悪戯
あれから何事もなく昼休みへと入り、教室は喧騒に包まれていた。
朝のホームルーム以降、何一つ変わった事もなく、
叡姫の頭からは既に危機感が薄れ始め
いつものお楽しみの時間に精を出している。
「ねぇ、露出狂の梨夏ちゃんさ。
それ、100円ショップのお弁当箱?」
「うわ~、露出狂のお弁当箱ぼろ~い。
中身も不味そう~。残飯かき集めたみた~い」
叡姫グループに囲まれながら昼食を摂る梨夏は半泣きの状態だった。
「露出狂ちゃんさ、私たちの事チクったんでしょ?
あの変な大学生は誰なの?
もしかして、写真で引っ掛けたお客さんとか?」
「私、誰にも何も言ってないよ…本当だよ」
震えながら言う梨夏に、叡姫は水筒のお茶を弁当めがけて流し込む。
「叡姫、優しい~。
生ゴミみたいなお弁当が少しは美味しそうになったじゃん」
「これで食べやすくなるねぇ」
「今度は鼻から食べてみてよ、露出狂」
「梨夏のくせに人間の食べ物なんて生意気~」
叡姫を中心として周囲の女子から矢継ぎ早に罵声が飛んでくる。
どくどくと流れるお茶が梨夏の弁当を浸していく中、叡姫が言う。
「それ全部飲めよ、チクり魔の雌ブタ」
命令に怯える梨夏は弁当箱を両手に持ち、
溜まったお茶を吸い出そうと口元へ近付ける。
ずずっ…
直後、梨夏が弁当箱に溜まったお茶を啜る音が響いた。
「何こいつ…本当に吸ってるよ。気持ち悪ッ!」
ついさっき飲めと命令した叡姫が驚くように叫び、続けた。
「まるで乞食みたい。
まあ底辺出身の貧乏一家のお弁当だもんね。
そのまんまじゃ、不味くて食べられないか。
ねぇ、私の家のお茶、美味しくって仕方ないんでしょ?」
目に涙を溜める梨夏は、お茶を無言で飲み干すと席を立った。
「どこ行くんだよ、裏切り者」
叡姫が言うと、周りにいる四人の女子が一斉に梨夏を囲んだ。
「あれ、まだ残ってるよ~。ちゃんと全部飲みなよ」
「残さず食べるまで帰さないよ?
これは、学校のルールなんだから」
「昭和ルールかよ~っ、受ける~!」
口々に罵る女子生徒たちと怯えきった梨夏を見る叡姫は
満足そうに笑い、追い打ちを掛けるように言った。
「下着脱げよ、ブス」
下劣な要求に梨夏は顔を強張らせる。
「早く脱げよ。あの写真、世界中にばら蒔くよ?
データは残ってるんだからね」
叡姫のいつもの脅しが始まった。
梨夏は全身を小刻みに震わせながらも、
言われるがままに自分のスカートに手をかけたが、
固くなった腕は震えて動かない。
「女同士なのに、何を緊張してんの。
こういうのは男がやらなきゃ犯罪にもならないんだよ。
ねぇ、みなっち?」
突然に会話を振られたみなっちが、ぎくりとすると言った。
「えっ。まあ、そうだよね。
男子がやったら完全にセクハラだけど、私たちなら…ね」
「そうそう。
女が女にセクハラなんて事件見たことないでしょ?
つまり、女子同士ならただの悪戯で済むって事。
実際ないでしょ?
女子が女子に対して猥褻で捕まるような事件さ。
みなっち、わかってるじゃん♪」
屁理屈を語る叡姫は、みなっちに対して続けた。
「みなっち、手伝ってあげなよ。このブスの下着脱がすの」
叡姫の一言で周囲にいる女子の視線がみなっちへと向けられた。
グループからの無言の圧力を感じたみなっちは、
作り笑いを浮かべつつ、梨夏のスカートに手を伸ばしていく。
その手がスカートに触れるか触れないかという所で
がらりと大きな音が鳴り、教室の扉が開いた。
「ちょっと、いいかしら」
叡姫たちの動きが止まり、
その視線が教室出入口から語りかける人物へと向く。
やって来たのは、担任教師である多嘉良であった。
「多嘉良先生…?お疲れ様で~っす♪」
調子のいい声を上げる叡姫であったが、
多嘉良は教室内を気にするような素振りで扉の前へ立ち、
そのまま叡姫の方を見て続ける。
「この間の英検の事なんだけど」
はっとしたような表情で叡姫が言う。
「えっ。もしかして、結果出たんですか?英検準二級!」
「声が大きいわよ。
準二級を受けた生徒は学校でも極僅かだし、
そこまで勉強を進められていない生徒の手前、
個別に通達する事になっているの。
だから、静かに来なさい」
「あははっ♪先生、もう殆ど言っちゃってるし~っ。
でも、そこまでここで言っちゃうって事は受かってます?」
軽口を叩く叡君に、
周囲にいる女子たちは何事もなかったように笑って言う。
「叡姫、良かったじゃ~ん。
ほんっと、優等生で羨ましいな~。
マジ受かってたらお祝いだね」
「叡姫は頭良くって、いいなぁ。
私も英語は得意な方なんだけど、叡姫にだけは敵わないよ」
「待って待って。そういうの、受かったの確定してからにしてぇ♪」
仲間たちから騒がれ出し、ご満悦の叡姫が答えるが
多嘉良は何かに焦るかのように、その場を動かず急かすように言った。
「いいから早く」
「は~い!今、行きます♪」
叡姫は駆け足で扉側へ向かうと、多嘉良と共に教室を出て行った。
※※※
「なぁ、桃。俺、緊張してきたぁ」
東京都内。
閑静な一等住宅地をよたよたと歩く金次郎が横にいる桃也へと言った。
「金。お前、堂々としてろよな。
せっかくデカい図体してんだからよ。
そういう奴は、自信満々に立ってるだけで仕事になるんだぜ?」
「俺、こういう仕事は初めてなんだよ。
俺は、いっつも荒事ばっかりだからさぁ」
「だから良い経験になるんだろ。
まあ基本的には俺に任せとけ。
お前は無言で、いかにも只者じゃないオーラでも出しとけばいい。
ほら、もう着くぞ」
スーツ姿の二人の極道は歩みを止めた。
すると、桃はそこに建つ立派な邸宅の門前にあるインターホンを
鳴らすと落ち着いた口調で挨拶をする。
「こんにちは。突然お邪魔してすみません。
私、興信所の者なのですが、娘さんの件で大切なお話がありましてー」




