濡衣
宝条建設幹部の娘が起こしたいじめ事件。
その全てを丸く収め、組の利益へと繋げる事に成功してから
二週間程が経過したある日。
雅史は新しく立ち上がった相談サイトを睨むように見つめ、
金になるネタを探していた。
「どいつもこいつも身勝手っていうか、ネタみたいな話ばっかりだなぁ」
欠伸をしながら雅史はぼやく。
「まあ、こないだみたいなデカいネタがそうそう転がってる訳ねぇもんな。
でも、一応怪しそうな所はチェック入れておかないと、
兄貴に何を言われるかわかったもんじゃないし困るな、本当」
今まで雅史に与えられた仕事はというと、
殆どが事務所の掃除や洗濯、買い出しなどであったのだが、
先の一件以降、ネタの探し方を教わった雅史は
サイトのチェック作業を任されるようになっていた。
「大体、俺じゃ書いてある事が嘘か本当かわかんねえからな。
兄貴みたいによくわからないハッキングも出来ないし。
怪しくて金になりそうなのって、どれだ?」
呟く雅史だが、パソコンは何も答えない。
「もう適当にチェック入れとくか。
どうせ後で兄貴に見て貰わなきゃわかんねえしー」
幾つかの書き込みから雅史が適当に当たりを付けようとマウスを滑らせたその時、
パソコンが返事でもするかのように通知の表示をする。
「何だよ、今終わらせようとした所だってのによ。
ま~た会員登録完了のお知らせかよ」
通知を見る雅史は軽くため息を付きながらチェックする。
やはりというか、また、どこかの誰かさんが新しく相談サイトへと会員登録したのだ。
「関わってる俺が言うのも何だけど、よくこんなサイトに登録するよな。
今回は前にも増して意味わかんねえサイトだってのに。
だって背景が林檎でサイト名はエデンの園だぜ?
一体どういう意味なんだかさっぱりだぞ」
続け様に通知が来る。
「今度はメールか?エデンの園宛てだな。どれどれ…」
反射的にメールを確認する雅史は面食らった。
そこにはタイトルも本文も入っておらず、
ファイルが一つ添付されているだけであったからだ。
「何だこりゃあ?これを開ければいいのか?
ったく、面倒だな。とりあえずクリックしとくか」
よく意味がわからない雅史は怪しげな添付ファイルをクリックすると
前触れもなく短い動画がディスプレイの上で流れる。
「おっ、何だこれ?急に映画みたいなのが始まったぞ」
雅史はそのまま再生された動画を視聴する。
その内容が、組の威信をも揺るがす恐るべきものとも知らずにー
※※※
数時間後の事。
天堂組本邸では、幹部会議が行われていた。
大広間の上座には天堂組・組長 天堂泰山。
そしてその横に若頭・九鬼幸四郎が険しい顔をして座り、
その対面側、下座に当たる部分の椅子には三人の若頭補佐役が座る。
「勅使河原よぉ。俺はお前に責任があるとは言わねえがよ。
今度の件は、やっちまったな。
あの恩知らずのクソ野郎に、まんまとしてやられちまった」
組長・泰山が厳つい顔をして言った。
「面目ないです。宝条の一件は、俺の不注意だった。
だが、このままでは済まさねぇ。
あの裏切り者の制裁は、俺にやらせて下さい」
勅使河原は静かな怒りを滲ませながら組長へと言った。
すると、割って入るようにして幹部の一人が大きな口を開けて言う。
「勅使河原よ。お前、面白いなぁ!
あの野郎を一人でぶちのめすつもりなのかぁ?
やるんなら俺も混ぜてくれよ、こりゃあ組の問題だぜ」
「高谷。責任の発端は俺にある。お前の手助けはいらねぇよ」
「けンど、勅使河原よぉ。あいつはマジで危ねぇ。
お前一人でやるこたぁねぇよ!」
高谷と呼ばれた男が食い下がるように言うと、黙っていた幹部の一人が口を挟む。
「勅使河原が一人でやるって言うなら、私はそれで構わないと思いますがね」
男はネクタイを直すと、神経質そうな顔を歪めて続けた。
「そもそもが、あの裏切り者。
あの男は勅使河原に執着しているきらいがあります。
で、あれば勅使河原になぶられて殺されるのが理想的なケジメと言えましょう」
「樋口ィ~。
お前はどの道、喧嘩は出来ねぇもんなぁ!
そりゃあお前からすれば勅使河原に任せたくなるよな」
樋口と呼ばれた幹部がそれらしい理屈を述べ、高谷がそれを遮るように口を開く。
すると、二人の補佐役による壮絶な舌戦が始まった。
「うるせぇぞ、お前ら」
幹部同士の舌戦に広間が騒がしくなってくると、
無言で事の成り行きを見守っていた若頭・九鬼が呟いた。
その声に広間は水を打ったかのように静まり返る。
すると、泰山は改めて情報を整理するように語り出した。
「確認だが、全員、あの趣味の悪い動画は見たのか」
頷く三人の幹部に泰山は続ける。
「あれは確かに強かったが、今も昔も性根の曲がった野郎だ。
極道ってものをどこか勘違いしてやがる。
いや、明らかに人の道を踏み外しちまった。
なぁ、そうは思わねえか」
組長の言葉を受け、樋口が口を開く。
「全く、その通りですね。
なぶり殺しにされた宝条の娘ー
自業自得と言えなくもありませんが、まだ餓鬼です。
それを鑑みると、些かやり過ぎの部類になるかと」
「しかも、それを勅使河原のせいにしようってんだろぉ!
堪らねえよな!野郎は未だに破門された事を逆恨みしてんだ。
今すぐ全員で殴りに行った方がいい!」
声高に言う高谷に、勅使河原も口を開く。
「それもそうだが、もっと痛いのは宝条から金を引っ張れなくなる事だろ。
野郎がやった事は組の行うシノギへの明確な妨害だ。
必ず、俺がケジメを付けさせる」
思い思いに語る三人の幹部を見やる泰山は一つ息を付くと、
無言を貫いている九鬼へと振る。
「九鬼。お前、話を回してくれねぇか。
この件、勅使河原に任せるべきか?
俺は明らかに組の問題だと思うんだがな」
振られた九鬼は相も変わらず無表情であったが、
やや間を空けると静かながらも力強い口調で言った。
「まず、あの動画です。
宝条の娘が頭をかち割られて殺されるあの動画。
奴はその殺しを勅使河原に擦り付け、組に恥を欠かせようとしている。
何しろ殺されたのは中坊の餓鬼だ。
ヤクザ者が中坊相手に本気の制裁したなんて触れ回られたら、俺らはいい笑い者でしょう。
だが、俺としては、そんな事はどうでもいい話だー」
九鬼は葉巻を取り出し、口に咥えると続ける。
「重要なのは奴が破門された身でありながら、
身勝手な報復をかまして来た事。
そして今回、勅使河原のシノギに乗じた罠を仕掛けて来た事の二点です」
勅使河原にとっては耳の痛い話であったが、黙って聞くよりなかった。
「組に対する明確な敵意。そして勅使河原の仕置きを利用する手口。
いずれも目を瞑れない重大な裏切り行為だが、勅使河原本人は自分にやらせろと言う」
九鬼は葉巻を吸うと大きく煙を吹き出し、結論付けるように言う。
「だったら、まずは勅使河原にやらせてみましょうや。
奴は強えし、強さ以上に危険な野郎だが、
今の奴には組織力もなければ銃火器もない。
ならば、うちとしても組を背負って立つ補佐役から出るのが筋でしょう。
それで駄目なら俺が自分で出て行って決着付けて来ますぜ」
九鬼の重く、力強い言葉が広間に響く。
若頭の結論を聞く勅使河原は自分自身で落とし前を付ける事を強く決心した。




