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悪食  作者: わたっこ
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再びの極道

「もう大丈夫だって、千景(ちかげ)ちゃ~ん」


一面が白に塗り潰されたこれ以上ないくらい清潔な四角い空間。

包帯だらけでベッドに寝る勅使河原は白衣の女性へ向け、軽口を叩いていた。


「大丈夫か大丈夫じゃないのか。

 それは、勅使河原さんが決める事でも私が決める事でもないんです。

 もう何度も言ってるじゃないですか」


答える看護師の千景は、半ば呆れたように一息に言うと、次の瞬間には驚きの声を上げた。


「ああっ!何でそこでストレッチ始めるんですか。

 勅使河原さん、本当に傷が開きますよ!

 あなたの体は穴だらけだって事をいい加減にわかって下さい!」


「千景ちゃん、お母さんみたいで可愛いな。

 いいお嫁さんになってくれそうだ」


「……!」


馬鹿にされているのか褒められているのか、あるいは、からかわれているだけなのか。

判断の付かない千景は顔を真っ赤にして口も開けないでいる。

その様子を部屋の隅で観察している里琴が口を開いた。


「勅使河原。

 私は旦那が愛人を囲っても、いちいち怒ったりはしない。

 王というものが、側室を囲みたがるのは必然と心得た」


里琴は読んでいた漫画本を閉じ、夢見心地のように続ける。


「それが正室である女に求められる度量というもの。

 愛を独占しない覚悟を持つという事。

 ……(きさき)である私の宿命と言っていい」


あんぐりと口を開ける勅使河原は視線を漫画本へと向けた。

その表紙には、いかにも冷酷そうな美形の男が

王族のお召し物らしき煌びやかな服装で立ち、

その隣には目を輝かせるようにして立つ少女が見える。


「またいつもの思い込みが始まったか」


ため息交じりに言う勅使河原だったが、里琴は鼻息を荒くするばかりである。


「だ・か・ら!

 勅使河原さん、ストレッチをやめて下さい!」


思い出したように叫び、

駆け寄ってくる千景に勅使河原は仰向けに寝たままでファイティングポーズを取る。


「よし、やるか。プロレスごっこ。

 俺に勝てたら何でも言う事聞いてやるぜ」


「もうっ!子供じゃないんですよ!

 あなたはそれで恥ずかしくないんですかっ。

 って、何で腹筋に入ってるんです!?

 それはストレッチではなく、筋トレ……ふわあっ!」



※※※



「追い出されたね」


緑豊かな病院中庭で里琴が言う。


「追い出されるように仕向けたんだよ。計算通りだ」


得意気に言う勅使河原だったが、

その頬は真っ赤に腫れていてどうにも格好が付かない。


「いや、しかし看護師も変わったなぁ。

 昔はもうちょっと優しかった気がするんだが。

 ほら、白衣の天使なんて呼ばれてさ」


「そうなの?だったら退院の暁には私が白衣を着てあげる。

 そうしたら私の事を天使と呼んでいい」


「ははっ。お前が天使なら、俺は全能神だな。

 ところで里琴、上手くやってくれたのか?」


整えられた芝生に座り込む勅使河原が微笑みながら言う。

里琴も隣へ座り込むと懐に手を入れ、携帯電話を取り出すと答えた。


「若頭は、これを機に休暇を取れってー」


言い終わる前に携帯電話をひったくる勅使河原は電源を入れながら言う。


「ったく。病院ってのは何でもかんでも没収しやがってひでぇよな。

 おっ。着信もメールも一杯来てるじゃん。いや、人気者は辛いぜ」


慌てるような指使いで携帯を弄くり出す勅使河原に里琴は静かに、だが、優しく呟いた。


「落とし前の帰り道に若頭に言われた事、覚えてる?」


ぴくりと携帯を操作する指が止まる。

九鬼がやって来た辺りからの記憶が曖昧らしい勅使河原は、

里琴が何を言いたいのか図りかねていた。


「あの男、笑ってたって」


勅使河原は眉をひそめるが、それには構わず里琴は遠い目をしながら続けた。


「若頭に撃ち殺される時。満足したように笑ってたんだって」


「へえ。あの野郎、マゾだったのか」


「勅使河原が寝てる間に密葬を済ませたみたいだけどー」


軽口には付き合わず、里琴は語り続ける。


「体がぼろぼろでね。皮膚癌だったみたい」


勅使河原は驚き、絶句するが、すぐに何でもないような顔になる。


「若頭は言っていた。

 もしかしたら伊万里は最後に、もう一度だけ本気で戦ってみたかったんじゃないかって」


喧嘩一つで身を立ててきた伊万里。

破門され、行く当てもなく、後ろ楯もなくなったその男。

長い事、戦う相手さえいなかったであろう事は、想像に難くない。


そんな男が、笑っていたー


朧気(おぼろげ)な記憶を手繰り寄せれば、

笑いながらお互いを傷付け合っていたのが、ついさっきの事のように感じられる。


「やっぱり覚えてない」


里琴はそっと微笑むと、艶のある小さな唇から春の風でも吹かすようにして言った。


「ふん。自分ばっかり満足に死にやがって、結構な事だ」


悪態を吐く勅使河原の顔も、どこか晴れ晴れとしている。


「何か腹が減っちまったな。

 病院食ってのは味は薄いわ、量は少ないわ、どうも辛気臭くていけねぇ。

 焼肉でも行くか」


「また脱走するの?今度は大目玉じゃ済まないよ」


「そうなったら院長と千景ちゃんに金一封でも贈って黙らせるさ。

 世話にはなってるんだしな。

 止めるか?それとも一緒に来るか?」


立ち上がり、目を輝かせて言う勅使河原に、里琴は間髪も入れず答える。


「言うまでもない。

 焼肉だろうが、地獄の底だろうが、一生付いて行くけれど……」


言い淀む里琴が物欲しそうな笑顔を見せ、今度は少しだけ間を開けて続ける。


「その前に、没収中の携帯電話を奪い返して来た褒美が欲しい」


「したたかな奴だなぁ。焼肉なら奢るっての」


「違う。たまには私の手を取って、連れ立って。

 出来れば強引に。私の事を、あの家から誘拐した日のように」


「そんな事あったっけな。

 何しろ派手な事をやらかすのには慣れてるからなぁ。

 忘れちまったぜ」


さらりと言う勅使河原は座り込んだままでいる里琴の手を強引に掴み、

優しく立ち上がらせると威勢良く続けた。


「よし、金に桃に雅史にー

 いや、暇そうにしてる野郎に片っ端から電話しろ。

 少し遅れちまったが、派手に祝勝会と行こうぜ!」


「誘拐ごっこの続きは……?」


脱走に胸を弾ませる勅使河原がにやりと笑う。

眺める里琴は口を尖らせるも、しっかりと掴まれた腕に引っ張られると、

花の咲くような笑顔を見せ、その極道の後ろを付いて行ったー



※※※



汚れた街に見事に馴染む、この傾奇者(かぶきもの)


往く道の先には鬼が出るか蛇が出るか。

はたまた、前門の虎か、後門の狼か。


いずれにしたって、構わねぇ。


前に進めば虎を狩り、後ろを振り返れば狼を打ち倒す。

勢い余って蛇を踏みつけりゃあ鬼を狩り、進むは一本、漢道おとこみち


男子、刮目して見よ、代紋背負ったこの背中。


進退窮まった時ァ、形振り構わず付いて来な。

それが可愛い弟分の夢だってんなら、全て背負って立ってやる。


覚悟を決めたらやる事一つ、決まってらぁ。


盃受け取りゃ心を決めて、修羅の道を闊歩する。

なぁに、言う程難しい事でもござんせん。


大言壮語(たいげんそうご)を吐き散らかしたら一歩、前へと踏み出すだけよ。


どうせ(ワル)をやるんだったら、格好良くやらにゃあ、つまらねぇ。

堅気にしたって、筋者にしたって、仁義を通さにゃあ渡世もままならないもんでしょう。


お兄さん方、お姉さん方も、そう思うだろう?


おおっと……!

そろそろ、肉の焼け目も、いい塩梅だ。


名残は惜しいが、幕引きといこう。


お前さん方も、体に気を付けて、達者でなァ。


……達者でなァ!

お疲れさまでした。

この物語はこれにて完結です。

お読み頂きまして本当にありがとうございました。

皆さま、それぞれの道を恰好良く歩いて行けます事を心より願っております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 法は無くとも 道はある それが蛇の道とても 極めりゃ神にも届くさと 盃片手に今日も行く 善であろうと 悪であろうと 吊るす天秤の果てと果て 金と命を秤にかけて 乗せた盃に手を掛けりゃ …
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