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悪食  作者: わたっこ
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覚悟

素手喧嘩(ステゴロ)の宣言と同時に二人が動く。

伊万里は西部劇の速撃ちを思わせるような動きで上着の内ポケットに手を突っ込む。

対する勅使河原は、後ろに一歩、大きく足を踏み込むと、

先ほど放り出していた鉄扇を爪先で浮かせ、器用に拾い上げる。


鋭く光る刃物(ドス)を振りかぶる伊万里。

戻って来た鉄扇を握りしめる勅使河原。


素手喧嘩(ステゴロ)の宣言は、出したと同時に破られたー


「ははっ!俺ァ、知ってんだよ。

 テメェの邪悪な性格もゴミのように汚ぇやり口もなぁ」


どこか嬉しそうに言う伊万里は、短く、鋭い刃物を小さく振り回す。


「お前に言われると流石の俺も傷付く」


伊万里が繰り出した初撃こそ、頬を掠めたものの、

続く攻撃を後ろに下がりながら躱す勅使河原も、笑みを湛えて言う。


「ついでに、ご自慢の顔も傷が付いちまったなァ」


ひゅうひゅうと夜風を切る音を鳴らし、鎌鼬(かまいたち)のように肉を裂きに来る刃物による連撃。

よほど使い慣れているのか、その取り回しは小さく纏まり、些かの隙すら見せない。

じりじりと下がり続ける勅使河原は、見切りに精一杯といった風に見える。


下がるその足取り。

観察する伊万里は勅使河原が一歩、

後ろに下がったタイミングに合わせて踏み込むと、攻撃の急速変換ー

斬撃からの突きを見舞う。

が、読んでいた勅使河原は広げた鉄扇で突きを受け、軽い調子で微笑みながら言う。


「覚悟はあるかよ、タヌキ野郎。

 ちなみに俺は無いー」


勅使河原は伸びて来た腕を取り、軽く捻ると、流れるような動きで鉄扇を突き出し、前へ出る。

鉄扇は、伊万里の喉仏へと食い込むように命中した。


「かはァッ!」


思わず顔を歪ませ、刃物を取り落とす伊万里だったが、

勅使河原は攻撃の手を休める事なく、その場でくるりと回転したかと思うと、

鉄扇を横に薙ぎ、顔面を打ち叩く。


「な、怖いだろ?鉄扇」


にやりと笑う勅使河原は、更なる追撃へと移行する。

叩き打ち、払い薙ぎ、突き上げと鉄扇を用いた舞踊を思わせる連撃を決めていく。


「鉄扇はなぁ、伊万里。

 元々は侍の持つ隠し武器だったんだぜ」


得意気に言う勅使河原は、しかし、次の瞬間には腹部に鋭い痛みを感じ、顔を歪めていた。

その灼けるような痛みの違和感に攻撃を中断すると、再び距離を取る。


「なら極道は廃業して、侍とでも名乗れや。

 せっかくの決闘なんだ。俺が切腹させてやるよォ」


鉄扇の殴打を受け続け、身体をよろめかせながらも伊万里が言う。

しかし今、注目すべきは伊万里へのダメージではない。

伊万里の左手指先から滴り落ちる赤黒い液体であり、

勅使河原の腹部からどろどろと流れ落ちるそれであった。


「ちっ。何だそりゃあ。鉄扇を笑う野郎が使う武器がそれなのかよ」


「武器じゃねェー

 暗器だ。名を猫手(ねこて)と言う」


伊万里は血液の付着する左人指し指を見せつけながら呟いた。

その指には、何やら小さな鉤爪のような物が装着されているように見える。


指の先に装着された黒々とした鉄の塊。

注意を払って見れば、その先端には爪を思わせる短くも鋭利な刃が伸びている。

それは、見た目にも怪しく、また、確認し難い暗器でもあった。


息を切らし、脇腹を抑える勅使河原の顔から血の気が引いていく。

満足そうに前を見据える伊万里は、荒い息もそのままに続けた。


「覚悟の話をしたなァ、勅使河原。

 俺は死ぬ覚悟くらい、とっくに出来てるぜ。

 そうでなきゃあ、果たし合いなんて臨める訳もねぇ」


「何が死ぬ覚悟だ、この暴れん坊ダヌキが。

 お前、極道漫画の読みすぎなんじゃねぇのか」


出血しながらも茶化すように言う勅使河原に、伊万里はふっと笑う。


「事実は小説より奇なりって言うぜ。

 それに、自意識過剰なお前の事だ。

 どうせ自分だけは絶対に死なねぇって思ってるんだろ」


伊万里の体が陽炎(かげろう)のように動く。


「よくわかってるじゃねぇか。

 そうだ。俺は殺す覚悟は付けても、死ぬ覚悟なんてハナからするつもりはねぇ」


血を滴らせながらも勅使河原が、しなやかに動く。


きりきりとした殺意をぶつけ合う二人は、

それでも笑みを湛え、今、この瞬間に同じ事を考えていた。



死力を尽くす時が来たとー



先に動いたのは勅使河原の方だった。

半身に構え、流れるような動作で鉄扇による振り下ろしから、打ち上げへと入る。

それは、形振なりふり構わぬ乱舞攻撃での制圧を目論み、

一切の防御を捨てるリスキーな手段であったが、しかし、鉄扇による攻撃は容易に決まる。


一撃。二撃。打ち込んだ瞬間には次の攻撃を。

畳み掛ける勅使河原であったが、次々と打たれる伊万里も黙ってはいない。

乱舞を受けつつも、攻撃の合間を縫い、

その指に仕込まれた刃物で襲い来る極道の体に穴を開け続けていく。


夜の風は冷たさを増していく中、獣じみた目を光らせる二人は

互いが互いに防御を捨て、躍起になって相手の肉体破壊に、ただ、専心した。


叩き下ろし。突き上げ。打ち付け。

勅使河原は、疾風怒濤の猛舞を打ち込み続ける。

半身を意識し、致命的な部位への攻撃を喰らわぬように。

攻撃の手を休める事なく舞う。


よろめく伊万里は、もはや満足に体を動かす事さえ出来なくなっていたが、

それでも指一本動かす事さえ出来れば攻撃の続行は可能であった。

最小限の力で。最大限の効果を。刺突しとつが繰り出される。


一方は流血を激しくして。

一方は骨から肉まで叩き壊されながら。

それでも殺意の応酬は止まる事なく続く。



やがて、決着の時は訪れた。



夥しいまでの出血量に立っていられなくなった勅使河原が膝を折り、崩れ落ちる。

眺める伊万里も限界が近いのか、立つのがやっとといった風にそれを黙って見下ろす。


「じゃあな、タヌキ野郎ー」


半ば、呆然としていた伊万里が目の前から聞こえて来た声にハッとする。

畳んだ鉄扇を手に崩れ落ちる勅使河原は、

伊万里の足先へと固い鉄扇の持ち手先端を打ち下ろした。


めりめりと骨を粉砕する音が鳴る。

確かな手応えを感じると同時に、伊万里が声を上げ、屈み込む。


刹那、勅使河原は足に力を入れ、全精力を振り絞ると、

鉄扇を使った立ち上がり様の一撃を喉仏へと入れる。

渾身の一撃を急所へまともに受けた伊万里は咳き込む暇すらなく、

ついに地べたに倒れる格好となった。


息を切らす勅使河原は顔を歪め、血を滴らせながらも

ゆっくりと倒れ伏す男の元へと歩いて行く。


「がはっ!うっ、ごほッ!

 クソがァッ!この、クソがッ!」


声にもならない声を上げ、伊万里は悪態を付く。

勅使河原は、冷めた目で見下ろすと止めの一撃を入れるため、構え直した。


「今度こそ終わりだ。

 墓は、野生のタヌキに作ってもらうから心配すんな」


「……殺れよ。墓なんて要らねェ。

 骨まで食い散らかしてくれて結構だ」


鉄扇を大きく振りかぶる勅使河原は、何も言わない。

どこか憂いを帯びたような表情で、立ち尽くしている。


「早く殺れやァ、いつまでも見下ろされるのは不愉快だ」


伊万里の声も遠く、勅使河原は在りし日の事を思い出していた。



※※※



その男、伊万里は常に過激だった。

そしてそれと同じくらいに、あるいは、それ以上に強かった。


両の手から伸びる流星錘。

巧みな技術と力強い腕で、それを使いこなす男は幾多の戦場を渡り歩いて来た。

時には自分と背中を合わせて戦うような事も勿論あった。


頭が悪く、喧嘩しか出来ない所が玉に瑕ではあったが、

とにかく強い伊万里は戦果を上げ、組にもそれなりに認められて来たように思う。


しかし、来る日も来る日も喧嘩に明け暮れる伊万里は、

元々持っていた凶暴性を極道としての生活を続ける事により、肥大化させていってしまったのだ。


上から少し休めと言われても聞かない。

今、抗争の仕事は無いと言われても食い下がり、暴れたがる。


やがて、極道が好き勝手に暴れられない時代になると、

その男は暇を持て余すと同時に、厄介者にさえなってしまった。


だが、それでも組にとっては盃交わした家族のようなものだ。

そんな事で破門される程、天堂組は懐が狭くないし、第一、伊万里の強さは本物だったのだ。

少なくとも捨てられるような人材ではない。


やがて、組で大きなビジネスの展開をする事になり、外道狩りをやる事になった。

これは、俺の発案だった。

この手法ならば、俺らなりの仁義を通し、シノギを上げ、

任侠背負って生きて行けると判断した末の発案だ。


俺はヤクザ者も生きて行くためには、時代に合わせて変わらなきゃならないと思っていた。


話を受け、多くの組員は喜んだ。

ついでに言えば伊万里の奴さえ喜んだ。


堅気が聞けば耳を疑う話かもしれないが、

俺らだって人の心を持っているんだから、クズを締めて儲けが出せるなら喜ぶのは当然だ。


しかし、頭の悪い伊万里には話の半分さえ理解出来てはいなかった……


女に子供に老人。

利用価値があろうがなかろうが、伊万里は腐れ外道を見つける度に獣のように襲いかかり、命まで蹂躙し始める。


そんな伊万里を、俺は咎めた。

腐れ外道は心を折るのが肝だと、脅し付けてペット同然にするのが肝要だと散々言った。


≪こんな野郎はブチ殺してやった方がいいだろ、勅使河原ァ!≫


あの頃の伊万里の叫びが聞こえて来るような気がする。


奴はいつまでも命令を聞かず、自由に暴れ、殺し続けた。

今にして思えば奴にとって、社会に蔓延(はびこ)る外道どもは

思うがままに破壊していい人形に見えていたのだと思う。

堪忍袋の緒が切れた俺は、上へ報告するしかなかった。


後日、奴は破門され、何処(いずこ)かへと消えていった。



※※※



「どうしたよ、勅使河原ァ……!

 さっきの殺す覚悟の話は嘘八百だったのかぁ」


仰向けに寝転がる伊万里が動かない勅使河原に対し、挑発するように言う。


「お前こそ、もう起き上がれる程度には回復しただろう?

 何で立ち上がって続けねぇ」


勅使河原は苦痛に顔を歪めるも、涼しげな声音で切り返す。


「どう考えても俺の負けだからだよ。喧嘩の勝敗に嘘は要らねぇ」


開き直ったように言う伊万里に勅使河原は何も言えない。

沈黙が訪れ、やがて広場は静寂に包まれる。


「見上げた根性じゃねぇか」


ふと、後ろから野太い声がかかる。

振り向く勅使河原はぎょっとした。


若頭(かしら)……!」


脇に里琴を抱えたままで歩く九鬼は、伊万里の元まで近寄るとぶっきらぼうに言い放った。


「喧嘩の勝敗に嘘は要らねぇ、か。

 お前はとんでもない馬鹿野郎だったが、昔からその辺の分別は守る奴だったな、伊万里」


突然の九鬼の登場に伊万里は顔を背けながら答える。


「若頭……何しに来たんで?

 もう勝負なら付いてる。あんたの出る幕はもうねぇよ」


「分かってる。俺はただ、落とし前を付けに来ただけだ」


言いながら九鬼は懐から長方形の箱を取り出すと蓋を開け、黒光りする鉄の塊ー

拳銃を出した。


「子の不始末は、親の責任だ。

 お前がうちの者の(タマ)取っちまったんなら、俺には落とし前を付ける義務がある」


「若頭っ!そいつは俺がー」


勅使河原が口を挟むが、九鬼は何も言うなとばかりに鋭く目を光らせ、拳銃を握った。


「悪かったな。しっかり(しつけ)てやれねぇで。

 最期に何か言う事あるか?」


「……特にねぇが。

 強いて言うなら俺はあんたを尊敬してたよ。

 あんたはいつでも、誰より強かったからな」


それだけ言うと伊万里は目を閉じる。

その動作を合図にするかのように、九鬼は構えた拳銃の引き金を静かに引いた。


ぱんっと乾いた音が鳴り、硝煙の匂いが立ち込めると、

伊万里は糸の切れた人形のようにして動かなくなる。

事切れた死体を見下ろしたままでいる九鬼は、葉巻を取り出すと呟いた。


「勅使河原よ。あれからよく考えたんだがな。

 この件は何もお前一人の問題じゃねぇ。

 いや、俺の責任の方が大きいと言える。

 家族を追い出すような真似しか出来なかった俺の、な」


深まる闇の中、静けさが舞い降りる。

伊万里の最期を見届けた勅使河原は膝を突き、そのまま意識を失った。

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