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悪食  作者: わたっこ
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横槍

「はっはァッ!どうした、勅使河原ァ!

 一発受けられた程度で、こいつは止まらねぇぞォ!」


廃墟と化した暗い広場に二本の流星錘が飛び回る。

伊万里は自身の扱う武器による射程距離を頼りに猛攻していた。


ある時は縦に振り下ろされ、またある時は横へと薙ぎ払われる縦横無尽の乱撃。

乱れ飛ぶその攻撃は、空間制圧に最適化されていると言っても過言ではない凶悪さであった。


「ほらほら、勅使河原ァ!

 止めてみろや、この空間殺法をなぁぁッ!」


勢い付く伊万里の両の手から伸びるその鉄球が、

殺意を彩る軌道を描き、勅使河原の命を狙い続ける。


絶え間なく動き、見切りと鉄扇の受けで凌ぐ勅使河原。

自分の距離を保ち、一方的な遠距離攻撃を続ける伊万里。

命の取り合いに興じる二人の周りを、

夜よりも暗い殺意が広場を飲み込むようにして深まっていく。


一方で戦いを見守る里琴は、

巻き添えを食わないように広場から離れた位置、林道付近まで下がっていた。


「全く、滅茶苦茶な攻撃だよな。あの流星錘とかいうの。

 あっちこっちに鉄球振り回しやがって、

 周りにいる俺らの事も考えて欲しいもんだねぇ」


里琴と同様、流星錘の射程範囲から逃れるように距離を取る男鹿が近付き、言った。


「ついでに頭を割られて来たらいいのに」


「まあそう邪険にしてくれるなよ」


男鹿は軽く笑うと腰に装着したトンファーに手をかける。


「何故、武器に手を付けるの。決闘の見届け人なんじゃないの?」


里琴は応戦のため、構える。


「おっと、勘違いすんなよ。俺も用心棒(バウンサー)だ。

 戦闘が激しくなりゃあ、火の粉を散らす準備くらいはしたくなる。

 つまりは自衛だよ、自衛」


里琴は何も言わず警戒の目線を向け、後退(あとずさ)る。


「まあ俺はともかくとして、

 もう一人の方は何を考えているのかわからないがな」


男鹿は、流れるような動きで両腕にトンファーを装備すると、

同じように逃れて来たもう一人の用心棒(バウンサー)をちらりと見る。

宇野女と呼ばれていた男だ。


勅使河原と伊万里。

二人の交戦開始と共にライトの灯りが乏しい位置へと移動していた宇野女は、

少し離れた位置から無言で里琴を凝視している。


「もう一人の下っ端。

 さっきから、じろじろと見て何か用なの?」


横目で軽く睨みながら里琴が言う。

すると、その様子を見ている男鹿が面白そうな顔をして付け加えるように言葉を放つ。


「気を付けた方がいいぞ、お姉ちゃん。

 そいつ、無類の女好きなんだからー」


「ーッ!」


突如として宇野女の足が動く。


一瞬の脱力の姿勢。

瞬間的な加速を行う直線移動。

夜の闇にもありありと感じられる欲望の光をその目に宿らせる宇野女の左手が

里琴の体へと伸びていく。


「ふっ…!」


が、臨戦態勢を取っていた里琴は即座に反応。

一瞬で身体を捻らせ半身になると、

伸びて来た手の指を掴むと同時に、自身の身体に体重をかけ、前へと引いた。


「おぅおっ……!?」


前のめりになり、転倒寸前の宇野女が初めて口を開く。

もはや転倒は目前といった形であったが、

男は足を強く踏み込むと空いている右の腕を大きく回し、里琴めがけて手刀を振り下ろした。


「駄目だね」


里琴は短く呟き、手刀を見切ると潔く掴み取っていた指を離し、飛び退いた。


二人の距離は離れ、向かい合う形になる。


「はあ~。危ない危ない。お姉ちゃん、合気道かい。

 あの、実戦最弱と名高い、使えない格闘技ナンバーワンのさ」


下卑た笑みを浮かべる宇野女が初めて言葉を紡ぐ。


「そう。残念ながらリングの上では弱い。

 けれど、命の取り合いには滅法強い。

 信じられなければ理解させてあげる。

 無論、あなたがそれを理解する頃には心臓も止まっていると思うけど」


里琴が構えながら返すと、宇野女は驚くような顔をして叫ぶように続けた。


「ああっ!間違えたっ!間違えたよっ!

 実戦最弱の格闘技は合気道じゃない!

 テコンドーだっ!テコンドーだったよぉっ!」


「……そんな最強議論に興味ない。

 第一、闘技と死合(しあい)は違う」


「けれど、お前、その目がいいね。

 俺は強い女が大好きなんだ。

 鍛えられた女は、それ自体が貴重だから俺はレア物が大好きなんだ。

 強くて可愛いなんて、まるでキラキラカードみたいだぜぇ。ふふぅっ」


宇野女が里琴の短いスカートから伸びる足を舐めるように見ながら語る。


「支離滅裂だね。会話のキャッチボールもままならない」


「まあまあ。俺は命まで取らねぇよ。

 ただ、ヤクザの女なんかやってるよりさ。

 もっと、遊ぶ男を選んだ方がいいんじゃないかってね」


「もう喋らない方がいいよ。口を開く程に、頭の悪さが露呈するから」


里琴がそっと片足を上げて見せる。

艶かしく伸びた白い足と、スカートの隙間を見せつけられるように。


「おっ……!おおっー

 いいねっ、いいねぇっ!」


興奮の声を上げる宇野女は再び前へと移動し、手を伸ばした。


「単純でやりやすい」


その挙動を観察する里琴は即座に反応し、合気の構えを取る。


「なぁんちゃってぇッ!」


伸びて来る宇野女の左手。

しかし、それは絶叫と同時に突然止まる。

更に宇野女は攻撃の急停止と同時に右腕を背中へと回すと、

隠し持っていた木刀を里琴の肩めがけて振り下ろす。


「ーッ!」


敵の放つ急な攻撃の切り替え。

里琴はすんでの所で右へと飛び退き、木刀を躱すと宇野女が得意気な顔で言った。


「ははっはっ!そんな手にかかるかよぉ!

 ほらほら、叩くぞぉ。殺しはしないが、両腕折るくらいならやっちまうぞっー

 って、あれっ?」


木刀を振り回そうとする宇野女は、右手の違和感に気付くと顔色を青くした。


見れば、右の小指が深く切り込まれているー


「うっ!ううっ……!」


今更になって切られた事に気付く宇野女が呻く。

後ろで見ている男鹿は意味深に笑っている。


木刀が打ち下ろされる瞬間。

里琴は、ベルトに仕込まれた短刀を抜き出し、敵の握り手を切り付けながら移動していたのだ。


「痛ぇぇぇッ!いっ、いっ、痛ェェッ!」


「背中に何か持ってる事くらいすぐわかる。

 ずっと、背中を見せないようにして立っていたから。

 予想の付いている攻撃なんて、私なら簡単に切り返せる」


「痛ェェェッ!痛ェェェッ!」


ぼたぼたと赤黒い血を大地に落としながら宇野女は未だ、痛みを訴え、喚き散らしている。

里琴は脅すように続けた。


「次は頸動脈を斬る。

 あなたに私を殺すつもりがなくても、私はあなたを殺すつもりだから」


「痛い、痛い、痛いっー」


切られた指を左手で抑えながら宇野女が呻くが

その苦悶の顔は前触れもなく笑顔に変わる。


「なんちゃってェ!」


そして叫ぶと同時に、木刀を左に持ち替えると、鋭い突きを放つ。

その速度に、今度は里琴も躱す事が出来ず、強烈な突きが当たる衝撃音が鳴り響いた。


「ああっ?」


木刀を握る宇野女が呆けたように口を開いた。

放たれた突きは的確に小さな身体を捉えていたが、

里琴は短刀の(つか)で攻撃を受け止めていた。


「残念な演技だね……!人を騙すには、頭脳も演技力も足りなさすぎる」


里琴はそのまま左手で木刀を握ると捻った。


「っとぉ……!」


バランスを崩されるのを嫌った宇野女が木刀を手放す。

合わせるように里琴は踏み込み、懐へと入ると右の手で短刀を斜めに、

宣言通りに首の頸動脈を狙い、振り抜きに行った。


「待ってたぜぇ~っ!」


しかし、反応する宇野女は懐に入ってくる里琴にカウンターを与えるため、手刀を繰り出す。


頸動脈を狙う短刀による斬撃。

カウンターを狙い、迎え撃つ形になる手刀。

交わる二つの攻撃は、射程距離が勝敗を分けた。


首を打つ鈍い音が鳴るー


リーチに勝る宇野女の手刀は、里琴の踏み込みからの斬撃が届くよりも早く命中していた。

手刀を首へと受け、よろめく里琴は身体全体が痺れるような感覚に襲われ、意識さえ飛びそうになる。


「女がどんなに鍛えたって、男に敵うはずがないんだよなぁ」


その瞬間にあって、里琴は宇野女の発する不快な言葉を聞いた気がした。

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