


想像を巡らせる雅史は固唾を飲んだが、

勅使河原の口から出た言葉は果たして、想定の外の物であった。


「エロDVDだよ」


まるで雅史の想像を見透かしたかのように、

勅使河原が悪戯っ子の顔をして言う。

それを聞いた雅史は、放心したような表情を浮かべていた。


※※※


呆気に取られていた雅史は、兄貴分に散々笑われると漸く説明を受けた。


「ここよ、お客さんのお墓だよ。

 ほら、半グレの屑にやられて自殺しちまったお客さんのお墓」


「はい、それは途中から何となくながら、

 そうじゃないかとは思っていたんすが。

 何でここでそんなDVDが出てくるのかと」


「何でって、あのお客さんの物だからだよ」


呆気に取られていた雅史の顔は困惑の表情に変わりつつあるが、

勅使河原の行動や言動のせいか、肩の力はすっかり抜けていた。

勅使河原は続ける。


「あのお客さんが、うちの店のお得意様だった事は知ってるだろ。

 この新作のDVDはな、そのお得意様が生前、予約してたもんだ。

 だから、墓参りも兼ねて届けに来たんだよ」


「ヤクザが墓参りして注文されていたDVDをわざわざ届けるんすか?

 しかも、注文した奴はもう死んでるってのに。

 俺は、てっきりもっとヤバい件にでも関わるのかと…」


「おいおい、雅史。おめぇ、極道を舐めてんのか」


勅使河原は、今までにないくらい真剣な面持ちをして続けた。


「殺されたお客さんはなぁ…

 俺らの店で買い物をしたんだ。金だって払ってある。

 取引をした以上、このDVDはお客さんの物なんだよ。

 届ける義務が俺らにはある。

 それが、極道の仁義なんじゃねぇのか」


「極道の仁義…

 でも、俺らがそこまでやるべき事なんすかね?」


「当然の事だろ。

 お客さんはうちの店で殺されたようなもんなんだぞ。

 殺った奴にはきっちり落とし前を付けさせる。

 お客さんとの取引もきっちり守る。

 例えお客さんがあの世へ旅立っちまった後でもだ。

 これは、言うまでもねぇ事だ。違うか?」


「いや、何も…

 何も違わないっすよ!

 ただ、子供を保護したり墓参りしたり、

 俺の思っていたのとはちょっと違ってて。」

 何だかヤクザっぽくないっていうか」


「雅史、これだけは言っておくぞ。

 極道になるからにはな、ワルである事に固執するんじゃねぇ。

 只のワルじゃあ、極道やってる意味がねぇんだ」


その瞳を鷹のようにぎらつかせる勅使河原の物言いに、

雅史の表情は自然に引き締まっていく。

まだ新参者の雅史は、兄貴分の話から、

極道の心得を掴み取ろうと聞き入る恰好になっていた。


「悪の道を極めようとする野郎はな―

 悪という概念にさえ縛られちゃあならねぇ。

 そして、それ以上に仁義を通して生きなきゃならねぇ。

 俺らは無法者ではあっても、外道じゃねぇんだ」


勅使河原はそれだけ語ると、雅史に背を向け墓石に向かい手を合わせる。

兄貴分の極道としての矜持を垣間見た雅史は自然にそれに倣い、

手を合わせていた。

やがて、二人が拝み終わると勅使河原は墓石の前にDVDを置き、

呟くように言った。


「悪事を行えば、善事も成す。それが極道ってもんよ」


勅使河原のその言葉に頷くように―

あるいは、故人を悼むかのように―


日は沈んでいった。

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