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悪食  作者: わたっこ
36/45

展望

「こういう場所、嫌いじゃないかな?」


勅使河原はスターツリーを見上げながら体を震わせている梨夏へと言った。


「ううん、全然嫌いじゃない!

 一度でいいから、行ってみたかった!」


はしゃぐように答える梨夏に、

勅使河原は微笑むと恋人同士のように一緒に中へと入った。


他愛ない話をしながら二人は水族館を回る。

水と魚が織り成す彩り溢れる空間をゆっくりと楽しむと、次はショッピングへ。


洒落た店を周った後には、

きらきらと光り、舌の中で滑るような柔らかくて冷たいジェラートを頬張ると、

展望デッキへと向かう。


梨夏にとって、初めてのデート。

それは、昨日まで俯いていた事が信じられないような笑顔を持たらした。


展望デッキのレストランへと入った二人は、

赤い夕日に染まりゆく東京の景色を見渡しながらの食事を摂る。


「あの、勅使河原さん。何で私にここまでしてくれるんですか?」


不意に梨夏が言った。


「何でかな。放っておけないから、かな?

 昨日、俺が教室でした話、覚えてる?」


「過去にはいじめを受けていたけど、

 相手は謎の死を遂げたっていう話ですか?」


「そうそう。あの時は少し誇張した言い方しちゃったけどさ。

 あんまり悪い奴はね、まともな死に方は出来ないもんなんだ。

 色んな奴に狙われちゃうからね」


急に登校しなくなった叡姫。

まさかとは思うが、死んでしまったのだろうか。


不穏な物言いに梨夏は固唾を飲む。

すると、勅使河原はそんな気持ちを察するように続けた。


「ああ、あの子は死んではいないよ。

 ただ、学校にはもう来ないけどね。

 それと、梨夏ちゃんが握られていた物は全て処分したから安心して。

 データも含めて全部ね」


自分が握られていた写真ー


思い起こす梨夏は顔が熱くなりそうであったが、

それよりも目の前にいる大学生を名乗る男が何者なのかの方が

気になっている様子で勅使河原の顔を伺っている。


「何だい、神妙な顔して。もしかして、俺の事が気になるかな?」


「はい。勅使河原さん、ただの大学生じゃないですよね?

 だって、凄く羽振りがいいし、何て言うか…それっぽくないです」


勅使河原は微笑みながらも、考え込むような素振りを見せると答える。


「まあ、こうなると大学生ってのは無理があるよな。

 嘘吐いて悪かったけど、実を言うと俺、ヤクザなの」


「ヤクザってー

 地上げとか闇金とか、殺し合いとかするあのヤクザ、ですか?」


勅使河原は、吹き出すと答える。


「そう。暴力団の大幹部。怖い?」


勅使河原は冗談めかした態度を取ってはいたが、

この二日に起こった事を知っている梨夏は

それが冗談とは思えず身体を固くする。


しかし、その口から出た言葉は思いも寄らない答えだった。


「ううん、ちっとも怖くない。何だか格好良い」


勅使河原はただ、優しく微笑む。


「何だか漫画とかドラマみたい。

 ヤクザって、みんなそうなんですか?

 だったら私は怖いどころか憧れます」


「みんなって訳じゃないけど、

 基本的にうちの組は堅気には手を出さないようにしてるね」


「一般人には手を出さないんですか?

 それじゃあ、ほとんど無害…

 ううん、良い人じゃないですか!」


「このご時世、堅気に手を出して少しばかりの利益出しても

 組全体から見ればデメリットの方が大きいからね。

 それにしても良い人だなんて、照れるなぁ」


「本当にドラマみたい!やっぱり格好良いですよ!」


梨夏のテンションは目に見えるように上がっていく。

動き出した口はもう止められなかった。


「良かったら私も…

 私の事も、組に入れてくれませんか?

 もう学校も家もたくさん。

 入れてくれたら私、何でもやりますよ」


「うーん…気持ちは伝わって来るけど、

 君、まだ中学生だからなぁ。

 それでいて特別なスキルも無いとなると

 出来る仕事も限られてくるし。

 せめて、何かしらの技能があればいいんだけど」


「ヤクザって年齢制限あるんですか?

 お手伝いとか、助手とかでもいいんです。

 お願いです!」


「そうだなぁ。そこまで言うなら、まあ考えてみようかな」


押してくる梨夏に勅使河原は苦笑すると少し考えるような仕草をしてから言った。


「おっと。もうこんな時間か。

 暗くなる前に帰らないと親御さん、心配しちまうよな」


「まだ大丈夫ですよ。

 お母さんもお父さんも、いつも帰るの遅いですし」


梨夏は言うが、勅使河原は席を立つ。

続いて梨夏も席を立つと食事もそこそこに

勅使河原と共に展望デッキを出て行った。



※※※



スターツリーを出た二人はポルシェに乗り込み、

待ち合わせ場所であった小さな公園へと向かう。


空は、徐々に夜の訪れを知らせるが如く陰っていく。

辺りが薄暗くなり始めた頃、公園へと到着した二人は降車した。


「さっきの話なんだけどさ」


勅使河原は公園奥へと歩きながら言った。


「さっきの話って、私を組に入れてくれるって話ですか!?」


未だ興奮の収まらない梨夏が

追い縋るようにして勅使河原のすぐ後ろに付いて言う。


「よく考えてみたら、梨夏ちゃんでも出来る仕事あったよ」


「何ですかっ。私、何でもやりますよ!」


勅使河原は振り向きもせず隅にある公衆トイレの影へと歩いて行くと、

後ろを振り返る。

すると、梨夏に対して衝撃的な言葉を放った。


「売りだよ」


「えっ………?」


梨夏の顔は凍り付いたように固まる。


「結構いるんだよねぇ。

 援助交際とかパパ活とかに興味を持ってる富裕層のおじさん」


唖然とした梨夏は口も開けない。


「俺も色々考えたんだけど、

 やっぱ稼ぐためにはこれしかないかなって。

 組に入れば当然、シノギだって上げなきゃいけないし」


さっきまでデートをしていた男の口は、

今、信じられないような言葉を放ち続けていた。


「って事で、まずは身体検査だ。

 なぁに、大した事はしないし、すぐ済むから心配しないで」


目を潤ませる梨夏に勅使河原の手が伸びてくるー


伸びて来たその手が梨夏の体に届かない内に、

ぱあんと肉を叩くような音が鳴った。

それは、感情任せに放たれた梨夏の平手打ちが勅使河原の頬を打つ音であった。


「最低ッ!

 それじゃあやってる事、あいつと同じようなものじゃない!」


梨夏は叫ぶと駆け出し、公園を走り去って行く。

勅使河原は何も言わず、ただ、その後ろ姿を見送る形になっていた。


どこか寂しそうな顔をする勅使河原は煙草に火を点け、

一服入れると後ろの茂みから囁くような声が聞こえてきた。


「勅使河原、公園は禁煙だよ」


頭に葉っぱを乗せた女が計ったようなタイミングで

もそもそと茂みから出てくる。


「里琴。

 お前、幾らヤクザ者だからって、ストーカーは辞めた方がいいぞ?」


「ストーカーは訴えられなければ犯罪じゃない。

 更に言えば極道は警察に訴える事は出来ない。

 勅使河原に聞いた。

 それよりあの子、仲間にしなくていいの?」


「冗談言うな。

 流石の俺も中学生を組に入れるなんて酔狂な真似は出来ねぇよ」


「型破りの勅使河原でも、まともな事を言えるんだ」


「無礼な奴だな。俺はいつだってまともだ。

 それより桃と金の奴はもう帰ったのか?」


「帰ってるよ。

 桃君と金君は、先日のターゲット母との交渉結果記録作成に忙しそうにしてる」


「まだやってるのかよ。

 あいつらもこれを機にデータ作成に慣れてくれりゃあいいんだが」


「それより勅使河原。

 仕事も一段落してお子様とのごっこ遊びも終わった。

 打ち上げという事で今度は私とデートして」


勅使河原は頭を掻きながら返す。


「しょうがねぇな、どこ行きたいんだよ。

 ラーメンか?ハンバーガーか?それともコンビニか?」


「もっとロマンチックな所。出来ればスターツリーよりも」


「だったら今日一日だけは俺の事を神父様と呼べ。

 そうしたらもっと良い所に連れてってやる」


「わかった、神父」


里琴は勅使河原の腕めがけて強引に組み付くと、

春のそよ風のように暖かく呟いた。



※※※



ーやっぱりヤクザはヤクザだ。

せっかく、良い人だと思ったのに。

最初っから全部、お金目当てだったんだ!


駆け出し、帰宅した梨夏はベッドの上でうつ伏せになり、枕を抱えて涙する。


売りだなんて、酷い。

何よりその発想が気持ち悪い。

私は商品なんかじゃない。


屈辱に震える梨夏はふと、展望デッキでの勅使河原の言葉を思い出す。


≪梨夏ちゃん、まだ中学生だからなぁ。

 それでいて特別なスキルも無いとなると

 出来る仕事も限られてくるし。

 せめて、何かしらの技能があればいいんだけど≫


「ーッ!」


梨夏は何かに駆られるように通学鞄を開けると

教科書を引っ張り出し、机に向かう。


そうだ、今から勉強して知識もスキルも、

これから手に入れて行けばいいんだ。


≪これくらいなら梨夏ちゃんだって買えるようになるよ。

 全然、誰でも頑張れば買える範囲≫


そう、今から頑張ればポルシェだってきっと買える。

まあそこまで高級車に興味がある訳ではないけれど。


≪でも、星の宮には入れた。

 受験の時には無理だって思ってたんじゃない?≫


あの日だって、一生懸命頑張って受験を乗り越えた。

無理なんかじゃない。


「あっ!」


唐突に梨夏は相談サイト・救済の小部屋の管理人である神父の事を思い出す。

この二日間の間、目まぐるしく状況が動いたお陰ですっかり忘れていたのだ。


「私の事を心配してくれた神父様に報告だけはしなくっちゃ」


いそいそとパソコンを起動する梨夏は救済の小部屋へとアクセスする。

だが、ディスプレイに表示されたのは見慣れたサイトではなく、

真っ白なページにエラーコードだけが存在する無骨な物であった。


「何これ…

 サイト、消えちゃったの?」



-404 NOT FOUND-



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