審問
「ようこそ。いじめの黒幕、叡姫ちゃん」
多嘉良に案内された叡姫は一人、応接室へと入ると
ゆったりとしたソファーに座り
パソコンを眺めている勅使河原の歓迎を受けていた。
「いじめって、何の事ですか?
私、英検の事で呼ばれて来ただけなんですけど」
叡姫は勅使河原を軽く睨むと言った。
「お前の場合、英検じゃなくて、俺が審査委員長を務めるエロ検な。
とにかく合格だよ、お前」
勅使河原は薄く微笑み、冗談めかして言う。
「何なの、あんた。嘘ついてまで、こんな所に呼び出して。
たかが大学生の癖に、あんまり首突っ込むと教員の道が絶たれるよ?」
応接室には叡姫と教育学部生を名乗る勅使河原の二人だけしかいない。
その異様な状況下においても叡姫は強気な態度を崩さず言うと、
勅使河原に背を向け応接室扉へと向かう。
「私、嘘つきと話す事はありませんから。
あと、この件は学校にも親にも言うからね。
どこの大学生だか知らないけど、退学通知お楽しみに」
語気を強めて言う叡姫が応接室の扉に手をかけるが、
その扉は唐突に外側から開いた。
「勅使河原ー
この女、やるの?」
扉が開くや否や、叡姫を押し退け、セーラー服を着た女が入ってくる。
勅使河原同様、学校に潜伏していた里琴であった。
「何、あんた。高校生?訳わかんない。
悪いけど、通報させて貰うね」
叡姫は改めて部屋を出ようとノブに手をかけるが、
いつの間にか後ろに回り込んでいる女に
スカートの裾を握られているのに気付き、硬直する。
「何だよ、お前ら。
拉致監禁でもする気かよ!
私を誰だと思ってんだよ。
ほんと、ただじゃ済まないからな?」
「お前の方こそ、私を誰だと思っているの。
私は、この東京を牛耳る反社会組織の若頭候補のお嫁さん候補。
お前のような子供なんて、相手にならない」
「はぁっ?全っ然、意味わかんない。
あんた、頭がおかしいんじゃー」
途端に里琴の顔色が冷たい色に染まり、
その手が叡姫の腕関節へと音もなく動く。
直後、叡姫の悲鳴が瀟洒な趣の室内へと鳴り響く事になった。
「いっー痛ぁ!痛いっ、痛いっ、痛いッ!」
関節を捻られた叡姫が痛みに顔を歪める。
「口に気を付けた方がいい。
でないと、もっと痛い思いをする事になる」
里琴は叡姫の腕を捻りながら背面へと回り、耳元で囁くように言う。
「さあ、動いて。
あなたのために、特別な席を用意してあげたから」
里琴は標的の女を捕らえたまま目の前の椅子へと歩き出すと、
叡姫の顔は、みるみる青くなっていった。
「何よ、これ…
あんたら、狂ってるんじゃないの!?」
腕を取られたままの叡姫は、その椅子を見てぎょっとしたように言った。
それは、一目見た限りではアンティークな出で立ちの
お洒落な木製椅子でしかなかったが、
よく見るとひじ掛け部分と前脚部分に奇怪なベルトらしき物が設えられていた。
麗しい椅子に似つかわしくないそれは、
誰が見ても拘束用に作られたものとしか思えない不気味な物であった。
叡姫の顔は、いよいよ恐怖の色を浮かべ始める。
「ちょっと、やばすぎでしょ…
あんたら、ホント何者?何で私がこんなー」
「いいから早く座る」
里琴は、狼狽える叡姫の腕を強く捻る。
「いっー痛ぁッ!
ちょっと待っー痛い痛いッ!」
痛みに喘ぐ叡姫の体を完全に制御する里琴は、
事もなげに標的を椅子に座らせると流れるような動きで拘束具を装着させる。
「待ってよっ!これ、何なの!?
学校の中でこんな事して、どうなるかわかってー」
感情交じりの声を上げる叡姫は手足に装着された拘束ベルトから
コードが伸びているのに気付く。
嫌な予感を感じた叡姫は、その身を竦ませた。
かちゃかちゃと音を立て、コードを引っ張り、
コンセントへと差し込む見た事のない女子高生らしき女。
そしてテーブルを挟み、対面でソファーに腰かけている教育学部生を名乗る男。
それは、中学生の少女が見るような光景でも人物でもなかった。
「やあ、朝ぶりだね。
会いたかったよ、お嬢様校に通ういじめ系女王の叡姫ちゃん」
薄ら笑いを浮かべる勅使河原が軽い調子で口を開いた。
「いじめって、何の事だよ…
私は何にもしてない。何でこんな事ー
犯罪だからね、これ。拉致監禁だよ。
すぐに先生も警察も飛んでくるから。
そしたら大問題になって、あんたら刑務所ぶちこまれてー」
突如、拘束具から青白い光が明滅し、バチンと音が鳴った。
「ぎうッー!」
すると、叡姫の体が椅子の上でびくりと跳ね、口から情けない音を捻り出す。
「言い訳が長い。次からは三文字にまとめて」
「おい、里琴。もう電気流したのかよ。
お前って、見かけに寄らず本当に容赦ないよな」
「この女は外道。
いじめは元より、私の婿候補への数々の狼藉。
たっぷりと痛めつけて、心に一生の傷を負わせる」
「ははっ、随分とご立腹じゃねぇか。
って、誰がお前の婿候補だっ!」
玩具のようなリモコンを手に言う里琴に
勅使河原はいつも通りに返すと、叡姫を見やり続ける。
「まあまあ。そう震えないで聞いてよ、いじめ系女王様。
俺はビジネスの話に来ただけで、
何もお前をひん剥いたり、痛め付けたり、
大人の教育をしようって訳じゃないんだからさ」
満面の笑顔で品の無い物言いをする勅使河原に叡姫は悪寒さえ覚える。
「ただね、ビジネスの世界ってのは約束が大事だからさ。
嘘を言ったり、惚けたり、あるいは誤魔化したりー
そういう事をすると電流が走るから、
そこだけ気を付けて質問に答えてくれればすぐ済むって」
「電流って…ちょっと、やめてよっ!
なんなのこれ。
一体、私に何の恨みがあってこんな事…」
「じゃあ早速質問だ。
叡姫ちゃん、君さ。いじめ、やってたよね?」
「えっ、いじめ…?
わ、私はそういうつもりじゃあなくって。
受け取り方の違いっていうかー」
ばちんと音が鳴る。
「ぃぎっー!」
電流を浴びた叡姫が再び喘ぐと、その体が陸に上げられた魚のように跳ねた。
「三文字じゃない」
追い討ちをかけるように里琴が言い、
その手に持ったリモコンで叡姫の頭を小突きながら続けた。
「ねぇ、あなた。観念した方がいいよ。
実の所、もう証拠は上がってるんだから」
言うが早いか、里琴は上着のポケットから証拠写真を出すと
叡姫の眼前へと突き付ける。
「何でっ…!そんな物を持ってるの。
もしかして、あいつ。
みなっちの奴があんたらに私を売って…」
唖然とする叡姫に対して勅使河原は意地の悪そうな笑みを浮かべて言う。
「カメラだよ」
叡姫の表情が凍りつく。
「みなっちちゃんはね、
意地悪な女王様に命じられて写真を処分しようとしたんだ。
俺ら、そこの所をバッチリ隠し撮りしちゃった訳。
さて、ここでクイズ行くぞ。
彼女はこの写真を、どこで処分しようとしたでしょう?」
何も言えずに震えている叡姫に構わず勅使河原は続ける。
「正解はトイレだよ。
トイレのタンクの上蓋あるじゃん?
彼女、あそこを開けて、蓋の内側部分にテープで固定してたんだよねぇ。
いやいや、上手い事隠してくれたもんだ」
「トイレ…?
トイレにカメラ仕掛けたの?
完全に犯罪じゃん。
それどころか、ただの変態だよ」
幾分弱々しい声音になった叡姫が青い顔で言った。
「犯罪じゃない」
里琴が口を挟む。
「カメラは私が仕掛けた。確認したのも私。
女同士なら犯罪ではなく悪戯で済む。
誰かさんもそう言ってた」
くくくと勅使河原が笑う。
「ふざけんなよ…何が言いたいんだよ。
何でそんな事まで知ってるんだよ。
どうしろって言うの。私にどうしろって言うのよ」
「そりゃお前、教室にも隠しカメラ仕込んだからな。
天井の蛍光灯内部から朝の一幕が丸見えだぜ。
見るかい?」
勅使河原はテーブルの上に置かれているノートパソコンを叡姫の方へ向ける。
【恐怖!お嬢様女子校のいじめの実態!】
パソコンはドキュメンタリー番組風の音を出すと
ホラー調に飾られたテロップが表示され、本編が始まった。
朝からクラスメイトの全裸写真を机に貼り付けて盛り上がる叡姫たちが映る。
多嘉良のいじめを放置するような発言が映る。
グループの一員へと、写真を処理して来るように命令する主犯格が映る。
動画はダイジェストに編集したのか
重要な部分を短い時間で流し終わると、
能天気な音楽と共に画面上にいる叡姫の声で締められた。
『女が女にセクハラなんて事件見たことないでしょ?
つまり、女子同士ならただの悪戯で済むって事』
全ては筒抜けであった。
動画を見せられた叡姫は石のように固まっている。
「何か言う事があるんじゃないの?
これだけの事をして、謝罪の一つもしないなんて、おかしいと思う」
里琴が冷たい声で言った。
「す…すみません。
こんな事になると思わなくて、調子に乗りすぎてました。
もう、こういう事はしません」
やっとの思いで声を絞り出す叡姫だったが、里琴は冷酷な声で続ける。
「三文字じゃない」
閃光が椅子の上を迸る。
今度の電流は連続で放たれた。
「ぎぇおッ!あがっ、ぉぎッー」
合わせるように叡姫の口はユーモア溢れる音を鳴らした。
体はぐったりとなり、着座したまま放心したようにして天井を見上げる。
すると、だらしなく開いたままの股から小水を垂れ流し始めた。
叡姫の醜態を冷たい目で眺める勅使河原は、
何か面白い遊びを思い付いた子供のような微笑みを浮かべると言った。
「そういや電気ってさ、水を通りやすいんだったっけ。
試した事ないから、わかんないんだよな」
「そうなの?だったら丁度良い。
せっかく学校に来たんだし、今から通電実験の授業をしよう」
わざとらしく鼻を抑える勅使河原。
非人道的な通電実験へと動き出す里琴。
悪びれもせずやり取りする二人に放心状態の叡姫は身の危険を感じたのか
椅子の上で跳ね起き、悲鳴にも似た声で許しを請う。
「待って、待ってぇッ!悪かったから!
全部、私が悪かったからぁ!
何でもするから、本当にそれはやめて!やめてッ!」
気丈に振る舞っていた叡姫はついに泣き出し、懇願する。
勅使河原はそれを待っていたかのように本題へと入った。
「はいはい。里琴、ストップ。
叡姫ちゃんってさ、宝条の娘でしょ?
あの宝条建設の次期社長候補って言われてる幹部の。
そこで、良い話があるんだけど…」
椅子の下に出来た水溜まりを見て勅使河原は続ける。
「これまでの事、全部水に流してやるからさ。
組のスポンサーになってよ」
嗤う極道が標的に対して脅迫紛いの取引を提示する。
一切の悪事を暴かれた叡姫に選択の余地はなかった。




