落とし前
東京都阿摩区。
大自然に囲まれた東京屈指の森林保有地帯。
大きく広がる森林を縫うようにして整備された道路を黒塗りの車が駆ける。
決闘の地、阿摩テーマパークはもう目と鼻の先にまで迫っていた。
「あっ、タヌキ」
窓の外に目を凝らしている里琴が呟く。
「何だよ、腹でも減ったのか?」
勅使河原が茶化すように言う。
「そうじゃない。可愛いと思った。捕まえたらペットに出来るかな?」
「ペットってのも悪くないな。だったら名前は伊万里にするか」
「何故これから殺る相手の名前を付けるの?」
「ペットにして、肥え太らせてからタヌキ鍋にしたら美味そうだと思ってな」
「飼っても結局食べる方へ行くんだね。
タヌキが美味しいって話はあまり聞かないけれど」
「食えるモンは何でも食うさ。
増えすぎた害獣は喰らう分には、何の文句も出ねえしな」
「確かに。ただで食べるご飯は美味しいと言う。
それにしたって、タヌキだなんて悪食もいい所」
「ただ飯、ただ酒は美味いって言うだろう。
っと、見えて来たぜ。阿摩テーマパーク」
車は速度を上げ、
夜の闇に溶け込むようにしている巨大なテーマパーク正門入口へと走って行く。
「勅使河原。バリケードがたくさん設置されてる」
「構うもんかよ」
勅使河原は何の躊躇いもなくアクセルを踏み込むと板やロープ、
看板やポスターなどで築かれた正門バリケードめがけて笑いながら突っ込んで行く。
「殺るぞ、タヌキの総大将の首!」
勅使河原の叫びと共にどおんと派手な激突音が鳴り響き、
次いで辺りに木片が飛び散る。
猛然とした勢いもそのままに、前へと進む車はバリケードを破壊しながら
エントランスを越え、テーマパークを直進し、中央広場へと向かって行った。
勅使河原は速度を緩め、広場を見つめる。
広場の周囲、左右には錆びた細長いライトがニ本。
ひび割れた石畳からは、雑草がそこかしこから生えている。
かつては賑わいを見せたものの、今では在りし日の事が夢のような客人無き廃墟。
電気は来ていないはずなのだが、
存在感に乏しいニ本のライトはうっすらとした白い灯りを放ち、
広場を申し訳なさそうに照らしている。
車は広場前まで進むとゆっくりと停車する。
広場中央にある汚れたベンチには、
黒ずくめの服装をして帽子を被った一人の男が悠々とした態度で居座っていた。
さらに、左右にあるライト下には、二人の屈強な男が腕を組んで立っている。
車中にいる勅使河原と里琴は軽く目を合わせた。
「勅使河原。それ、使えるの?」
早速ドアに手をかける勅使河原に対して里琴が呟いた。
「俺くらい雅な男になれば、こういう得物も良いもんだ」
それだけ言うと勅使河原は降車する。
続けて里琴も車を降り、勅使河原の横へと付く。
男と女。
極道と極道。
並び立つ二人は広場へと入って行くと、
今にも崩落寸前といった汚れた木製ベンチに腰かけている黒ずくめの男が口を開いた。
「久しぶりじゃねぇか、勅使河原よォ。
この大舞台に女連れとは、相変わらず余裕ぶって見せる事だけは得意と見える」
「その汚ねぇ口を開くんじゃねぇよ、伊万里。
せっかくの自然と澄んだ空気がお前の臭い息で汚れる」
「毒舌と皮肉は健在だねぇ。
空気が汚れるついでにお前の呼吸器でも壊してやれれば言う事無しなんだが」
「お前の冗談はいつもつまらねぇー
ところで、裏切り者の伊万里さんよ。
横っちょにいる無愛想なお二人は何なんだい。
もしかして、この遊園地の清掃でもしてくれるのか?
それとも、ここまで来て、命惜しさにお友達でも連れて来ちまったか?」
柔らかな草を踏み、静かに歩く勅使河原は石畳に乗ると挑発するように言った。
「おい、ヤクザだか何だか知らないが調子に乗るなよ」
勅使河原から見て数メートル。
やや右の方に建つライトの下で腕を組む男が言葉を返す。
「オオイ、男鹿君。まあ待てよ、決闘だって言っただろォ」
一触即発の空気を感じ取った伊万里は立ち上がり、
割って入るように言うと左腕を上げて制止のポーズを取り、捲し立てるように続けた。
「紹介するぜ、勅使河原。男鹿と宇野女だ。
職業は用心棒だが、少しばかり仕事熱心すぎたせいで、
今じゃあ風来坊同然の身上って者だ。
だがまあ、心配するな。
今度の仕事に限って言えば、決闘の立会人みたいなものになってる。
もちろんお前が二人を怒らせなければ、の話だがな」
「既に一人は怒っているようだが?お前だよ、お前」
勅使河原は男鹿と呼ばれた男を指差しながら言うと伊万里が困惑したように口を開く。
「勅使河原ァ。男鹿君は気が短いんだよ。
あんまり挑発しないでくれねぇかなァ」
「知らねぇよ、だったらカルシウムでも与えとけ。
もっとも、その汚ぇ身なりじゃあ牛乳一本満足に買えなさそうだがな」
憤る男鹿を尻目に呟く勅使河原は煙草を取り出し、続けた。
「伊万里。優弥と慎二ー
俺の弟分をやってくれた落とし前は、どう付ける?」
「ハァ?そりゃもしかして事務所にいたお前の舎弟の事か?
秘密の武器庫の場所を教えてくれねぇから痛い目に遇うんだよ。
で、それが隠し持ってた武器か?
だったら、むしろそんな物、見つからなくて幸運だったわ」
伊万里は勅使河原の腰に装備されている得物、鉄扇を見ながら言った。
「お前、鉄扇を舐めるなよ。
今からお前の得意の暗器をこいつで完封してやるからな」
言いながら勅使河原は煙草を咥えると、
ライターを探すようにポケットをまさぐり出した。
すると、伊万里はその動きに反応するように目を見開き、足をぴくりと動かす。
その刹那、ひゅうと風を裂くような音が鳴ると鋭い針が飛ぶ。
「ははっ、煙草に仕込んだ吹き矢か。
残念だが、そういう手は俺には効かねぇ。
俺は、お前以上に暗器を熟知している」
目ざとく攻撃を察知し、既に回避の姿勢を取っていた伊万里はもうそこにはいない。
「ちっ。煙草ショットは一発しか使えねぇのによぉ」
勅使河原が煙草を模した針の射出器を捨て、動く。
直後、横へと跳んでいた伊万里の右袖の下から長い鎖が垂れ下がると、
先端に付いた鉄球が姿を現す。
さらにその手で袖の下から伸びる鎖を握る伊万里は、
勢い良く右腕を回し、勅使河原の頭部めがけて先端鉄球部分を振り下ろした。
がつんと石畳を叩く音が鳴り響くー
放たれたその攻撃は素早く、的確であったが、
その隠し武器を既に知っていた勅使河原は機敏な動きで横へ跳び、攻撃の回避に成功する。
「あ~あァ。頭かち割られておきゃあ、楽に死ねるのにィ」
しかし、伊万里は初撃の振り下ろしが躱される事を想定していたかのように言うと、
右袖同様、左の袖下からも伸びて来た鎖を振り回し、
先端に付いている鉄球を横方向へと薙ぎ払う。
「ったく、本当に鬱陶しい武器だな」
ぼやく勅使河原だが、動き出した鉄球は止まらない。
縦に振り下ろす一撃目から繋ぐ横に払うニ撃目。
矢継ぎ早に繰り出される攻撃が勅使河原の体を横から打ち付けようとするー
ぎいんと金属がぶつかり合う音が鳴り響く。
勅使河原は、咄嗟に出した鉄扇でもって横から飛んできた鉄球を受けていた。
「そんなモンでこの流星錘を受けられたのは初めてだわァ」
「だから鉄扇を舐めるなって言っただろ?タヌキ野郎」
両の袖下から伸びる鎖と鉄球を手元に手繰り寄せ、伊万里が呆れたように笑う。
対する勅使河原も鉄扇を手に不敵な笑みを浮かべる。
落とし前か、復讐か。
殺伐極まるその光景に、我が物顔で廃墟周辺をテリトリーと主張する野生のタヌキたちも驚き怯え、逃げていく。
獣よりも獣じみた二人の男の決闘は今、幕を上げた。




